第19話 迷宮だ
「は、入るのか? ここに」
ちょっと嫌なんだけどなあ。そう思ったが、透明な壁の向こう側に行くには、この謎の岩の中を通過するしかないらしい。
「ちょ、ちょっと待って」
別に壁に断りを入れても仕方がないのだが、俺はそう言うと、先ほどまで投げていた上着を着直す。この先、皮膚を守るものがないまま進むのは不安だ。
「よし、行くぞ!」
気合を入れなおし、俺はずぶずぶと沈む不思議な岩に突撃した。
「およっ」
ぬるっとしか感覚はすぐに収まり、隧道のような場所に出た。
まさかの発見。あの廊下、単純に真っすぐなだけではなかったのだ。隧道の中は等間隔に灯りがあり、真っ暗ではない。
「ここは、大丈夫だろうな」
また進めない仕掛けはないだろうかと不安だったので、俺はゆっくりと壁に触れながら先に進んだ。しかし、ここは問題なく先に進めて、また岩肌が通せんぼするように現れた。
「よっ」
しかし、これはもう慣れたもので、もう一度にゅるっとした感覚を体験するだけだった。そして抜けた先はさっきまで苦労していた廊下だ。
「あれ」
だが、その廊下の様子が少し違った。さっきまでいた位置からは真っすぐに延々と伸びているように見えた廊下は、今出てきた場所で折れ曲がっているのである。
「何だ、これ?」
全く以て不思議な廊下だ。さすがは女媧が自慢するだけのことはある。
「ううん。こっから先も何かあるんだろうな」
俺はもう一度上着を脱ぎ、ぶん投げてゆっくりと進むという方法で進んでいく。こうしてゆっくりと進んでいると、今度は丁字路に出た。
「はあ」
どっちに進むのがいいのだろう。右も左も廊下が続いているように見える。しかし、どちらかを選ぶしかないわけだ。
「ううん。どっちに行けばいいんだか。一先ず右に行ってみるか」
俺は迷子にならないように、投げるのに使っていた上着を丁字路に置き、右側にゆっくりと進んでみた。
「ん?」
しばらく進むと、奥に祭壇のようなものがあった。綺麗な敷物のが敷かれた台があり、そこには奇妙な動物の置物が置かれている。
「まさかこれを持って来いってことじゃないよな。いやいや、ちゃんと祀られているっぽいし、触っちゃ駄目だよな」
俺はしげしげとその奇妙な動物の像を眺める。どことなく牛っぽいが、顔には目が四つ付いていた。さらに足が六本ある。普通の牛と違い、後ろ側に二本余分な足があるのだ。
これだけでも禍々しい。しかし、さらにこの牛っぽい生き物は大きな牙があって、それを剥き出しにしている。表情もまた険しいもので、おどろおどろしかった。
「危ねえ感じがあるなあ」
一体何なんだろうと思うものの、これに触れようとは思わなかった。俺は行き止まりだったなと納得し、そのまま奇妙な像の前を後にする。そして上着の位置まで戻り、上着を拾って左側の道へと入った。
「うっ」
こっちの道はしばらく進むとさらに曲がり、また長い廊下が見えている。まるで迷路だ。
「一体奥ってどこなんだ? ってか、どのくらいあるんだ?」
そろそろ喉が渇いてきたなと思いつつ、それでもゆっくりと進んだ。また元の場所から進んでいないなんてことがあっては困る。
「はあ。さすがは試練だな」
俺は女媧の出す試練の厳しさに溜め息が出る。が、日頃武官として厳しい訓練を受けているのだ。こんなところでへこたれては、それこそ上司の劉敬に殴られる。
「行くぞ」
気合いを入れ直し、ゆっくりと歩を進める。特に罠が仕掛けてあることも、また進めないということもなく、順調に進んだ。
「おっ」
しばらく進んだところに、水飲み場が現れた。いや、正確には水が噴き出しているところなのだが、俺は何も考えずにそこに顔を近づけ、ごきゅごきゅと水を飲んだ。岩から吹き出る水は不思議だが、のどの渇きが限界だった。
「美味っ。この水、めっちゃ美味い。しかも冷えてる」
しかし、何も考えずに飲んだ水が美味すぎて、俺はびっくりしてしまう。あと、たくさん飲んだら腹が冷えそうだ。すでにたらふく飲んでしまったが、これ以上に欲しくなる、不思議な水である。
「この辺で止めておこう。厠なんて傍になさそうだし、ここで立ち小便したら……女媧に殺されそうだ」
俺はもっと飲みたいという欲求を抑え込み、水飲み場から離れた。再び廊下を歩き始めると、今度は右手に折れた。
「迷宮だな」
くねくねと折れ曲がる廊下に、俺は凄いもんを岩の中に作ったものだと、改めて変人女媧が自慢する理由を実感する。
またしばらく行くと左右に分かれていて、左に行くと先ほどの禍々しい像が置いてあったような、派手な敷物が敷かれた台があった。しかし、今度は何かの角が飾られているだけだった。かなりの大きさだが、鹿の角だろうか。