表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/59

プロローグ 消えた実験室

プロローグ 消えた実験室

 深夜の東京大学物理学研究棟。蛍光灯の冷たい光に照らされた実験室で、田中隆は粒子加速器のモニターを見つめていた。


「また失敗か……」


 博士課程3年目の隆は、量子もつれ状態における情報転送の実験に取り組んでいた。理論上は完璧なはずなのに、現実は理論通りにはいかない。それが物理学の難しさであり、面白さでもあった。


 時刻は午前2時を過ぎている。指導教授からは「無理をするな」と言われていたが、どうしても今夜中に結果を出したかった。明日は学会発表の締切日。この実験が成功すれば、量子情報学の新たな地平が開かれる。


「もう一度だけ……」


 隆は装置のパラメータを調整し直した。量子もつれを起こすための光子対生成装置、観測装置、そして情報を転送するための量子ゲート。すべての数値を理論値に合わせ、慎重に実験を開始する。


 モニターに次々と数値が表示される。光子の偏光状態、もつれの相関係数、情報転送の成功率——すべてが理論予測と一致している。


「これは……まさか……」


 興奮で手が震える。ついに理論通りの結果が出始めたのだ。量子もつれによる瞬間情報転送、いわゆる「量子テレポーテーション」が完全に成功している。


 しかし、その時だった。


 突然、装置から激しい光が放たれた。警報音が実験室に響き渡る。モニターの数値が異常な値を示し始める。


「おかしい……エネルギー値が理論限界を超えている!」


 隆は慌てて緊急停止ボタンに手を伸ばしたが、もう遅かった。実験装置から放たれる光がどんどん強くなり、空間そのものが歪んで見える。


「これは……まさか時空の歪み?そんなことが現実に……」


 物理学者としての知識が、今起こっている現象の恐ろしさを教えていた。だが、同時に研究者としての興味も抑えられない。未知の現象を目の当たりにしているのだ。


 光の渦が実験室全体を包み込む。隆の視界は真っ白になり、意識が遠のいていく。最後に頭に浮かんだのは、量子力学の根本原理だった。


「観測が現実を決定する……まさか、俺が観測したことで、現実そのものが書き換わったというのか……?」


 そして、田中隆の意識は闇に沈んだ。


---


 次に目を覚ました時、隆がいたのは見知らぬ森の中だった。頭上には見慣れない星座が輝き、空気中には不思議なエネルギーが満ちている。


 遠くから聞こえてくるのは、現代日本では聞いたことのない獣の鳴き声。そして——


「おい、あそこに人が倒れてるぞ!」


「魔力を感じる……魔法使いかもしれない」


 魔法?隆は混乱した頭で立ち上がろうとした。自分に何が起こったのか、ここがどこなのか、まったく分からない。


 ただ一つ確実だったのは、あの実験が予想もしない結果をもたらしたということ。そして、自分が今、物理法則すら違う世界にいるらしいということだった。


「大丈夫ですか?」


 声の方を向くと、ローブを着た少女が心配そうに隆を見つめていた。その手には、小さな光の球が浮かんでいる。


 魔法——本当に存在するのか。


 物理学者田中隆の、新たな世界での冒険が、今始まろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ