逆襲の座標 ― 雪に沈む真実
札幌の空は、鉛のように重かった。
昼なのに、雪雲が光を遮り、街は夜のように沈んでいた。
佐伯悠真はホテルの部屋で、ノートパソコンの画面を見つめていた。
Mirror Projectの自動拡散プログラムが稼働中。
その中のタイマーが、異常な速度で動いている。
> 「……誰か、侵入してる」
プログラムのログには、見覚えのないアクセスコード。
IPは――東京。
悠真の指が止まる。
「茜か」
彼の声は低く、だが確信に満ちていた。
画面に赤い警告が点滅する。
《MIRROR NODE-3:Unauthorized Command Detected》
彼の設計した“鏡”が、勝手に映像を送り出し始めた。
社内サーバー、記者ネットワーク、SNS――すべてに同時配信。
画面の中央に浮かび上がったのは、一枚の写真。
高城隼人が、上層幹部と握手する姿。
その下に書かれた文字。
> 「正義は、買える。」
――それは、悠真が一度も公開していないファイルだった。
同時刻、東京。
週刊誌「フロントライン」編集部。
由梨のチームがモニターを囲む。
「配信が始まった! 誰の指示?」
「ZeroPointじゃない、別のサーバー経由です!」
由梨はすぐに茜へ電話をかけた。
「あなた、Mirrorにアクセスしたわね?」
「ええ。でも私じゃない」
「じゃあ誰?」
「……もしかして、あの人が“仕掛けた罠”を、私が動かしたのかもしれない」
由梨は眉をひそめる。
「つまり、あなたのログを利用して、彼が自分のプログラムを“解放”した?」
「たぶん。悠真は計算してた。私が反撃するタイミングを」
電話の向こうで茜の声が震えた。
「……彼、私を使って、会社を破壊する気よ」
その頃、札幌。
ホテルの非常灯が一斉に消え、部屋が暗闇に包まれる。
電力障害。だが、悠真のノートパソコンだけは光を放っていた。
画面の中でMirrorが自動更新を始め、データの流出ログが雪崩のように流れる。
止めようとしても、もう止まらない。
「……やられたな」
冷ややかに笑いながら、悠真はPCを閉じた。
外の雪は、まるで音を吸い込むように静かだった。
ホテルの廊下に出ると、足音が響く。
その向こう、エレベーターの前で誰かが待っていた。
――黒いコート、肩までの髪、白い息。
茜だった。
「……来たんだな」
「あなたを止めに来た」
「止められないよ。もう、プログラムが動き出した。
真実はもう、誰の手にも戻せない」
茜の目が強く光る。
「それでも、あなたを“人間”に戻したい」
悠真の喉が、かすかに震えた。
その言葉だけが、彼の理性を揺らす。
だが、廊下の奥から別の足音が近づいてきた。
――由梨。
彼女は手に小型のレコーダーを握り、息を切らしていた。
「二人とも動かないで。私は真実を記録するだけ。
でも、もう一度聞かせて。ZeroPointは誰?」
沈黙。
雪の外灯が、三人の影を長く伸ばす。
やがて、悠真がゆっくりと口を開いた。
「ZeroPointは、俺たち三人のことだ。」
外では、Mirrorが暴走を続けていた。
数千件の内部データが、メディアに同時流出。
SNSは阿鼻叫喚。
“正義”を掲げた者たちが、次々と名前を晒されていく。
その中には――悠真自身の名前もあった。
> 【ZeroPoint=佐伯悠真(元社員)】
> 「内部操作と情報漏洩の主犯」
ニュース速報が流れ、全国が騒然となる。
ホテルの窓辺で、茜が呟いた。
「これが……あなたの正義の終わり?」
悠真は静かに首を振った。
「違う。これは始まりだ。
――“誰も正義を語れなくなる世界”の、最初の一撃だ。」
その瞬間、街の灯が一斉に消えた。
吹雪が激しさを増し、世界は真っ白に沈んでいった。




