第1話 理不尽な命令
「お前、ちょっと仙人を呼んで来てくれ」
唐突に上司からこう言われたら、君はどう答えるだろうか。
「は?」
ちなみにそう問われた俺の答えはこれだった。
そう、中央大陸にある宣国の下っ端武官(十八歳・彼女募集中)の反応は、これ以上でもこれ以下でもなかった。少々上司に向けて侮蔑の視線を向けてしまったかもしれないが、これだけだった。
「いや、だからな、姜飛。お前、仙人を呼んで来てって言ってるんだよ。ここから三日で行ける場所にいるから」
そして多少の侮蔑の視線を受けた上司は、普段だったらなんだその態度はと怒るくせに、自分の命令の奇妙さに気づいているせいか注意もせず、それどころか、ちょっと詳しく言い直した。
「はあ」
それでようやく、これが上司の気まぐれでなされた命令でなされたわけではないことが判った。明らかに誰かに命じられて俺に伝達している。
「一体どこの馬鹿な上官がそんなことを言ってるんですか?」
俺は苦情を言った方がいいですよと、上司の心労を慮ってそう言った。すると、上司、もとい、いい加減詳しく言おう、左近衛府長官の劉敬殿は真っ青な顔をした。
「馬鹿者。陛下直々の命をなんと心得ている!」
そしてそう怒鳴ってくれた。
へえ、陛下か。
陛下ねえ。
って、陛下だって?
「何ですって?」
「陛下だよ。皇帝陛下。お前を名指しし、仙人を呼んで来いと言ってるんだよ!」
劉敬も我慢の限界だったようで、そこで大声で怒鳴ってくれた。おかげでこっそりと命令を伝達するつもりだったはずなのに、周囲にいた武官たちにもばっちり聞かれてしまっている。
「へ、陛下が。俺を? どうして?」
俺は周囲に助けを求めるように、ここぞとばかりに大声で問い返した。すると劉敬の鉄拳が飛んでくる。
「いでっ」
「大声で言うな。これは密命だぞ。お前ら、どこかで吹聴して見ろ。首と胴体が永遠にお別れすることになるからな!」
劉敬は俺に怒鳴るだけでなく、周囲に向けても怒鳴り散らした。おかげで様子を窺っていた武官たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
興味よりも命を大事にするとは感心なことだ。しかし、逃げられない俺は色々と、色々と納得できない。
「なんで俺なんですか? っていうか仙人、ここから三日で行ける距離にいるんですか?」
俺はその命令そのものがおかしくないですかと、大きく深呼吸をしてから問い返した。
「俺もそう思った。しかし、この命はお前にしか出来ないとの託宣が出たそうだ」
「た、託宣」
「ああ。礼部肝煎りの道士が宣したらしいぞ。だから、お前で間違いない」
「いや、はあ」
占いを全面的に信じる気のない俺は、反応に困った。しかし、政治の重要な物事のいくつかが占いで決まるのがこの宣国だ。占いを信じませんなんて言おうものならば、即刻死罪を言い渡される。曖昧な返事しかしてはならないのだ。
「ちなみに三日で行けるというのも占いの結果だ。お前ならば必ず三日で仙人たちがいるとされる桃源郷に入ることが出来るだろう」
「はあ」
なんか、全部のことがふわっとしていないか。
俺の気持ちはそのまま顔に表れていたようで、再び劉敬の鉄拳が飛んでくる。
「ぐはっ」
「文句があるならば礼部に訴えろ」
「それ、俺に死ねって言ってますか?」
「そうだ。嫌ならば礼部にケンカを売って死ね。いいか、お前のような下っ端に拒否権はない。当然、命令に疑問を持つことも許されていない!」
最終的に開き直られてしまったぜ。
拒否権はない言い切った上司に、俺は呆れるしかない。そして、三日以内に仙人のいる場所、桃源郷とやらに辿り着かなければならないことが確定した。
かくして俺は理不尽な命令を実行すべく、旅に出ることになるのだった。
そして三日後。俺は森の中を彷徨う羽目になっていた。
「本当にこっちにいるのかよ」
礼部が示したのは方向だけ。あとは俺が行けば自ずと判るという雑過ぎるものだった。しかも、俺は拒否権も反論権もないのでそれを信じるしかなく、ずんずんずんずん進んでいたわけだが、いつしか森の中だった。
「このまま迷子になったら、マジで死ぬんじゃないのか」
ちらっとそんなことが頭を過る。