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零点の声 ― 仕組まれた真実

 冬の東京、オフィス街の朝は灰色だった。

 佐伯悠真の「失踪」から三週間。

 その名は、社内でもニュースでも、すでに忘れ去られつつある――はずだった。


 だがその日、社員用掲示板に奇妙な投稿が現れた。

 差出人不明。タイトルは、ただ一行。


 > 【ZeroPoint】

 > 「真実は封じられた。あなたたちは嘘の上で働いている。」


 文章は短く、しかし完璧な内部文体で書かれていた。

 使われた用語、システムログの書式、監査用語――

 内部の人間しか知り得ない精度。


 最初は悪戯だと笑う者もいた。

 だが、数時間後。

 スレッドに添付されたPDFが拡散された瞬間、空気が一変する。


 > 【社内調査記録 No.2113】

 > 「高城隼人による不正な口座送金、及び監査部改ざんの疑い」


 その内容は、数か月前に封印されたはずの監査資料だった。

 ファイルの末尾にはこう書かれていた。


 > “Extracted by ZeroPoint — for those who still believe in justice.”


 ――まるで、死んだはずの男が再び動き出したように。


 札幌。

 雪が静かに降り続けるカフェの片隅で、悠真は画面を見つめていた。

 匿名アカウント“ZeroPoint”の投稿は、想定より早く拡散していた。

 「……反応が速いな」

 指先がタッチパッドを滑る。


 SNSでは「内部リーク再燃」「第二の通報者出現」のハッシュタグが急速に伸びている。

 記者たちが騒ぎ、経営陣は緊急会議を開いた。

 彼が設計したプログラム《Mirror Bot》は、自動的に投稿を再編集し、複数のフォーラムに拡散する。

 真実が誰の手にも渡らないように、同時にどこにでもあるように。


 ウイスキーを一口。

 窓の外では、雪が街灯に照らされて舞う。

 彼の顔には感情がなかった。

 冷たい復讐の歯車が、静かに回り始めた。


 同じころ、東京。

 茜はリビングのテーブルに置かれたノートパソコンを見つめていた。

 ニュースサイトのトップに“ZeroPoint”の名前が浮かぶ。

 その文字を見た瞬間、指が止まった。

 ――あの癖のある言葉遣い。

 ――句読点の間隔、論理の展開。


 「……あなたね、悠真」

 声が震えた。

 彼は生きている。

 死を偽装して、また“正義”を動かそうとしている。


 茜は深く息を吸い、スマホを手に取った。

 SNSの検索バーに打ち込む。

 > 「#ZeroPoint」

 投稿の海に、ひとつのコメントが目に止まった。

 > 「ZeroPointに直接連絡を取る方法、知ってる人?」

 差出人は――西川由梨。


 茜の目が鋭く光る。

 「……そう。あなたもまだ終わってないのね」


 その夜、由梨は都内のカフェでノートパソコンを開いていた。

 編集部からは「再燃したZeroPointを追え」と指示が出ている。

 だが彼女には、それ以上の興味があった。

 ――ZeroPointの“目的”。


 調べを進めるうちに、彼女はある奇妙なパターンに気づいた。

 ZeroPointの投稿は、単なる暴露ではない。

 毎回、投稿の最後に暗号化された数列が添付されていた。


 > 2 – 14 – 7 – 3 – 19 – 11 – 20


 数列をASCIIに変換すると、単語が現れる。

 “TAKAGI”。


 「……高城?」

 彼女の心臓が跳ねる。

 それは、かつて悠真の部下だった男の名前だった。

 ZeroPointの最初の投稿でも、彼の疑惑が記されていた。


 ――これは、ただの暴露じゃない。

 ――復讐の再演だ。


 翌朝。

 札幌のホテルの一室。

 悠真はシャワーの音の中、メールを確認していた。

 新しい受信フォルダに一通のメッセージ。

 差出人は匿名、だが文体がどこか懐かしい。


 > 「あなたはまだ、正義のつもりでいるの?」

 > 「今度こそ、壊れるのはあなたよ」


 悠真は口の端をわずかに上げた。

 「……茜か。」


 彼の指が再びキーボードを叩く。

 返信は、ただ一行。


 > 「だったら、壊してみろ。俺の“構造”を。」


 雪が静かに窓を打つ。

 その音は、まるで遠く東京から響く警鐘のようだった。

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