【ジャーヴィス・ペンドルトン氏】
フラブロヴォ空港に到着して、私はソニたちを先に帰すことにした。
オフィスからもう1台車を回す様に指示しておくと言うソニに、帰りの車の手配はコッチですると断わった。
ソニたちを帰したあと、私はVIPルームの化粧室に入り化粧を直してかたロビーに向かうため歩き出した。
VIPルームを出て歩き始めた時、仕事用のスマートフォンではないプライベート用の折り畳み式携帯が久し振りに声を鳴らした。
小学校を卒業してイランを出ると決めた日に購入した携帯電話。
この携帯電話に登録した人たちの殆どは、もう居なくなった。
オビロン軍曹、ジョン曹長、メアーズ伍長それにローランド中尉にルーシーも……。
携帯をゆっくりと開き、画面にジャーヴィス・ペンドルトン氏とは違う名前が表示されているのをしばらく眺めてしまい、慌てて通話ボタンを押す。
しかし通話ボタンを押すのが、ほんの少しだけ遅れたのか、相手の声は聞こえずに不通を告げるノイズ音だけが聞こえた。
まさか自分がボーっとしていただなんてと、恨めしく携帯を見つめた……でも、今なら電話も繋がる事が分かったので気を取り直してこちらから掛けようとしたところ背後から背中の辺りを軽く棒のようなもので突かれた。
”銃か……”
いつもなら気配を感じるはずなのに……。
でもこれは私がボーっとしていたからではない。
背後から忍び寄って来た相手の方が、私より一枚上手だっただけ。
「どうするの?」
私はあまり口を開かず振り向かずに、こもった声で背後にいる男に聞いた。
男は、そのまま振り向かずにタクシーでカリーニングラードに向かい、ケーニヒスベルク大聖堂の礼拝堂で待つように指示した。
私は男に言われるまま、タクシーに乗りカリーニングラードの街を目指した。
カリーニングラードの中心部、プレゴリャ川の中州に建つゴシック様式の大聖堂。
外壁に使われている赤煉瓦が、夕日に映えて燃えるように綺麗だった。
ケーニヒスベルク大聖堂は、その名が示す通り、かつてこの地がドイツに支配されていた事を物語る。
14世紀、プロイセン公によってケーニヒスベルクの街に立てられた聖堂が、このケーニヒスベルク大聖堂。
第二次世界大戦中に、この聖堂も被害を受け、そのまま放置されていたが1998年に修復された。
ソビエトによって街の名前はカリーニングラードに変わったが、大聖堂は当時の名前のまま残された。
大聖堂の中に入ると、パイプオルガンによるベートーヴェンの交響曲第5番「運命」の曲が流れ、私を迎えてくれた。
ケーニヒスベルク大聖堂では、1時間に4度この曲が演奏される。
礼拝堂のベンチに腰掛け、男を待つ。
観光客や地元の人たちが入れ替わり礼拝堂の中に入って来ては、お祈りを捧げて出て行く。
けれども私は祈りを捧げることもなく、待っていた。
神なんて、居やしない。
奇跡なんて、有り得ない。
祈るなんて、打つ手建ての無くなった負け犬のすること。
だから私は祈らない。
2度目の運命が鳴っても男は来なかった。
あれだけ入れ替わり入って来た人たちの足音も途絶え、礼拝堂に人は少なくなり。
やがて私一人になり、3度目の運命が鳴ったあと、久し振りに礼拝堂に誰かが入って来る足音が聞こえた。
足音はユックリと私の方に近付き、その長い足の影が通路に延びていた。
そしてその影が私の隣で止まった。




