【アレクサンドル・ルカシェンコとの会談】
アサムの証言でナトーに掛けられた嫌疑は晴れ、彼女は無期懲役を待逃れ無罪となった。
これで心置きなく復讐が出来る。
ベラルーシの首都ミンスクでアレクサンドル・ルカシェンコ大統領と会っていた。
私は彼のことを、親しみを込めて「オレク」と呼んでいる。
オレクとは、彼の名前であるアレクサンドルの事で、これをウクライナ語で読むとオレクサンドルとなる。
彼の生まれはもちろんベラルーシだが、祖父はウクライナ人で民族的には彼もウクライナ人に当たる。
オレクは「ヨーロッパ最後の独裁者」と良く言われ、1994年に大統領に就任してから、ずっとその座に居座り続けている。
国民からの人気は乏しく、不正選挙で現在の地位に居座っていることは確かだが、元々は超有能な政治家である。
1993年に汚職追及委員会議長に就任すると、政治家達の汚職を糾弾し有権者の支持を獲得し、翌年には大統領選挙に出馬し他の候補を圧倒する国民の支持を集め大統領となった。
だがその後は法改正をして大統領に居座り続け、ロシア寄りの政策が原因で国民からの不評を招いている。
しかしベラルーシの国民が平和に暮らせているのは、オレクのおかげでもあることは確かだ。
ベラルーシは、ロシア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ウクライナの5つの国と接している。
そのうちラトビア、リトアニア、ポーランドの3ヶ国はEU加盟国で、ウクライナも現在EUへの加盟を模索している。
ベラルーシ国民の多くも、ロシアのような貧乏くさい体勢よりも、EU加盟による自由化を望んでいるが、それを頑なに阻んでいるのがオレクという訳だ。
オレクも元々は西側寄りに舵を切りたかったが、それで何度もロシアと対立した過去がある。
だが結局ロシアには敵わない。
ロシアはかねてからベラルーシの吸収合併を狙っている。
なにしろロシアはソビエト連邦崩壊後に「白ロシア共和国」から独立した「ベラルーシ」をロシアに取り込もうと画策した経緯があり、それを回避させたのがこのオレクだった。
だから国民の希望通り、国を西に舵を切れば必ずロシアは攻めて来るだろうことは分かっている。
その時にNATOにも加盟していない小国ベラルーシを誰が助けてくれると言うのか。
一旦組み込まれたのちに、独立するのは極めて難しいばかりでなく、独立できたとしても元の国土が全て戻って来る可能性は低い。
彼はそれが分かっているから、あえて大統領に居座り続けロシア寄りと言われる政策を取り続けているのだ。
オレクとの会談は、特に儲けにはならない。
彼は購入について自ら興味を持つ振りはするが、先ず大きな買い物はしない。
この日もBMD(弾道ミサイル防衛システム)の導入を検討したいと呼び出され、私は説明をするために訪問した。
ハードとソフトの説明だけでも丸2日も掛かる。
統括部長の私が、買いもしない相手に2日も拘束されるわけには行かないが、私は彼の要求に応えた。
昼は関連各省庁や技術の人たちへの説明をし、夕方は晩さん会、その後はオレクとの会談。
そして2日目の説明会を終え、またオレクに呼ばれた。
呼ばれた内容は分かっている。
オレクはEU寄りの舵を切り、NATO加盟も視野に入れているウクライナのことを心配しているのだ。
案の定オレクは会談の席で、何気なくその事を匂わせ、会談終了の時はお決まりの台詞を言った。
彼のお決まりの台詞は、“折角来てもらったのに申し訳ないが、前向きに検討は進めるが我が国での導入は難しいかもしれない” だ。
その日もまた紅茶とお菓子を呼ばれながら、お決まりの返事を頂き、私もお決まりの返事を返した。
「これだけ良い装備となると、どちらに向けて使うのか迷われると思いますが、迷うくらいでしたら手を出さない方が賢明でしょう」と。
こうして別れるのが私たちのルール。
だけどこの日は違った。
オレクは何故私が買わないことを知っているのに、私の要求に応えて出向いてくれるのかと聞いた。
私は微笑みを浮かべ、それはアナタが私を必要としてくれているからだと答え、ウクライナの事も少し匂わせておいた。
彼は「いつも我が儘を言ってスマナイ」と頭を下げた。
私は「貴方の力に少しでも関与で来たなら、私にはそれで十分です」と言って別れた。
オレクも歳を取った。
だが間違っていない。
さして軍事力もなく、工業力もなく、農業も国内需要にほぼ留まる。
国民の生活は彼が大統領に就任して以降、上がりもせず、かといって下がりもしていない。
貧乏でもなく金持ちでもない、中の下くらいの位置。
悪く言えば、なんの魅力のない国。
だが発展はしないものの、後退もしていない。
欧州の最貧国と呼ばれているものの、実は欧州で最も安定した生活環境を維持し続けている国のひとつがこのベラルーシなのだ。
そして独立国家を維持し続けるために、わざとロシアに近い西側諸国との緩衝地域としての地位を築いている。
だからこそ、ロシアからの侵略を受けずに済んだ。
いやこれはオレクの努力で、侵略を受けずに済むようにしたのだ。
政治家は、なにも強いとか人気があれば良いとは限らない。
国を、そして国民の生活や財産と命を守るのことこそが政治家にとって最も重要な事だと彼は知っている。
オレクと分かれ空港に待機していたプライベートジェットに乗ると、秘書のソニが1枚のメモを渡して言った。
「この方が空港で会いたいと……」
「空港?」
「はいカリーニングラードのフラブロヴォ空港です」
「そう……」
メモには名前しか書いていなかった。
面会希望者の名前は『ジャーヴィス・ペンドルトン』
「わかったわ。空港に着いたらアナタたちはすぐに会社に戻りなさい。私はこの人に会ってから帰るから」
「クライディーを空港に待機させますか?」とソニは聞いてきた。
知らない名前の人物との面会を受けた私の安全のための配慮。
私は彼女の問いに、その必要はないと答えた。
ソニは、少し拍子抜けしたような顔をして、「わかりました」と、指示に従った。
私は窓から、遠くにあるカリーニングラードの方に目を向けたままフラブロヴォ空港を探していた。




