外部監査 ― 誰のための真実
外部監査法人「フューチャー・コンサルティング」のロゴが印字された封筒が、朝一番に社長室へ届いた。
封を開けた役員の表情が硬くなる。
> 「本日午後、監査チームが入ります。」
社内の空気が一気に張り詰めた。
“内部通報対応の適正化”という名目。
だが実際は――世論に対する防衛策だった。
午後一時、十人の監査担当者が本社に入った。
スーツ姿の男女が無表情に端末を広げ、過去六か月分のメール・通話記録・会議ログを抽出していく。
> 「対象範囲:高城隼人・佐伯茜・関連上司三名」
白い会議室の中で、茜は小さな椅子に座っていた。
録音機が赤く点滅し、冷たい声が響く。
「あなたは当該期間に、特定社員と頻繁にやり取りをしていましたね。」
「はい、仕事上の確認です。」
「そのうち何件が“非業務目的”と判断されると思いますか。」
茜は黙った。
「……判断は、私にはできません。」
「ええ、私たちが判断します。」
淡々と返されたその言葉が、刃のように胸に刺さった。
同じ時間、別の会議室。
監査チームの若手が、エビデンス・リストをまとめていた。
> 【E-12】21:47 社外メール(私的内容疑い)
> 【E-27】社内会議音声 抜粋(関係を匂わせる発言)
発言の“抜粋”は、前後五秒を削られていた。
意味の流れが変わる。
茜の「彼とはそういう関係ではありません」が、
報告書では「彼とはそういう関係……」で終わっていた。
その違いを、誰も気に留めなかった。
監査とは、整然とした歪みをつくる作業だった。
夜、都心のホテルラウンジ。
悠真は弁護士と向かい合っていた。
テーブルの上に資料が並ぶ。
「高城隼人氏、懲戒処分案が出ました。
ただ、社としては“自主退職扱い”にするようです。」
「つまり、表向きは穏便に、だな。」
弁護士が頷く。
「そうです。あなたが提供した資料は大きな決定打になりました。」
悠真は静かに息を吐き、窓の外の夜景を見た。
無数の灯りが遠くで瞬く。
それぞれの光が、人の命と同じように脆く見えた。
> 「正義とは、誰かを救う代わりに、誰かを沈めるものだ。」
グラスを傾けたが、喉の奥に苦味だけが残った。
翌朝、会社の全社員宛てに通達が届く。
> 【社内倫理調査 結果報告(抜粋)】
> 「当該事案における規律違反は確認されました。
> 当社は再発防止のための教育・監査体制を強化します。」
報告書には、名前は書かれていない。
だが、誰もがわかっていた。
“佐伯茜”という文字は、書かれなくても――すでに社会的に記されたのだ。
プリントアウトを握りしめた茜の手が震える。
指先が白くなり、紙がくしゃりと折れた。
> 「……真実って、誰のためにあるの。」
呟いても、誰も答えなかった。
窓の外では、冬の空が鈍く光っていた。
そして、その空の下で、悠真は“完全な勝利”に一歩近づいた。




