第16話 理不尽にも程がある
「あれ? 仙人を率いて」
しかし、黄帝は仙人を率いて戦ったという。じゃあ、俺一人で戦う必要はないんじゃないの。あんたたちが手助けしてくれないのはおかしいんじゃないの。
俺がそう思って二人を見ると
「それは伝聞上そうなっているだけだ。実際は黄帝が仙人たちの力を借りて、自ら蚩尤と退治をした。当時の元始天尊様は雷を操る方法を授けたという伝承が残っている」
太上老君は諦めろとばかりに溜め息を吐いてくれる。
「で、伝承」
ますます話があやふやになっているじゃないかと俺は頭を抱えてしまう。
「そう。実際、仙人も代替わりしているので、正確なところは解らないのだ」
「だ、代替わり」
するんですかと、俺は思わず太上老君と泰山府君を見てしまう。
「するよ。どんな仙人でも不死ではない。あくまで不老長寿になるだけだ。人間の身体を持っている以上は、どれだけ修行しようと限度がある。人間としての仙人生活が終わると、天にある国に呼ばれ、そこで神になる修行があるというが、これも、自分たちがここでの修行を全うし、死ぬまで解らん」
泰山府君が我らも不完全なのだよと続ける。
いやいや、仙人が不完全って。
そこでちらっと太上老君を見たら、ぎっと睨まれた。
あっ、ここにやや不完全な人がいた。
って、駄目じゃん。納得しちゃ駄目だよ、俺。
「えっ、じゃあ、協力すると言いつつ、みんな、よく解っていないってこと?」
しかし、根本的なところに問題があった。俺はどうなんだと二人に確認してしまう。すると
「それは違う。天帝が選んだ七人の試練に合格すれば、自ずと修行した者がやるべきことを理解すると言われている。だが、女媧は前提すら知らぬのに理解できるわけがないと思い、試練の前に突き落として幽体離脱されたというわけだ」
泰山府君からは困った返事がある。
なんなの、その、俺次第みたいな感じ。
「えっと、俺以外でもいいんじゃないの?」
思わずそう訊くと、二人は何を言っているんだという顔になる。そして
「ここ、桃源郷に辿り着けた時点で、お前には仙人たちの力を借りられるだけの能力があると証明されているんだ」
太上老君が諦めろと、そう諭してくれるのだった。
「はあ、なんで俺。そして何故もう一度この岩を登らなきゃならないんだ」
「仕方がないだろう。女媧様が出直して来いと判断されたのだ。すなわち、もう一度登って試練に挑戦させていただくしかない」
泰山府君の宮から出た俺は、腹が立つことにまた女媧の住む御殿を目指して岩山登りをすることになった。
順番に巡って七人を説得、そこから得られる答えこそが蚩尤との戦いに必要なこと。そう諭されたわけだが、どうにも納得できない。
っていうか、これって全部において騙し討ちじゃないか。そう言いたくなる。
だって、泰山府君にお世話になるまで、誰も明確に説明しなかったんだよ。それが一番おかしいでしょうよ。
「お前が決死の覚悟で礼部に行かなかったのが悪いんじゃないか?」
それに関して、太上老君が真っ当な反論をしてくれる。つまり、最初の段階でちゃんと説明を受けなかったのが悪いということか。
「だって、そこで死ぬかもしれないんだぞ」
「礼部が本気で仙人の力を得るために派遣を決めたのだったら、そう簡単に殺すことはないだろう。上司はお前に説明できないからそう言っただけで、殺すつもりは毛頭なかったはずだ」
「ぐぐっ」
じゃあ、上司の劉敬が悪いってことか。しかし、彼を非難しようとしても……駄目だ。拳骨が落とされるだけだ。
「なんにせよ、ここまで来ることが出来、さらに主上が試練を与えたのだ。その時点で選ばれし者であることを受け入れるしかないんだよ」
「ぐう」
そんな無情なことってあるか。俺はここが岩場でなければ、思い切り頭を抱えて唸りたい気分に陥る。
それにしても、こんな受動的な選ばれし者がいていいのか。俺は根本的なところが気になってしまうところだ。
国の危機を救うほどの人材が、俺のようなぼんやりした奴しかいないって……自分で言うのもなんだけど、人材不足にもほどがある。これだけでも国の危機じゃないだろうか。
「俺でいいのかねえ」
「少なくとも、神農様はお前を認めた。それを誇りに思え」
「ああ」
何も知らない俺なのに、数々の妙な試練を課した神農。彼女は俺に何を見出して合格を出したのだろう。っていうか、ほぼ宴会に付き合っただけだが、それで何が見抜けるのだろうか。
「解らん。本当に解らん」
俺はそう呟きながら、再び巌を目指して登るしかない。
で、二時間後。
「はあ。お前は締まらん顔をしたままだなあ」
「そうですね」
問題の女媧は、登り切った俺の息が整わないうちから嘆いてくれる。当然、俺はそうですねと頷く以外に方法はない。
というか、俺だって散々自分でいいのか悩んでいるんだ。締まらないって嘆きたいのは俺自身だよ。