第14話 蚩尤
「今年もか」
「ええ」
「ん?」
俺の耳に、聞き覚えのない声が飛び込んでくる。
「これは祟りだ」
「ああ、間違いない」
「となると、やはり蚩尤だろうか」
「でしょうねえ」
村にいる人たちが話している声なのか。しかし、しゆうってなんだ?
俺は解らないなあと、眼下に広がる農村部に目を凝らす。しかし、そこには何もなかった。ただ疲弊した農村が広がるだけだ。
「これが今、宣国で起こっているというのか」
本当だろうか。俺は首を捻ってしまう。どこかが困っているなんて話を、俺は聞いたことがない。でも、それは俺が下っ端武官だからだろうか。
「ううん」
どういうことだろうと思っていると、また風に流されてしまう。
「おおっ」
農村部を離れて、宣国の奥へ奥へと飛ばされていく。そこは宣国の西端にある大きな山だった。
「崑崙山」
一部の人たちはここに仙人が住むと信じ、そしてまた自らも仙人になろうと修行を積む人が多いと聞く場所だ。どうしてこんなところに流されてしまったのだろう。
「あれ、ひょっとして男の仙人はここにいるのかな」
自分が訪れた桃源郷は全く違う場所にあったが、だからと言って崑崙山が仙郷ではないとは限らないのだ。男たちは別の場所にいるという話だったし、そう考えるのが無理ないのだろうか。
「えっ」
しかし、その崑崙山からぞわっとする気配がした。なんだか不愉快になるというか、気持ち悪いというか、ともかく、仙郷とは真逆の気配が発せられている。
「な、なんだ、これ」
「蚩尤め。どんどん力を溜めておる」
「えっ」
「我らだけではもう無理だ」
また、誰かが話す声が聞こえてきた。ここに住んでいる人、仙人になるために修行する道士たちの声だろうか。
「もっと力ある者にこれを封じてもらわねば」
「何度も都には建白書を出しているが、どうでろうなあ」
「解らぬ」
そんな話が聞こえて来て、俺はまさかと気づく。
仙人を連れて来いというのは、この蚩尤を倒してほしいからなのか。
「じょ、女子に縋れってか」
俺は驚いて叫んでしまったが、彼らには聞こえていないらしい。いや、そもそも声はするが、そいつらの姿は見えない。ただ禍々しい気配のする山が見えるだけだ。
「えっ、つまり、ううんと」
俺が悩んでいると
「そろそろ起きろ!」
いきなり一際大きな声が降ってきた。
「いでっ」
「起きたか」
どすんっと身体に衝撃を感じて俺は目を覚ました。そして、そんな俺を見下ろしているのは、見たことがない真っ白な人だった。服が真っ白なだけではない。長い髪も肌も真っ白な人だった。目はなんと赤い色をしている。どう見ても若そうだが、色素というものがない人だった。
「えっ、ええっ、いだっ」
起き上がろうとしたが、激痛が走ってのたうつことになる。全身がバキバキに痛い。
「起きてもらわないと困るが、起き上がっていいとは言っていない。魂は無事に肉体に戻ることが出来たようだな」
白い人はそんなことを言う。俺は何がどうなっているんだと首を巡らせると、知らない建物の中にいることが解った。そして寝台に寝かされている。
「こ、ここは? あなたは?」
「私は泰山府君。君は女媧に投げ捨てられ、幽体離脱をしていたんだ。それを復活させたのが私だ。よって、ここは私の宮である」
「は、はあ」
そう言われて、俺は巌から落とされたことを思い出した。つまり、身体が痛いのはその影響……って、死んでないことがおかしくないか? あの高さから落ちて骨折だけで済むはずがない。
「お、俺」
「大丈夫だ。一度死んだが、ちゃんと復活できている。私は冥府との橋渡しが役目だ。よって、死すべきではない魂をこの世に戻すことも可能だ。だが、さすがに怪我は全部がすぐに治らないものでね。命に別条のない部分まで手が回っていない」
「は、はあ」
よく解らないが、どうやら一度本当に死んで、その後復活させられたらしい。って、何が何だか。
「ああ、起きたのか」
と、混乱していると見慣れた顔、太上老君がやって来た。そして泰山府君に丁寧に頭を下げる。
「お世話になりました」
「いや、いい。女媧の手荒さは解っているからな。で、姜飛とか言ったか。自分がこの桃源郷にやって来た理由は解ったかい?」
泰山府君に問われて、俺はさっきまで見ていたものかと気づく。しかし、何が何だか。まだ現状を理解出来ていない。