第10話 次の場所へ
「ああ。しかし、慰撫するのは何も我らでなくてもいいのだよ」
「しかし、下手すればこの男を人身御供にすることに」
「しないために、お主の手助けが必要なのだぞ」
「ですが」
「まあ、私はここを通過することを許可する。しっかりとこの先も励むことだな」
「はあ」
七人の仙人の説得とはすなわち修行の道。
それを知る太上老君ですら、面倒なことになったと溜め息を吐いてしまう。そして、この先に苦手とする女媧と太上道君がいることも、気を重くしてくれる。
全く以て面倒な男に関わってしまったものだ。しかし、ここまで真っすぐな人間も太上老君は知らない。
「自らが奇跡を起こすことになると知ったら、この男はひっくり返るんだろうな」
太上老君はぐうぐう眠る俺の額にデコピンを食らわせ、くくっと笑っていたのだった。
「ぬおおっ、寝てた」
「煩い!」
俺が飛び起きると、すぐさま太上老君が瓢箪を投げてくれた。がつんっと俺の顔面にぶち当たった瓢箪は、そのままぽちゃんと池に落下する。
「いてえっ、って、瓢箪っ」
「大丈夫だ」
大慌てで瓢箪を追い掛けようとする俺の襟首を捕まえると、神農が指笛を吹いた。すると、瓢箪が動きを止めた。さらにその瓢箪の下から何かの頭が出てくる。
「なっ」
「海豹だ。おい、メイ。ここまでおいで」
「えっ」
メイってあの少女の名前じゃあ。
そう思っていると海豹がひょいっと飛び跳ねた。そしてくるくるっと回ったかと思うと、あの少女が現れる。
「ええっ!」
ここに来て色々と度肝を抜かれることがあったが、これほど驚いたことはない。俺は少女を指さしたまま固まってしまう。
「驚いたか。メイは年経た海豹が精霊になったものだ。今は私のよき助手だよ。しかも彼女のおかげでここは海と繋がるようになり、昨日のようなアンコウなんかも姿を見せるようになったというわけだ」
「なっ、はっ、へっ」
俺の頭はもう破裂寸前なくらいに混乱した。
「さて、次は女媧だったな」
そんな俺に苦笑しつつ、神農は次の説得相手が待っているぞと促した。
「えっ、次って、じゃあ」
「私は十分に満足した。よって、天帝の決定に反対を表明することはない。他の者も頷いたのならば、力を貸そう」
神農はメイの頭を撫でながらにやりと笑う。
「ええっと、はい」
よく解らないが合格したようだ。しかし、俺はこれがまだ六回も続くんだなと、色んな衝撃が収まってどんよりと沈んでしまう。
っていうか、何がどうなれば正解なのか、全く解らなかった。
「女媧様はこの先の巌にいらっしゃる。行くぞ」
そんな混乱する俺を、太上老君は行くぞと引っ張ってくれる。
「お前が土下座してまで嫌がった相手か」
「うっ、そうだよ」
「土下座したくらいでは無駄だろう」
俺たちのやり取りを聞いていた神農は、からからと笑って太上老君の心に止めを刺してくれる。
「ぐふっ。だって」
太上老君は胸を押さえると、本当に嫌なんですと顔を顰める。
その表情は今までのどんな顔よりも少女らしく、可愛かった。
「いいじゃないか。女媧は太上老君が大好きなだけだ」
「ううっ」
太上老君をイジメて楽しむ神農に、俺は思わず顔を緩めてしまう。すると、すかさず隊所老君が手近にあった瓢箪を投げてくれる。
「あいてっ」
またしても見事に顔面に当たり、瓢箪は池へと飛んでいく。しかし、今度はすぐにメイが続いて飛び込んだ。すぐに海豹が瓢箪を加えて顔を出す。
「騒がしい連中だな。ほら、早く行け」
一連の動作をしっかりと見ているだけだった神農は、ははっと大笑いして二人を見送ってくれるのだった。
さて、神農のいる庵を出て、ここからは歩きで巌へと向かうという。
「麒麟で飛べないのか?」
「ああ。麒麟が休める場所が少なく、岩場が続くからな」
「へえ」
俺は飛べるけれども馬っぽい麒麟を思い出し、そういうものかと納得する。しかし、岩場を登ると思うと、今から溜め息が出た。
幸い二日酔いにはなっていないが、酒と美味しい料理のせいで身体が重い。