【カールの奮闘②(Carl's struggle)】
多国籍軍の女性隊員に、しばらく目を奪われていたカールだったが、直ぐに気持ちを切り替えてザリバンの戦闘用アジトへと向かった。
だが切り替えたつもりの気持ちの中に、何故だかさっきの女が忍び込んできてしまう。
誰かに似ている。
しかしソレが誰だか分からない。
昔出会った女たちを思い浮かべるが、どう考えてもさっきの女に似ているような特別なヤツは居ねえ。
「おい!中は危険だ‼勝手に入るな!」
他所事を考えていて、やらかしてしまった。
アジトへの入り口に入ろうとしたときに、アメリカ兵に呼び止められてしまう。
“殺るか⁉”
腰のホルスターに装着してある拳銃に手を伸ばそうとして止めた。
俺の容姿は誰がどう見てもザリバン兵には見えない。
しかも持っている銃はAK-47やドラグノフのような安物ではなく、誰がどう見ても高級品のSAKO TRG 10 SWSだ。
だから俺はフランス外人部隊だと名乗り、中に一人取り残されているから助けに行くと言うと、騙されたとも知らないアメリカ兵は、何が起きるか分からないから直ぐに出て来いとだけ言ってスンナリ通してくれた。
所詮寄せ集めの部隊。
人間を言語や人種でしか判断できていない。
洞窟の中に入ると不穏な空気が漂う。
迷路のように入り組んでいる洞窟のどこかから、絶えず銃声や爆発音、そして悲痛な叫び声が聞こえて来る。
その音と呼応するように洞窟のあらゆる箇所から砂堀が舞い落ちる。
熱が籠って蒸し暑い洞窟内を照らす裸電球が更に暑さを助長し、オレンジがかった光が白く血の気を失った死体たちを今にも動き出しそうに活き活きと見せていた。
迷路になった洞窟の中を俺は案内人が書いてくれた地図通りに、アジトの中枢へと向かった。
アジトの司令部に近付くにつれ、なにやらヤバイ匂いが強くなる。
まさかメェナードの旦那、自爆するつもりじゃねえだろうな……。
もしもメェナードが自爆して死ぬようなことになれば、サラから託された俺のミッションは不発のまま終わる。
折角、契約期間最後の仕事として、この重大な任務を俺に託してくれたと言うのに見す見す失敗するわけにはいかない。
俺は誰かに撃たれるリスクをも厭わず、アジトへ向けて全力で走った。
「サラGM、珈琲をお持ちしました」
職場からアパートに帰る道を運転しているとき、アゼルバイジャンからカリーニングラードに戻る途中の機内でのことを思い出していた。
プライベートジェット専任のCA兼エンジニアのインガが、私に珈琲を持って来てくれたとき機体が揺れて彼女にしては珍しくカップを床に落としてしまった。
彼女は私に謝り、慌ててダスターを取りに行き、私は割れたカップの破片を拾っていた。
「す、すみません。私がやります‼」
ダスターを取って戻って来たインガが、破片を拾っている私を見て慌てて言った。
私は「かまわない」と言ったあと “形のあるものは、いつか必ず壊れてしまう”と心の中で思ったとき、自分の思考が自らの心臓に氷の刃を突き付けたように感じた。
あの感覚は、いったい何だったのだろう?
そのことについてそれ以降思い出すことも無かったが、今考えるとアノ時メェナードさんの身に何か起こったのではないだろうかと不吉なことを考えてしまう。
メェナードさんに限って、そんなことは……。
何度消そうとしても、その考えは消そうとすればするほど繰り返し何度でも戻ってきてしまう。
“カール、お願いだからメェナードさんを助け出して!”
真面目に神に祈った事もない私が、神にすがる思いで手を合わせて2人の無事を祈った。