【ザリバン高原の戦い②(Battle at Zariban Plateau)】
「お先に失礼します」
秘書課長のマリナが18時に社を退けた。
特別な用事が無い限り定時に帰るように言っているし、仕事のボリュームも能力に合わせてその時間内に終わることが出来るように調整している。
ただしそのボリュームが多い時は、予め早い段階で残業の指示はしている。
たかが狭い地域で行われる偶発的な戦闘くらいでは、ボリュームは変わらない。
家に帰って、ゆっくり休むことも仕事のうち。
無理して体調不良になると仕事でミスも出るし、定めたボリュームを消化するのが難しくなるばかりか、不意に休まれると最悪仕事に穴が開く。
だけど今ザリバンと戦っている3号機の残存メンバーには休む余裕はない。
負傷兵と1個分隊にも満たない健常者。
それだけの人数で、いつまで戦えるのかは時間との勝負だ。
18時30分、3号機の残存メンバーから負傷者の収容依頼があった。
と言う事は、ザリバンの部隊を殲滅したと言う事なのか⁉
たった40人にも満たない戦力でそれを成し遂げたのは、まさに脅威と言うほかはない。
天才的戦略家と天才的戦闘兵のどちらか1人が掛けても、それは無理な相談と言うモノだろう。
しかし僅かに残ったメンバーの中に天才が2人も残っていたとは考えにくい。
3号機は墜落した。
航空機事故で生き残ることは、個人の能力ではなく運だ。
戦略と戦闘。
地獄の戦場と化したゴンゴの内陸部で圧倒的に多い反政府軍と戦いながら、首都キンシャサで行われているクーデターに気付き未然に阻止したナトーに似ている。
いや間違いなく3号機の残存メンバーを指揮しているのは妹のナトーだ。
“生きている‼”
そう思った瞬間、心の中を暖炉の火で暖められたように、熱く優しい気持ちになり心が躍った。
だが冷静に考えると、3号機の生き残りメンバーによる活躍は部分的な勝利に過ぎない。
この広大な山岳地帯と高原の戦闘地域には依然圧倒的な数のザリバン部隊が居て、墜落した2機の捜索や救助向かった部隊は孤立していて、作戦通り無事に着陸することが出来た1号機の部隊も未だに身動きが取れない状態。
このような状態で戦闘を続けることは犠牲者を増やすだけ。
私なら前線に部隊を投入するのではなく、既に投入された部隊に即時撤退の指示を出し、安全な所まで撤退したところで大規模な救出作戦をとるだろう。
はたしてアメリカ軍を中心とする多国籍軍は、これからどう動くのだろう?“
23時に応援として崖のある高地に降下したアメリカ軍部隊から、SOSの発信があって以降連絡が途絶えたとの報告があった。
やはりザリバンはタクール・ガルの戦いの再現を狙っている。
しかも遥かに大規模な……。
タクール・ガルの戦いとは2002年に行われたアナコンダ作戦の中で起こった戦闘で、1機のチヌーク輸送ヘリから1人の兵士が地上に落ちたことに端を発し、仲間を救出するために近くに降下したチヌークから降りた兵士たちや、その応援に向かった兵士たちが次々に敵の罠に掛っていった戦闘。
今回は墜落から僅かな兵員が生き残った3号機を囮にしてザリバンは効果的に多国籍軍を叩いている。しかもその計画は綿密。
3号機の兵士たちが無事に窮地からの脱出に成功したものの、タクール・ガルのような狭い地域ではなくザリバンは広い高原地帯で実に効果的な戦闘を繰り広げている。
なにしろ多国籍軍の降下ポイントを予測して、迅速に敵を上回る戦力を移動うさせ効果的な部隊配置を整えて身動きを奪いながら殲滅させていく。
まるでザリバンのアナコンダ作戦のよう。
このような綿密な作戦をとれるのは指揮官の能力。
おそらくコノザリバン高原全体の戦闘の指揮をしているのは、メェナードさんに違いない。
ひょっとすると多国籍軍側に、かつてない悲劇が起こるような嫌な予感がする。
この状況を変えられる者が居たとすれば、それはシモヘイヘのような天才的な個人の力に頼るしかない。
だがシモヘイヘは既にこの世には居ない。
そして同じような能力を持つグリムリーパーが生きていたとしても、ヤツはザリバンの戦士……。