【カールの奮闘④(Carl's struggle)】
「メェナード! 俺はサラに言われてテメーを連れ戻しに来た。だから俺に従え‼」
武器が通用しない相手には、言葉で説得するしかねえ。
一般手には逆だが、悪党の世界じゃ言葉は信用ならねえから。
「分かっている。だが俺はココで死ぬから、直ぐに帰れ‼」
ところがメェナードときたら、まるで駄々をこねる子供のような返事を返しやがった。
こりゃあ、言葉も通用しねえ。
暴力や言葉が通用しない相手となると、のこる方法はスキンシップしかねえ。
ただし俺の殺し屋としての人生で、このスキンシップを仕事で使ったことはない。
しかも男を相手になんて一度も。
いままでこの方法を使って落としたのは女だけ。
しかも怒って、ヒステリーになった女……、男に対して通用するかどうかは分からねえが、やってみるしかない。
俺は隠れていたところから、影絵をするみたいに広げた手を出した。
オレンジ色の光に染められた狭い洞窟の壁に、俺の手の影が映る。
メェナードは突然出てきた俺の手を撃つことはしなかった。
“よーし、良い子だ”
俺は、俺自身を落ち着かせるようにそう言って、今度はユックリと体を出した。
パーン‼
洞窟にメェナードが撃った乾いた銃声が響く。
だがその銃弾は俺の体を引き裂くことなく、ただ洞窟の奥の空間にあても無く飛んで行った。
「来るな! それ以上近付くと、命はないぞ‼」
メェナードが叫ぶ。
だが本物の悪党なら、警告射撃などしない。
メェナードはマダマダ悪党には成りきっていない。と言うか彼が悪党になるのは所詮無理な話。
俺は彼の警告射撃を無視し、丸腰のままユックリと近付いていく。
以前彼がマフィアの用心棒たちに囲まれているところを見たが、奴らが繰り出すパンチやキックだけでなくナイフによる攻撃もいとも簡単に避け、瞬く間に数人の用心棒を片付けていた。
格闘戦になれば、とても狙撃を得意とする俺に勝ち目はない。
だがメェナードは俺を倒さない。
何故かそういう自信はあった。
「さあ、サラの所に帰るぞ」
そう言って彼の肩に手を伸ばしかけたとき、風を切る音を感じたと思ったら急に目の前が真っ暗になり俺は意識を失った。
ドーンという物凄い爆音とともに地面が揺れ、俺は意識を取り戻した。
俺は遂にメエナードを救うことも叶わず、この洞窟と共に生涯を追えるのかと思ったが、目を開けるとオレンジ色に染められた洞窟は何処にもなく、朱から紫色に染められた空があった。
頭には水で冷やされたタオルが乗っていて、辺りからは銃声に変わり、せせらぎの心地いい音が聞こえていた。
ここは何処かの渓谷の河原。
俺はメェナードに倒された後、誰かに助られてここに連れて来られたらしい。
いったい誰?
多国籍軍の兵士?
いや、多国籍軍の兵士ならキャンプに連れて行かれるはず。
じゃあ逃げ遅れたザリバンの兵士?
地元の若い女が偶然洞窟に入って来て俺を助けたのであれば嬉しいのだが、と勝手に有り得ない想像をする余裕も出てきたとき、ある事に気付き無性に気持ちが落ち込んだ。
誰が俺を助けたとしても、爆発寸前の洞窟から俺を助け出すのが精一杯だっただろう。
当然、洞窟の影に置いてきたアレは置き去りのまま。
俺は俺の一番大切な人からもらった贈り物を、たった数日で失くしてしまった。
メェナードの救出に失敗した事より、サラからもらった狙撃銃を無くしたことを思うと自然に目から涙が零れていた。
しばらく涙が溢れた目を閉じて、川のせせらぎや鳥の声を聴いていると、森の奥から何かが移動してくる音が聞こえて目を開けた。
微かな音だが、風に揺れている草木の音ではない。
人か獣が近付いてくる音。
四つん這いに起き上がり、腰に手を当てるが、そこに拳銃はない。
もしも腹をすかせた熊だったら……。