【ザリバン高原での戦闘の知らせ②(News of the Battle at Zariban Plateau)】
オフィスのクローゼットから仕舞っていた箱を取り出して開けた。
SAKO TRG 42フィンランドのセコー社が開発&製造している狙撃銃で最も軽量な6000gしかない。
性能は.338ラプアマグナム弾を使用することにより、有効射程距離は1,500mを超える。
私が発注したものはセコー社に依頼した特注品で、上記のカタログスペック以上の価値はあるものだと思っている。
そして箱を閉じて、秘書課にその箱をアフガニスタンに送る手続きをするように伝えた。
17時より少し前にカールは戻って来たので、空港に向かいワルシャワに飛んだ。
ワルシャワの空港から荷物はホテルに届けさせ、私とカールは郊外にあるレストラン『コネザーグリル』に向かった。
ワルシャワ王宮の前を通り、ビスワ川を渡りショッピングモールの裏の通りを少し行った赤レンガに覆われた一角にその店はあった。
「ナカナカ趣のあるところですな。いつも思うのですが、忙しいくせに、どうして良い店を知っているんです?」
入り口の正面に立ち止まったカールが、店の看板を見上げて言った。
「忙しいから良い店に行くのよ。そうでないとストレスで体が持たないわ」
私がそう言うと、カールは「サラにも、ストレスはあるんだ」と、ワザと驚いた顔を見せて笑ったので私はその大きなケツにキックをお見舞いしてあげた。
「さぁ、入るわよ」
この店は、店の名の通りグリル料理が自慢だが、直接火に掛ける食材にはガスを使わず薪を使う。
「薪の好いに匂いですな。こりゃあ肉が上手そうだ」
「お肉もココで熟成したものを出すから、きっと気に居るはずよ」
予約していた席に通され、メニューを渡される。
この店はコース料理ではなく、メニューから好きな物を選んで注文する自由なスタイル。
食前酒としてワインを選ぶ。
カールは赤で、私は白。
メインはカールがステーキで、私は焼魚を選んだ。
他にもグリルトマトや生牡蠣、焼いたシシトウに野菜サラダ、揚げたシュリンプや鴨肉にパンプキンスープなどを注文した。
「今日は凄く食べますね」
「これから忙しくなるからね。アンタも私も」
「じゃあステーキをもう一枚追加!」
「どうぞ」
カールは仕事の内容を聞かなかったから、私も言わずに食事を楽しんだ。
店を出てホテルに向かった。
ホテルは『ル ラグジュアリー コレクション ホテル ワルシャワ』
建築家マルコーニによって設計され、20世紀初めに建てられたネオ・ルネッサンス様式のクラシカルな外観のホテルにカールはまるで007の映画に出てきそうだと言って喜んだ。
それぞれの部屋で少し寛いだあと、私たちはホテルのバーに行った。
カールはズブロッカ・バイソングラスを、私はカンパリビアを注文した。
グラスを近付けて乾杯をしてお互いにお酒を楽しんだ。
私が2杯目のアンジェロを注文したとき、カールは既に4杯目のウィスキーをロックで吞みながら言った。
「そろそろ仕事の話をしてくれないか」と。
出来ることならまだ先伸ばしにしたかったが、私は観念して言った。
「明日、アフガニスタンに飛んで」と。
アフガニスタンは治安が悪い上に、昨日から戦争が始まった。
そんな所にカールを行かせたくは無かったが、この任務を遂行できるのはカールしか居ない。
カールは顔色を一つも変えずに、アフガニスタンで何をすればいいと聞いたので私は “サウジアラビア王室報道官” と言う取材証明書を渡しながら正直に話した。
「メェナードさんを無事に連れて帰ってきて欲しいの」と。
「メェナードを、連れて帰る⁉」
「そう。私の推理が正しければ、いまメェナードさんは戦争になっているザリバン高原に居るの」
「多国籍軍の一員としてか?」
「バカね、グリムリーパーの行方を追ってザリバンに潜入しているのに、どうして敵対する多国籍軍側に居るのよ!」
「しかし、どうやって連れて帰る? 戦場だぞ」
「だから、アンタしか居ないの。百戦錬磨の元殺し屋でしょう!」
「しかしもし彼が帰らないと言ったら?」
「それでも連れて帰るの!」
「俺が死んでもか?」
そう聞かれて言葉に詰まる。
メェナードさんも大事だけど、今ではカールも大事な家族。
だから私は言った。
「もし彼が帰れないと言っても、戦場からは連れ出して。そしてアンタも帰る返らないは抜きとして必ず生きていて欲しい。この取材証明書が少しでも役に立つように祈るわ」と。
“サウジアラビア王室報道官” と言う証明書を持たせたのには理由がある。
サウジアラビアはアフガニスタンと同じイスラム教スンニ派の国であり聖地メッカを有する最大の国。
カールもその事を知っているらしく。これなら下手な用心棒より役に立ちそうだと言ってくれた。
私にとって大切な人を2人も同時に失うことは避けたかった。
でも必ずこの戦争でザリバンは負ける。
メェナードさんは絶対に失いたくはない。
たとえ彼が帰らないと言っても。
そしてカールも。
最後にカールは「やっぱりな」と言った。
「やっぱり?」
「どんなミッションかは分からなかったが、危険な仕事だって言うことは分かった。そしてサラ、アンタが俺のことを大切に思ってくれていた事も」
どうしてそう思ったのかと聞くと、彼は私が注文したカクテルが初めて会ったときに一緒に飲んだものと同じだったからだと答えた。
私はカクテルを選ぶときにそんなこと一切考えていなかったから、カールの最後に言った言葉は彼の思い過ごし。
それよりもワザワザ彼の故郷に連れて来て、ポーランドの美味しい料理や美味しいお酒、それに高級なホテルをカールのために用意してあげた事に気がつかんのかコノボケ!