交錯する報告書 ― 疑念の渦
冬の東京、冷たい雨がビルのガラスを叩いていた。
外資系コンサル会社「グローバル・ストラトン」。
朝の会議室には重苦しい空気が流れている。
「……では、内部監査部から報告です。」
社員たちの前で部長が硬い声を出した。
スライドにはひとつの名前――高城隼人。
> 「経理部門からの資金流出疑惑、及び社外との不適切な情報共有が確認されました。
> 当該社員には一時的な業務制限が適用されます。」
室内にざわめきが走った。
隼人は、青ざめた顔でうつむいた。
その隣の席――茜の手がわずかに震える。
“匿名举报、已经成功。”
悠真の計画の第一阶段が、音もなく実行されていた。
同じ頃、悠真は弁護士事務所の会議室にいた。
壁一面に並ぶ書類の束。
机の上には、封をされた茶封筒が三つ。
「例の件、これで社内監査が正式に動くはずです。」
弁護士の声に、悠真は静かに頷いた。
「感情で動くな。
復讐は“裁判”じゃない。
冷静な“再構築”だ。」
そう言って封筒を閉じると、悠真は立ち上がった。
窓の外の雨が、街灯に滲んで光る。
その瞳には、哀しみよりも深い静けさがあった。
午後。
茜はトイレの鏡の前で、自分の顔を見つめていた。
隼人は朝から連絡が取れない。
スマホの通知には、「監査部から呼び出し」の文字。
彼女の頭をよぎる――あの“匿名メール”。
数週間前、会社に届いた匿名举报文の写し。
その文体、句読点、語彙の癖。
「……まさか、悠真?」
喉の奥が凍るように乾く。
もしそれが本当に彼なら、彼はただの夫ではない。
すでに戦略家として動いている。
夜。
会社のロビーで、隼人が監査部の職員に呼び止められる。
「高城さん、申し訳ありませんが、明日から自宅待機をお願いします。」
「待ってください、誤解だ!
俺は何もしていない!」
「上からの正式な判断です。」
彼が振り返ると、廊下の奥で茜が立っていた。
視線が交わる。
だが、そこにあったのは“恋人の目”ではなかった。
――疑いと恐怖。
茜の脳裏で、記憶が交錯する。
悠真がかつて言った一言。
> 「裏切りを信じた瞬間に、真実は動く。」
その言葉の意味を、今ようやく理解した。
彼の“静かな報復”が、ここから本格的に動き出したのだ。
その夜、悠真の自宅。
PCの画面には、匿名掲示板のスレッドが映っていた。
タイトル:【内部リーク】高城隼人、不正送金疑惑。
コメントが一行ずつ流れる。
> 「またか、この会社腐ってるな」
> 「内部通報だろ、最近多いよね」
> 「奥さんも同じ部署らしいぞ」
悠真は黙って画面を閉じた。
冷めたコーヒーの香りが漂う部屋に、静寂だけが残る。
雨の音が止み、窓の外に街の灯が揺れた。
> 「第一阶段,完成。」
彼の声は低く、感情が削ぎ落とされた氷のようだった。




