【ザリバン高原での戦闘の知らせ③(News of the Battle at Zariban Plateau)】
その夜は遅くまで2人で呑んだ。
カールがどう思っているのかは分からなかったが、私は分かれるのが怖かった。
最後には酔いつぶれて、カールにお姫様抱っこをしてもらいホテルの部屋まで送ってもらったことは覚えているが、その後のことは全く覚えていない。
気がつけば朝になり、私はベッドの上で寝ていた。
彼が寝ている私に何をしたのか、そんなことは少しも気にならなかった。
抱かれたなら抱かれたでもかまわない。
でも彼は、そんなことはしなかっただろう。
エロおやじを気取っていても、カールは紳士で意気地なしだから。
昨夜まだ酔う前に、カブールのホテルのチケットとクレジットカードを渡した。
西側諸国からアフガニスタンへの直行便は出ていないので、プライベートジェットを使うように勧めたが彼は彼なりのルートがあると言って受け入れてくれなかった。
彼なりのルートと言うのは、おそらく裏世界のルートのこと。
カールに気をつけて行くようにと、家族がそうするように “いってらっしゃい” のキッスをしてあげたくて慌てて部屋を飛び出したが、もうカールの部屋のドアは開けられていてルームメイクが入っていた。
ガッカリして部屋に戻って気がつく、“いってらっしゃい” のキッスはカールのためではなく自分自身のためだったのだと。
ふと携帯がチカチカ光っていることに気がついた。
開けてみるとクラウディから深夜に外人部隊が空港に向けて出発した旨SNSで報告されていた。
時計を見た。
今は午前7時過ぎ。
C-130の航続距離ではパリから直接カブール近郊にあるアメリカのバグラム空軍基地までは飛べないだろうから、今は給油と整備のためにアンカラあたりで止まっているはず。
そして明るい時間にバグラム空軍基地に到着してしまうとその行動がザリバンに筒抜けになってしまうから、そうならないように時間調整して今夜あたりバグラム空軍基地に到着するだろうから、作戦実行は早くても今夜遅くか明日以降になるだろう。
朝食を済ませて空港からプライベートジェットに乗ってカリーニングラードのオフィスに戻った。
カールが裏ルートを使ったのは、屹度忙しい私への配慮だろう。
しかし不思議な男だった。
殺し屋のくせにメェナードさんから頼まれて、殺しの仕事とは真反対の私のボディーガードになるとか、乱暴者かも知れないと思っていたら妙に紳士だったり只のエロおやじだったり。
カールとの契約期間は1年。
その1年はあと1週間で切れる。
もう戻ってこないかも知れないカールの事を思うと、寂しい気もする傍ら思わず口角が緩む。
「サラ統括、何か良い事でもありましたか?」
ランチタイムの珈琲を持って来てくれたベテランの秘書課長、マリナがテーブルにカップを置きながら言った。
「いや、何にもないが、その後アフガニスタンの情勢で変わったことは?」
「いえ、なにも……」
マリナは、そう言って一旦動きを止めて私の方を見て、何も続きの話が無い事が分かると「失礼します」と言って部屋を出て行った。
マリナはもう40代前半のベテラン。
さすがに20年もPOCに務めていれば、幹部に深入りしない術を身に着けている。
責任の重い幹部は、能力が無ければ直ぐに左遷させられる。
情勢を見誤れば、最悪“行方不明”になってしまう場合もあると言う。
深入りし過ぎれば、秘書課と言う幹部のサポートをする部門の長である彼女も普通には暮らして行けなくなるだろう。
仕事に追われながらでもアフガニスタンの情勢は忘れなかった。
16時にロシア支部から、暗号電文で歩兵携行型地対空ミサイル9K38 イグラが10基前後ザリバンに横流しされた可能性が高いとの情報が送られてきた。
そして午後21時、遂にクラウディから連絡が入った。
その内容は、バグラム空軍基地から新型輸送機3機がそれぞれ軽戦車と兵員を乗せて飛び立ったと。
RPGしか持っていなかったザリバンが、今回は地対空ミサイルを装備している。
世界中の国々を顧客としている我々POCにとって、独自て入手した情報に関しては決して外部に漏らしてはならないと言う厳しい決まりがある。
アメリカを中心とする多国籍軍側は、独自にこの情報を入手しているのだろうか?
もし、そのことを知らなければ、彼らはザリバンによって狩られるだけだ。
神に祈ったとしても、次に送られてくる情報を変えることはできない。
そして私は今まで、本気で神に祈りを捧げたことはない。
神なんて所詮居やしない。
しかし私はナトーの事を思うと、彼女とメェナードさんの無事を神に祈るしかなかった。