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屍装騎士②

 〝月の海の子どもたち”院が四つは収まりそうなほど、大きな広間だった。数十人が座れそうなテーブルが部屋のまんなかに置かれているだけの、ものさみしい部屋でもあった。

 窓を大きく取っているのに、眠たくなるほどあたたかい。壁に埋められた暖炉(ペチカ)で、石炭がとろとろと燃えているからだ。壁の裏に煙道を通しているのだろうとリリャは考えた。

 ペチカの壁面には使い込まれたフライパンや鍋がフックでかけてあり、また、さまざまな種類の草が束ねられ、逆さにつるされている。


「冬のハーブを干しているんだ。ローズマリー、ミント、ラベンダー。それから、君がクッションにしたタイム」

「あ……」

「いいさ。一人じゃ手入れが行き届かなくてね。いくらか踏み潰してもらった方がありがたい」


 火箸を手にしたスタヴローギンが、ペチカからひと塊の石炭を取り出し、給茶器(サモワール)に突っ込んだ。お湯が沸く間に、磁器のティーセットを用意する。そのついでに、ペチカの焚き口にフライパンをかけて熱しはじめた。

 ひとつひとつの手際に無駄がなく、長いあいだ一人で朝食の準備をしていたのだとリリャには分かった。これだけの豪邸に住んでいて、使用人の一人もいないというのは、端的に言っておかしい。ソフィアがスタヴローギンについて語った短評を、リリャは思い出した。


「ガレットは好きかい? 卵は?」


 スタヴローギンは、バターの塊にナイフを突っ込みながら問うた。


「あ、ええと……はい、ニコライ・ドミートリエヴィチ」

「よろしい。少しばかりオレガノを散らそうか」


 フライパンのふちにナイフを軽く叩き付ける。落ちたバターが、あぶくをふきながらフライパンの上を滑っていく。泡が茶色く焦げていき、香りが立つ。

 水で溶いたそば粉をフライパンいっぱいに薄く流す。削いだベーコンを生地の上に並べる。卵を落としたらフライパンから引き揚げ、ふたをする。 


 サモワールの上で、ティーポットが湯気をふいた。スタヴローギンはティーカップにお茶を注ぎ、


「ローズヒップとエルダフラワーだよ。よかったら黒すぐりのジャムかクランベリーのはちみつを付けるけど」

「え、それじゃあ、ジャムで」

「よろしい」


 にっこりして、小皿に黒すぐりのジャムを盛った。


「こっちも良いあんばいだね」


 フライパンの蓋を持ちあげる。甘いにおいの蒸気が逃げ出す。たまごには、余熱でしっかり火が通っている。焼き上げられたガレットを二つに切り分け、乾いたオレガノを手で揉んで砕き散らし、白磁の皿に盛る。


 リリャがおろおろしている間に、変人の大富豪は朝食の支度を済ませてしまった。


「さあどうぞ、お嬢さん」


 スタヴローギンが引いた椅子に、リリャは飛び乗るようにして座った。銀のスプーンとナイフが並べられ、ハーブティとジャムとガレットが配膳された。

 それからふたりは向かい合わせに座った。


「あの……どうしてですか?」


 ようやくリリャは、根本的な疑問を口に出した。リリャは純然たる不法侵入者であり、うすぎたないぼろ布で着ぶくれした、しかも移民の子供だ。資産家に歓迎される要素は一つもない。


「君はスタヴローギンのうわさを聞いてきたんじゃないの?」

「変わった金持ちだって、ソフィア・イワノヴナが」


 司法騎士団長の名を出して、反応をうかがう。スタヴローギンは声をあげて笑った。


「彼女の言いそうなことだね。まあ、食べながらでも話せるよ。さあ、どうぞ」


 物心ついてからほとんどの間、リリャはよくて残飯か、悪くて泥まじりの塩を食べてきた。実のところ、目の前に出されたまともな料理を食べたい欲求に、心は半ば支配されていたのだ。


「それじゃあ……わっ、わっ! わああ……!」


 ガレットの端を切り取って口にしたリリャは、むしろ混乱してしまった。舌の持つ味蕾と触感のうち、これまで使われなかった部分が無理やり励起させられるような味わいだった。

 そば粉のざらついた食感、白身のなめらかな食感、黄身の粉っぽい食感、ベーコンのざらりとした食感。

 塩気と甘さと渋み。


「スタヴローギン家っていうのは代々篤志家で知られていてね」


 リリャの感興にかまわず、スタヴローギンは話しはじめた。


「始祖の代からずっとそうなんだ。初代のスタヴローギンは行商人だったんだけど、全財産をコザースクでの綿農業に突っ込んだ。この湿地帯では、他にまともな産業を興せないからね。それでともかく、コザースク一番の資産家になったわけだ」

「はい、はい」


 相槌を打ちながら、リリャは夢中になってガレットをほおばった。


「当代の、つまりぼくは綿畑をまるごと売り払って、今は貿易会社への投資でほそぼそと食いつないでいるけどね。よかったらお茶も飲んで」

「んわぁ……」


 ローズヒップの酸味。エルダフラワーの、白ぶどうに似た香り。そこに一匙、黒すぐりのジャムを落とす。砂糖の甘さと、適度な渋みが加わる。


「ぼくはひとり身だし、親に遊び方を教えてもらえなかった。ちいさな頃に、父も母も死んじゃったんだ。そして悪化する一方のコザースク行政は、福祉を切り捨てることに決めた。となれば、お金の使い道は一つ。恵まれないひとびとに施しを与えて、自尊心を満足させるぐらいなんだよ」

「それで、篤志家」

「うん、その通り。おおいに自尊心をくすぐる言葉だからね」


 リリャはわらった。偽善者としての振る舞いは、あからさまな照れ隠しだ。善意を隠そうとして、ぶざまなぐらいに失敗している。


「だから、君みたいな子が<<迷い込んで>>きたときに、料理を食べさせるぐらいのことはしているんだよ。君もその噂を聞きつけてやってきたのかと思ったんだ」


 ティーカップを口元に持っていって表情を隠しながら、リリャは考えた。どう言葉を選ぶかについて。もっとも効果がありそうなのは――


「どうしてレフ・ペトロフを殺したんですか?」


 ただまっすぐに、リリャは斬り込んだ。

 スタヴローギンはぎょっとしたように目を丸くした。わずかに前のめりになった。ナイフを握る手に力が入り、手の甲に筋が浮くのをリリャは見た。その仕草のすべてが、鋭い殺気のあらわれだった。

 精神を挽き臼にかけられるような沈黙は、どれほど続いたのだろうか。リリャにはほとんど永遠に感じた。だがリリャはスタヴローギンから視線を切らなかった。

 やがてスタヴローギンが折れた。ナイフを置き、全身の力をゆるめて椅子にもたれ、苦笑さえ浮かべた。


「いい質問だね。答える前に教えてほしいんだけど、君はどうしてそのことに気づけたの?」


 スタヴローギンはあっさりと犯行を認めた。リリャは息を呑んだ。ここからだ。返答を間違えれば、おそらく自分は殺される。目の前のやさしげな青年は、躊躇せずにリリャの頭を叩き割るだろう。移民の子供がひとり死んだところで、気に留める者はいない。

 リリャは前髪を持ち上げて、天色(あまいろ)の右目を外気にさらした。


「なるほど。君は魔法つかいなんだね」

「慧眼つかい。ものの動きがよく見えて、魔力の流れを捉えることができます。ニコライ・ドミートリエヴィチ、あなたには、レフ・ペトロフと同じ魔力がまとわりついています――魔法戦(まほうせん)の証、ですよね」


 スタヴローギンは穏やかに頷いた。


「レフ・ペトロフは言葉つかいだった。魔力のこもった言葉を、相手に叩きつけることができたんだ」

「きっと死ぬ前に、その魔法を自分にかけたんだと思います」

「そこに、ぼくの名前があった?」

「だから……推理したんです。そしてここに来て、確信しました。あなたが殺したんだって」

「そして君は単身、頭のおかしい殺人鬼が棲む家に乗り込んできたわけだ。司法騎士団の力も借りずに」

「通報するつもりはないです」

「それじゃあ、君はなにを目的に?」


 リリャは右目の瞳孔をぎゅっと引き絞った。スタヴローギンの表情や動作から、感情を読み取ろうと熾烈に努力した。しかし彼の身体から発散されているのは、気だるげな諦念とでもいうべきものだった。

 どうでもいいのだ。厄介そうであれば殺すし、そうでなければ家に帰す。それだけのことだと思われている。


 スタヴローギンが立ち上がった。リリャの身は竦んだ。恐怖を感じた肉体の、純粋な反射は隠しきれない。

 リリャの怯えを感じ取らなかったのか、分かって無視したのか。スタヴローギンは感情を見せずペチカに向かった。ベルトに提げられた鍵束から、一本の鍵――ウォード錠を取った。


「ぼくは蔵置(ぞうち)つかいなんだ。魔法でつくった空間に、いくらかのものを収納できる」


 ウォード錠を、ベルトのバックルに差し込む。鍵をひねると、ひらいた掌の上に草の束が落ちた。


「タイムだよ。さっきも言ったけど、枯れる前に収獲して干しておくんだ。これがなかなか、一人でやるとしんどい作業でね」


 リリャはゆっくりと息を吐いた。震えているのが自分でもわかった。タイムを紐でくくって逆さにつるすスタヴローギンの背中を、貫くように見据えた。


「ニコルーシャ。わたしを、相棒(ナバールニク)にしてください」


 あえて、リリャはスタヴローギンをニコライの愛称で呼んだ。略称とは異なり、親しい友や家族しか口に出来ぬ呼び方であった。


「……へえ?」


 予想外だったらしい。スタヴローギンの返事には間があった。


「わたしの父と母は、殺されました。移民だからって、それだけの理由で」

「レフ・ペトロフが、移民のパン屋相手にしたように」

「殺されて、財産をぜんぶ奪われて、家には火をつけられました。だから……だから、わたしも――」


 リリャはわずか、黙った。口にすれば後戻りできなくなる、呪いのような言葉を吐き出すための覚悟の時間だった。


「――わたしも、殺します。わたしの人生をこなごなにした人たちと、その仲間を」


 消えない怒りが、リリャの(うち)にある。月が黄砂に(あか)く染まった寒い夜、無思慮な血染めの鎌が彼女のなにもかもを刈り取っていった。だから祈っていた。ユーク海に沈んだ(クーコルカ)の死骸に、祈りを捧げていた。どうかこの世のありとあらゆるものが壊れてしまいますようにと、敬虔に。

 レフ・ペトロフの頭蓋は、形をなした憎悪の一撃を浴びたように砕かれていて、リリャの祈りは歪んだ。知った。気づいた。憎しみは、あえなく宙に散じる空虚な捧げものではない。相手に叩きつけるべく生まれた鈍く重い武器なのだと。


 だから、殺す。自分たちを憎み、押し退けようとする、すべてを。


「まいったね」


 スタヴローギンはリリャに向き直り、苦笑を浮かべて両手を広げた。


「実のところ、そんなお願いははじめてだ。だれかを殺してほしいって頼まれたことはあったけどね」

「請けてくれるんですか?」

「仕事にしたら正当性が生まれちゃうからね。ぼくの殺しは正義とも司法とも関係ない。ぼくは頭のいかれた犯罪者を殺してまわる、頭のいかれた犯罪者だよ。移民だろうが、犯罪者なら殺す」


 リリャは幾度かのまばたきで、すがりつこうとするような哀れな視線を振り切った。

 両親を殺した移民排斥主義者はコザースク司法騎士団に捕らえられ、獄中で自殺した。リリャは犯人に報いを与えたいのではない。ただ、許せない。ただただ許せなくて、怒りをぶつけたくて、だから殺したい。お願いに来たのではない。殺人鬼と対等に並び立ちたいと思って、ここにいる。


 スタヴローギンは、大きく取られた窓に視線を移した。


「さて、リリャ。もしも君が相棒(ナバールニク)とやらに――」


 リリャは椅子を蹴り、机の下に飛び込んだ。渾身の力で机を倒し、天板の裏にぴったりはりついた。


 次の瞬間、一面のガラスが粉々に砕け散った!


 猛烈な勢いで外気が吹き込み、ペチカの石炭が真っ赤に燃え上がって火の粉を噴く! 床に落ちたサモワールが熱湯と蒸気をまき散らしながら転がる!

 分厚いテーブルの天板に、飛散したガラスの破片が突き刺さる。リリャは体を丸め、息を殺して衝撃に耐えた。


「いい動きだね、リリャ。魔力の流れが分かった?」


 突然の破壊に、スタヴローギンは一切の動揺を見せなかった。悠揚としてペチカを離れ、倒された机を背に窓の前に立った。


「さて……何人来るかな?」

「あ、あの、ひとりです」


 机から顔を出したリリャが、おずおずと言った。振り向いたスタヴローギンはちょっと驚いたように片眉を持ち上げた。


「そんなことまで分かるの?」

「わたしの、慧眼なら」


 スタヴローギンはくすっとわらい、手で前髪を持ち上げる仕草をした。


「それ、ずっとやっていると疲れない? めのうのバレッタを持っているんだ。ぼくは使わないから、よかったら――」

「きっ、来ますっ!」


 叫びながら、リリャは横っ飛びに跳んだ。窓ガラスを打ち砕いたなにかが、再び飛来する。スタヴローギンは一歩、右に動いた。速度と質量がスタヴローギンのインバネスをわずかに切り裂き、机に深く突き刺さった。天板がたわみ、裂け、くの字に曲がった。


「よかったらあげるよ。いる?」

「それどころじゃ!」

「さあて、どこにしまったっけなあ。ずいぶん前のことだからなあ」


 リリャは天色の虹彩に浮かぶ瞳孔をぎゅっと引き絞った。ガラスを砕き、テーブルを破壊した物体は消滅し、魔力の残滓が漂っている。射出された距離は……近い。魔力が茂みの辺りで途切れている。柵は越えない。


「敵は敷地内です、コーリャ!」


 思わず、略称で名を呼ぶ。スタヴローギンは不興げに片眉を持ち上げた。


「ニコライ・ドミートリエヴィチ。父姓(ふせい)をちゃんとつけること。君は出会ったばかりの他人を」

「また来ますっ!」


 敵魔法、三度(みたび)飛来! リリャの慧眼がその航跡を捉える! 青く燃え上がる紡錘形の先端に銛のような返しがついた回転体! 肉に分け入れば(すじ)(あぶら)と臓腑を切り裂くであろう、それは凝縮された殺意の形相(けいそう)! この破壊的魔力回転体には、魔銛(マセン)の名がふさわしかろう!

 魔銛がペチカの石壁に突き刺さり、激しい回転で砕き散らした。銅の煙道に亀裂が走り、熱のこもった煙が苦しげに吐き出された。


「参ったな。先祖に叱られちゃうぞ」

「だからっ! それどころじゃ!」

「いいさ、好きなだけ撃たせれば。素人だよ。つまり、喧嘩はできても(たたか)いはできないってこと。いくらなんでも弱点を晒しすぎだもの」

「お、落ち着きすぎてます……」

「まず、最初の一撃で殺さなかった。三射ともまっすぐ飛んできているから、射出後のコントロールはできない」


 スタヴローギンは、敵の魔法を容易く看破してみせた。一人の者に魔法は一つ。これがルールである。魔法の威を先んじて見抜かれるだけで、魔法戦勝率は大きく下がる。


「ところで、リリャも射線を見たよね? 同じところから撃っているのが丸わかりだ」


 つまり、スタヴローギンの立っている場所が死角ということなのだろう。リリャは呆れた。聞こえよがしにそんなことを説明したら、移動されるに決まっている。

 事実、目の前の茂みががさがさと激しく揺れた。スタヴローギンはペチカにかかっていたナイフを手に取った。刃を指に挟み、紙飛行機でも投げるように投擲する。刃物は六と二分の一回転し、茂みに吸い込まれた。


「ぐぅうううっ!」


 茂みからくぐもった悲鳴が聞こえると、スタヴローギンは嗤った。したたるような悪意と優越感をこめて。


「ね? 素人だ」


 ようやくリリャは理解した。ここまでの全てが敵に対する挑発で、今、とどめの一撃を放ったのだと。


「そんなに遠くから撃っていたんじゃ、ぼくが寿命で死ぬ方が早そうだよ。出てきたらどう?」


 スタヴローギンが、更なる嘲笑を投げかける。果たして草むらから出てきたのは、レフ・ペトロフによく似た男だった。男は、肩に刺さったナイフを引き抜け、地面に叩きつけた。


「おまえが……リョーヴァを殺したんだな、ニコライ・スタヴローギン」


 魔銛つかいは、レフ・ペトロフを愛称で呼んだ。


「そうだね。彼が移民をさんざん殺してきたように、彼もまた殺されたわけだ」

()ったおまえが言うのか!」

「それは腹が立つよね、レオニード・セルゲーヴィチ・ペトロフ」


 名を呼ばれた男は、ぎょっとして後ずさった。


「レフ・ペトロフの、君は弟だね。同じ黒髪団(くろかみだん)でも、使い走りなら名前を知られていないと思った?」


 スタヴローギンは、レオニードが退いた分、歩を進めた。


「ところで、まさか君はひとりで来たんじゃないだろうね。ぼくに頭を叩き割られたレフ・ペトロフみたいに、誰にも看取られずゴミみたいに死んでいくつもり?」


 レオニードの浮かべた表情は、義憤にふさわしいものだった。血走った瞳でスタヴローギンを睨み、両手を前に突き出した。


「兄さんを! リョーヴァを! 馬鹿にするんじゃねえ!」


 魔銛(マセン)射出! だがスタヴローギンはわずかなステップでたやすく回避!


「なるほど。突き出した両腕の直線上に放たれるわけか。実際に見ないと分からないこともある」


 声にならぬ咆哮をあげ、レオニードは魔銛連射! 両腕を薙ぐように払った秒間五発の致死的偏差射撃!


 スタヴローギンはベルトの鍵束から、一本の鍵を抜き取った。

 焼け焦げた人骨を削り出した、禍々しいウォード錠。


 骨の鍵を指でくるりと一回転し、ベルトのバックルに差し込む。蔵置の魔法が発動する。


纏身(てんしん)


 スタヴローギンの声に応えて宙に現れたのは――


(クーコルカ)……」


 リリャは、その禍々しさに心から震えた。それは、ユーク海に沈む螽と不気味なほど似ていた。


 現れたそれに魔銛が弾かれ、砕けた魔力の塊として周囲に飛散する。それは、両手をゆるく広げたスタヴローギンを、呑むように包んでいった。


 風にはためくマントの下には、魔物の筋皮を継ぎ接いだ、斑の全身鎧。

 頭の流れに沿って、焼銅の触角。触角と一体化したフェイスグリルの奥、相互理解を絶対的に拒む(むし)の複眼。

 腰に巻かれたベルトには、鍵束。じゃらり、じゃらりと音を立てる金属に交じって、特異な数本。焼け焦げた人骨を削り出したもの。

 棍棒(クラブ)には、ウォード錠に似た二枚の刃翼(じんよく)


「あ、あああ……」


 重犯罪都市コザースクには、化生(けしょう)の噂がある。

 (くら)く重たい冬に現れる、蟲貌(こぼう)夜魔(やま)……人はそれを、悪霊(ヴィエスィ)と、〝(クーコルカ)”の化身と、咎人(とがびと)狩りと、あるいは――



屍装騎士(アームドライダー)……屍装騎士、螽兜(しゅうと)!」 



 ――あるいは、屍装騎士と呼んだ!

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