第12話 女媧
俺は岩をじりじりと登りながら、めちゃくちゃだなと溜め息を吐く。さすがは桃源郷。一般人には理解できないことが満載だ。だが、そんなめちゃくちゃな理論を噛まされたおかげか、岩登りもすんなり受け入れてしまった俺である。
「ここで休憩しよう」
だから、太上老君がそう声を掛けてきた時、自分が二時間近くも休憩なしに登っていたことに気づいていなかったほどだ。
「ふおっ、疲れた。でも、ここまで来ればもう少しか」
俺は太上老君が差し出してきた瓢箪を受け取りながら確認する。中身は昨日とは違って桃果汁水だ。
「美味っ。しかも冷えている」
「養老の滝の水を使っているからだ。あそこの水はどれだけ持ち運んでもぬるくならないんだよ」
「へえ」
またまた桃源郷の不思議に触れつつ、水分補給が出来て俺はほっと一息吐くことが出来た。落ちないように注意しながら上を見上げると、一際大きな岩が見えてくる。あれが太上老君の言う巌だろう。
「そう、あれだ。あの上に女媧様が住まう御殿がある」
「いやいや。どういう構造?」
巌の上に御殿? そもそも、ここまで岩登りしなければならない道のりだけでも信じられないのに、そこに御殿を建てちゃっているのか。
「岩山を一部くり抜いて建てているんだ」
「へえ。たまにお寺である、あの感じか」
俺が思い浮かべたのは崖に建てられた寺だったが、考え方としては間違っていないだろう。ということは、岩肌が剥き出しのところに住んでいるのだろうか。
「さあ、行くぞ」
「ああ」
なんにせよあと少し。
俺は瓢箪を太上老君に返すと、再び岩に張り付いていた。
「よく来たな、人間」
「は、はい」
だが、あの後からが大変だった。足場が少なく、目印もところどころない場所があって、本当に試練の連続だった。特に最後、御殿の建つ巌は垂直に近く、登るのは腕力だけが頼り。しかもここまで四尺(約十二メートル)登った後だったから、マジで落ちるかと冷や冷やしたものだ。
そして、辿り着いた御殿はこれでもかというほど立派なものだった。マジでこれがこんな岩場に建っているのかと驚くほどのものである。
そして、待ち構えていた巨乳美女の女媧は、色々と想像以上の人だった。まず、服がすごい。ほぼすけすけ。豊満な胸だけでなく、あらゆる場所が見えている。
「ああ、くたくたになった太上老君、マジでかわいい」
さらには俺には冷たい一言と、弟子に茶を出させるという処遇だったのに、太上老君は現在、女媧に膝枕されている。さらには女媧手ずから淹れた高級玉露付きの申し分ない接待である。が、太上老君の顔には大きく不本意と書かれていた。
「じょ、女媧様。今日はあっちが客です」
「いやいや。いいんだよ。下界の、それも男なんて、適当に扱っておけばいいのだ」
「ですが、天帝の、ひゃっ」
女媧の手が太上老君の纏う袍の合わせの間に差し込まれ、明らかに胸を揉んでいる。俺は見ていていいのだろうかという気分になりつつ、しかし、これほど美しい絵はないと、顔を真っ赤にしながらガン見していた。
「まだまだ発育しそうよのう」
「も、もうしません。ひゃっ」
くすぐったいのか、太上老君は色気のない声を上げてくれる。それだけが非常に残念だ。ここでいい反応を見せてくれれば、完璧な百合だったのに。
巨乳美女が美少女のおっぱいを揉み揉み。非常にいい。俺の好みにもドンピシャだ。
「おい、男」
「は、はい」
「鼻の下を伸ばしているんじゃねえ」
「……」
いや、全部あんたのせいじゃん。
女媧の注意に、俺は頑張って顔を引き締めつつ、次いで、気持ちを落ち着けるために茶を飲んだ。
「ぶっ」
が、檄苦茶に俺は吹き出す。女媧を見ると、ざまあみろという顔をしていた。
本当に何なの、この人。
「センブリだ。消化不良に効く。どうせ神農につき合わされて胃腸がぼろぼろなんだろう。身体にはいいから飲んでおけ」
しかし、そのお茶が意外と気遣いの結果だと知り、俺は我慢して残りを煽った。が、やっぱりくそ不味い。
「女媧様。わざわざセンブリを用意されていたのならば、この男、姜飛が何をしに来たのかはご存じですよね」
太上老君は何とか女媧の愛撫から逃れ、俺の横まで来るとそう訊ねる。それに女媧は不満そうな顔をしたが
「もちろん知っているさ。ここまでで一度も声を荒げず、怒りを露わにしなかったことで、お前が試練を受けることは認めてやる。太上老君をいやらしい目で見ていたことは許せぬが、愛でている分には良しとしよう」
と言って大きく頷いた。
認めてくれたのは有り難いが、何か色々とツッコみたい気分だ。しかし、俺は太上老君に睨まれて、大人しく礼を述べるだけにした。
「ありがとうございます」
「ふむ。で、お前はわざわざ桃源郷までやって来て、天帝から試練を課されているわけだが、理由は知っているのか」
「い、いえ」
俺が何も知りませんと答えると、女媧は目を丸くした。それはもう、本当にまん丸くなっている。
「馬鹿なのか」
「馬鹿です」
「おいっ」
女媧の呟きにあっさり頷く太上老君に、俺は速攻でツッコミを入れる。しかし、女媧は馬鹿なのかあと腕を組んで、しみじみと呟いてくれた。