番外編②-33 – 残念
葉山と対峙する内倉の運命は...!?
––––第10地区セクター3・樹海エリア
「なぜ、お前がここにいる……葉山!」
内倉が樹海エリアを進む中で目の前に現れたのはまるで待ち伏せていたかのように木の上に立つ男・MAESTROこと葉山順也である。彼は黒い薔薇に顔全体を覆われたマスカレードマスクを着けている。
「いや〜もうMAESTROなんて呼んではくれないんですか、GOLEMさん? 悲しいなぁ」
葉山は木から飛び降りて直立したまま静かに着地し、仮面を外す。
「どうして……!?」
内倉が目を見開き、焦りを見せた表情を見て葉山は笑いながら答える。
「いや〜とりあえず僕、十二音の素晴らしい個性をお持ちの皆さんのリーダーやらさせていただいているので……」
––––ゾクッ
その後の葉山の不気味な笑みに内倉は背筋が凍るような寒気を感じた。
「ねぇ?」
葉山は一切サイクスを発していない。いつもの如く〝インナー・サイクス〟を発動していると判断した内倉は「いつも通りだ、落ち着け」と自分に言い聞かせる。
「丁度、良かった……。お前に頼みがあるんだ」
やっとの思いで絞り出した言葉を聞いて葉山は優しい笑みを浮かべて答える。
「何でも仰って下さい! 僕たちの仲じゃあないですか!」
内倉は自分の心の中で自答した後、偽りなく十二音を脱退したいという旨を伝えようと決めた。
「十二音を……脱退したいんだ」
葉山はわざとらしく驚いたようなリアクションをして答える。
「おやおや、これはこれは。そんな悲しいことを。ちなみに理由を聞いても?」
内倉は一瞬目を閉じて妹の莉緒や月島姉妹、瀧との戦闘、クラスマッチにおける惨状を脳裏に浮かべた後に一度深呼吸をしてから答える。
「もう、お前たちにはついていけないんだ」
––––ゴゴゴゴ……
内倉は〝俺の血となり肉となれ〟を発動し、赤いサイクスを纏う。
「月島さんに情が移ってしまいましたか? GOLEMさん、いや……」
葉山は一度言葉を切った後に静かに内倉に問いかけた。
「東京第三地区高等学校1年1組担任の内倉祥一郎さんと呼んだ方が良いですか?」
赤いサイクスが鎧となって内倉を覆い、瀧との戦闘時以上のサイクスを持って頑強に巨大化する。
「俺は何もない平和な日常が恋しくなったんだ……。お前たちのことは誰にも何も言わない。約束する。だから不協の十二音を抜けさせてくれ」
葉山は笑みを浮かべる。強大なサイクスを前に動じない、それどころか笑って余裕を見せる葉山に内倉は戦慄する。
「良いですよ」
葉山はそう言うと得体の知れない笑みを浮かべながら一歩ずつ内倉に近付いていく。すると突然、何かを思いついたように両手をパンッと鳴らして内倉に告げる。
「他の皆さんに尋ねないとなぁ。結果はどうなるか分かりませんが。あ、でもどちらに転んでも良いように内倉先生を確保しておくのは当然ですよね? 折角の覚醒者ですし」
(やはりそう来たか)
内倉は自分がただでは済まないと予想できていた。彼らが覚醒者である自分をみすみす見逃すようなことをしないと確信していたからである。
内倉は葉山の周囲を見渡す。
(仲間はいないようだな)
未だサイクスを発していない葉山を見て内倉は右拳を握る。葉山はその様子を見て微笑む。
「大丈夫ですか?」
葉山の言葉に内倉は一瞬静止する。内倉は〝レンズ〟を使用して葉山を観察する。
(なっ……! 〝インナー・サイクス〟でもないだと!? 体内にサイクスが無い。これじゃまるで……)
「非超能力者じゃないか、ですか?」
内倉の心を読んでいるのように葉山が言う。
(一体……!? サイクスを使えない状態? 奴の超能力の発動条件か!? それとも……何らかの代償としてサイクスを使えない状態になった!?)
ここで内倉の中で迷いが生じる。
(これは……二者択一!)
仮に前者の場合、余りにも重い発動条件ゆえに強力な超能力だと考えられる。また、自分の目の前に来てもサイクスが発生しないことを見るにカウンター型の超能力である可能性が高い。その場合は迂闊に攻撃できない。しかし、後者の場合は逆に千載一遇の好機である。サイクスは超能力者同士の戦闘におけるエネルギーだ。それが使えないとなると目の前の青年は死を待つのみである。
––––ジリッ
(どうせなら賭けるか!?)
内倉は一度死を覚悟した身である。「どうせならば」と葉山に仕掛けようとにじみ寄った瞬間、葉山は右手人差し指を突き出して内倉に一言だけ告げる。
「1分」
この一言が内倉に新たな可能性を発生させる。
(もし……もし既に超能力発動の条件を満たした後で、その代償がサイクスの制限だとしたら!? 1分後に発動する!? いや既に発動して1分が経った!?)
葉山の超能力の予想として『人の精神に影響を及ぼす』というものがあった。内倉はもっと複雑であると考えているものの、それが1つの要素であることは認めている。
(既に発動していて奴の術中!? 有り得る! つまり、俺はサイクスを発動していないと誤認させられている!? それとも別の何かか!? 1分でまた何か別の力が生まれる?)
あらゆる疑問が内倉の脳内を蝕む。
「残念です」
1分が経ち、葉山は少し悲しそうな表情を浮かべてサイクスが発現する。
––––〝並行世界〟発動
内倉は葉山の〝並行世界〟へと引きずり込まれた。
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「内倉先生、あなたは迷わず僕を殺すべきだったんですよ」
〝暗黒の解剖室〟による黒いドーム状サイクス内で解剖されて浮遊する内倉を前にして葉山は静かに告げる。
杉本をきっかけに警察組織が『内倉の4年以上前の経歴を誰も疑問に思わなかったこと』に気付き、認識したことで葉山は〝予測と結果の狭間で〟のゲームに破れ、サイクスの使用を2時間制限されていた。内倉と対峙した時点で残り10分のサイクス制限だった。葉山は内倉に対してあらゆる可能性を示唆することで時間を稼ぎ、サイクスの復活に成功した。
葉山はサイクスを封じられる前に〝予測と結果の狭間で〟による別のゲームを設定していた。期間を『瀧と内倉の戦闘から葉山と対面して10分間』に設定して以下を推測した。
①瀧の勝利
②内倉の超能力強化に他人の血液が不要であること
③十二音の脱退願い
葉山のサイクスが復活した時点でゲームが開始、推測が正しかったことで〝並行世界〟の発生を可能とした。
「なぜ……わざわざリスクを負ったんだ……? サイクスが復活してから現れれば良かったじゃないか」
内倉は消え入るような声で葉山に尋ねる。葉山は笑いながら答える。
「スリルを感じられて楽しいからに決まっているじゃないですか! スリルは暇潰しへの最高のスパイスですよ」
葉山はそう言いながら立ち上がる。
「あ、〝スパイス〟で思い出しました! 妹さん、悪いようにはしませんから。ご安心下さい」
そう言って葉山は内倉に背を向ける。その背には内倉の絶望に満ちた悲鳴が響く。
(あぁ、感情とは何と美しいのか……)
〝並行世界〟の外にはペストマスクを片手に持った実弟・葉山慶太が立っている。葉山は笑顔で弟の肩に触れて告げる。
「慶太、皆さんに集まるよう伝えておくれ。福岡組は明日以降にでもMOONさんに迎えて頂きましょう。報告によると瑞希さん、面白いことになっているみたいだからね」
翌日8月18日、徳田花と霧島和人は福岡へと赴き、瑞希たちと共に近藤組の制圧、さらに吉塚仁、鈴村圭吾、柳大雅の3人と十二音の衝突が繰り広げられることとなる。




