第48話 - ストーリー
多田の超能力、そして取り巻く思惑
––––〝教えてあなたのキモチ〟
多田泉の精神刺激型超能力である。
扉が1つだけの個室で発動し、その個室に自身のサイクスを充満させ患者のサイクスと一体化する。患者に対して質問を行い、〝精神問診票〟に記入する。不安・恐怖・焦燥など患者に対して害をなしている感情を特定し、その感情を〝精神問診票〟が発するサイクスに封じ込めて一時的に患者をこの感情から脱却させる。その後、封じ込めたサイクスを少しずつ患者に馴染ませて精神的な治療を施し、克服させる。
多田のこの超能力を利用しようとする海外企業や軍関係者は多数存在し、日本政府は早い段階で多田を保護、サイクス第二研究所での勤務を命じている。多田本人は、自身の超能力を使って1人でも多く救いたいという思いが強く、その他の勢力による思惑に興味を持っていない。彼女の興味は、目の前の患者の感情とそれを救うことにしか向いていない。
〝精神問診票〟はその形を変形させて小瓶となり、その中に負の感情が籠もったサイクスが封じられる。小瓶にはラベルが自動的に貼られそこには『月島瑞希』と書かれている。
(予想よりは酷くないわね……)
政府からは瑞希の治療をなるべく早く済ませるよう要望がきている。迅速に精神面を安定させ、サイクスの訓練を再開して戦力にしたいという思惑が読み取れる。しかし、治療を急ぎ過ぎると患者の状態に悪影響を及ぼすため、多田は至って冷静に対処しようと考えていた。
(まぁこの程度ならばすぐに良くなるわ)
多田は小瓶から少量のサイクスを取り出し瑞希のサイクスに馴染ませる。
「瑞希ちゃん、これから少しお話しましょう。辛かったら遠慮せず言ってね」
「はい」
多田は真っ直ぐに瑞希の目を見て話を始める。
「瑞希ちゃんが一番怖かった場面は?」
「……」
瑞希もまた目を逸らさない。一時的に負の感情の込もったサイクスを取り除かれた患者は感情の起伏が無くなる。そのため、多田は混ぜるサイクスの量を増やした。
「人の死を目の前にした時です」
ゆっくりと瑞希が話を始める。
「怖いって思ったのと同時に怒りを感じました」
(これは……)
瑞希の黒いサイクスが段々と力強くなる。それを見て多田は冷えた汗が背中をスーッと流れるのを感じた。多田はそれを隠すかのように瑞希に質問を投げかける。
「それは何に対して?」
「あの仮面の人たち……」
2人はしばらく話した後、診察の終わりの時間がきた。
「……今日は終わりにしようかしら」
多田は話した内容をPCにまとめつつ瑞希に声をかけた。
「はい、分かりました」
「また明日同じ時間に」
「はい」
瑞希は静かに扉を開けて診察室を後にした。
(今日の時点で大分進んだわね)
多田は腕を組みながら思考する。
(JOKERやJESTERといった悪意と触れ合ったことへの恐怖や人の死を目の前にした恐怖。さらに両親を亡くした心の傷もあってパニックに陥り、気を失ったのは事実だけど、同時に彼らに対する怒りの感情が異常なほど大きかった。正義感が強いわね)
多田の携帯が一人でに光だした。
「……それで、あなたは何か役割を担っているの?」
携帯の中からピボットが現れる。
「どうしてそう思うんだい?」
「基本的に意思を持つサイクスが発現した場合、術者の深層心理を反映していることが多いからね」
「さっすがは先生。そう。ボクは瑞希の感情を基盤として作られているヨ」
「精神面に関して瑞希ちゃんに何かできることはあるの?」
「できないよ。もちろん瑞希の感情はすぐに分かるけど」
「そう……」
「ただサイクスの消費量を多くして少しの影響で気を失うように細工はしたけどね」
「戦闘すると命を落とす可能性があったから?」
「いやいや。彼らの感じからして瑞希を殺すようなことはないだろうからそこの心配はなかったよ」
「ではどうして?」
「瑞希の覚醒維持の終了はまだ早いからだよ」
少し間を置いて多田がピボットに尋ねる。
「その傾向があったの?」
「ほんの少しだけその兆候があったのさ。先生も感じただろうけど憤怒の感情が強くなりかけていてねー。それだとさ〜、瑞希くらいの年齢とまだ未熟な精神だと暴走の恐れがあったんだ。覚醒維持はしっかり時間をかけないと。無理やり終わらせるのにはもったいない」
「超能力発動の時の膨大なサイクスからして覚醒は終わってるのかと思ったわ」
「いいや。あれは覚醒維持さ。て言うか先生、覚醒維持なんてよくご存知で。あの潜在能力が覚醒を終えると凄くなると思わない?」
「とりあえず専門家だからね。あの状態で無理やり覚醒維持を終了させると現段階だとほぼ確実に暴走ね……。それに確かにきちんと段階を踏んで覚醒維持が終了するととんでもないことになる。私たちはどちらかと言うと恐ろしさの方が先立つけど」
「あのサイクスが怒りの感情を引き金として覚醒維持を終了させるとしたらキミたちが恐れていることが本当に起こってしまっていたかもしれないよ。感謝して欲しいくらいさ」
口元に手を置きながら多田が考え込む。
(伏せておくか……)
「ピボット、あなたそれを誰かに伝えるつもり?」
「そんな予定はないよ」
「伏せておいて」
「OK」
そう言った後、ピボットは多田の携帯画面から姿を消した。
(瑞希ちゃん、向いてるのかもなぁ……)
多田はPCのタブから『TRACKERS』についての資料を持ち出しページ下部の一文を眺める。
––––多田泉にはTRACKERS候補者の計画への適性について逐一報告すること
多田は経過報告のページを開き書き込む
––––霧島和人にTRACKERSへの適性有り。月島瑞希に関しては経過観察が必要である。
多田は少し伸びをした後に部屋を後にした。




