第43話 - 怨念
動き出した樋口の首無し死体!真相は?
「ちょっとJOKER、まだいるならちゃんと言ってよ。瑞希ちゃん連れて来る余裕あったじゃない」
体育館の屋根上に1人直立するJOKERが電話でJESTERと話している。
「いやぁ〜ごめんごめん。もう1回戻って瑞希ちゃんを連れて行けば良いんじゃないの?」
「ん〜そうしたいけど面倒な状況でしょ?」
JOKERが〝弾性恋愛物語〟 を右腕から発動し、先に付いているフックを屋上に繋げる。そのままバネを伸ばしてぶら下がりながら体育館の窓から中の様子を覗く。
体育館では〝大食漢〟が首を失くした樋口兼の肉体に宿り、その肉体が立ち上がる。
「ククク……面倒かどうかは置いておいて面白いことにはなっているよ♪」
「ほらねぇ。でも『怨念』が見られるだなんてラッキーね」
「まぁ、最近は超能力者も増えてきたし、『怨念』の事例は多くなってきたけどねぇ」
「樋口くんの怨念って考えたら、あの場でサイクスを持つ者を片っ端から喰っていくでしょ? 面倒よ」
「その通りだねぇ。彼の場合、超能力者への恨みが根幹にあるから超能力者のサイクスを奪おうと動くだろうねぇ。ボクらも例外じゃあない」
––––〝怨念〟
超能力者が深い恨みを持って死亡した場合、その怨念がサイクスに影響を与えて暴走する。残されたサイクスは、超能力者の肉体を依り代としてその怨念を晴らすために動き続ける。
「ね? ただ肉体を破壊するだけなら簡単だけどそれを止めるにはサイクスを使い果たさせるか、その目的を果たさせるかでしょ? 面倒よ」
「まぁね。瑞希ちゃん危ないかもね」
「……」
JESTERが電話の向こうで沈黙する。
「そのために残ったんでしょ?」
「ま、多分大丈夫だと思うけどねぇ」
「あぁ〜でも私が守ってあげたかったわ」
「本当お気に入りになったねぇ」
電話の向こうでJESTERのリップ音が聞こえる。
「あんなに純粋で可愛い子だなんて聞いてなかったわよぉ」
「ククク……これから期待だねぇ。後は和人くん。彼も〝覚醒〟候補だねぇ」
「あの坊やも強くなるわね。私の瑞希ちゃんほどではないけど」
「JESTERあんまり瑞希ちゃんにちょっかい出すとあの子に怒られるよ?」
「ウフフ……今あの子は檻の中で無理でしょ? 面識もないしね。それに私、人のもの欲しくなっちゃうの」
「キミって相当だよね」
JOKERの隣に黒い影が現れる。JOKERが視線を上げると、そこには宙に浮くMOONがJOKERを見下ろしていた。
「やぁMOON。調子はどうだい?」
MOONはジョーカーの問いかけには応じず体育館の中を黙って指差す。JOKERも黙ったまMOONの指差す方向へと視線を移した。
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〝大食漢〟が動き始め、首のなくなった樋口の肉体に取り憑く。
(これは〝怨念〟!)
花はすぐに状況を理解し、分析する。
(樋口は超能力者に対して恨みがあったはず。奴の超能力を考えると無差別にサイクスを奪いに来る! 意識のない人たちや気を失っている瑞希が危ない!)
花はすぐに倒れている瑞希を横抱き、いわゆる『お姫様抱っこ』の形で抱きかかえてその場から離脱する。
「徳田! そのまま瑞希を連れて外へ行け!」
花は瀧の指示に頷くと、そのまま体育館を脱出して外で待機する愛香と玲奈の元へと急ぐ。
(土田と伊藤は超能力者じゃないから直接攻撃を受けることはない。俺がサイクスをなるべく多く放出してあれの気を引く。その間に和人と協力して攻略するか)
瀧が和人の方を見ると和人は何も言わずに頷き〝レンズ〟を使いつつ観察を始めた。
「土田、伊藤! 樋口の死体に向かって撃ち続けろ!」
土田と伊藤の2人が拳銃で銃弾を浴びせる。〝大食漢〟がその銃弾から樋口の肉体を守る。
「!?」
伊藤と土田には銃弾が樋口の胴体に当たる直前で止まっているように見える。
「2人ともしゃがめ!!」
〝大食漢〟が止めていた銃弾を弾き返す。
「ッッッ!!!」
直前の瀧の号令により2人はしゃがんで躱しにかかったが伊藤の右肩を掠め、土田の左足に銃弾が当たる。
「土田さん、伊藤さん、大丈夫ですか!?」
和人が負傷した2人にすぐさま声をかける。
「大丈夫だ!」
すぐに土田が答える。2人の様子に安心した瀧が、強烈なサイクスを一気に放出する。その圧力は超能力者ではない伊藤と土田にも感じられるほどに強力なものだった。
「す……凄い……!!」
「何だ、このプレッシャー!?!?」
和人、伊藤、土田は瀧の様子に驚愕する。その圧倒的なサイクスに反応した〝大食漢〟が餌を求めて瀧へと向かう。
「来い!!」
その時、〝大食漢〟はそのまま瀧に襲いかかるかのように思われたが、瀧を無視して体育館の2階へと向かった。
「何!?」
窓から様子を見ていたJOKERも〝大食漢〟の予想外の動きに疑問を抱く。
「おや……?」
〝大食漢〟を纏った肉体は2階に横たわる樋口凛に向かって襲いかかる。襲われるその瞬間、黒いサイクスが凛の身体を守護する。樋口兼の肉体はそのサイクスに吹き飛ばされ、体育館の反対側まで飛んでいく。
「ククククク……」
JOKERが身体を震わせながら笑い始める。
「MOON、もしかして分かっていたのかい?」
MOONは黙って頷く。JOKERは笑いながら呟く。
「確かに樋口兼は超能力者に対して恨みを抱いていた。小野建設での扱いの差や超能力を利用した仕事の様子は非超能力者から見ると楽しているように見えるしねぇ。だけど……」
〝大食漢〟を纏った首無しの肉体が立ち上がる。
「その根幹には妹への恨みや劣等感があったわけだねぇ。あの子、兄に対して酷い扱いをしていたみたいだしね」
JOKERが首の骨を鳴らしながらMOONの方を向く。
「〝月の染み〟でのあの子の様子で察したんだね?」
「ソウダ」
「回数的にはあと何回?」
「アノ娘ハ俺ノ音ニ全テ、ツマリ7音触レテイル。JESTERノ超能力デ入レ替エテ負ッタ分ノダメージト今ノデ守護シタ回数ハ2回目ダ」
「ってことはあと5回だねぇ」
〝月の染み〟内とは違う、MOONの機械音が響く。JOKERは軽く息を吐くと、再び体育館に視線を戻した。
2階席に横たわる凛の目から一筋の涙が溢れ出る。




