第126話 - 仮宿 (ホスチア)
取り調べからMOONの超能力を推測する......!!
そして十二音、全員が揃う...!?
「最近怖い目に遭ったこと……ですか……」
翌日、〝お目付け役〟によって操られていた柚木は警視庁に赴き、取調室で事情聴取を受けている。その様子を外から愛香と玲奈は眺めている。
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「私ハMOONノ超能力ニヨリ生ミ出サレタ、〝お目付け役〟」
「コノ〝仮宿〟ヲ取リ込ンダ数ダケ本体ノタイミングデ私ハ現レル」
第125話 – 『忠告』 参照
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(この言葉から考えて奴が持っていた心臓のようなもの、〝仮宿〟を対象に取り込ませることが発動条件。柚木はどこかでその場面に出くわしているはず)
柚木はここ数日に限らず、他人に襲われたような経験は無いと話しており、いつ、どこで、どのようにして〝仮宿〟を取り込まれたのか分かっていない様子である。また、フルートの音色を聴いた後に意識が無くなったという話も柚木からは聞き出せなかった。
「それでは、質問を変えましょうか」
現在、柚木に対して取り調べを行っているのは今年51歳を迎えたベテランの非超能力者である杉本 一。出世意欲のない彼は警部から階級を上げる気がなく、昇級試験などは全て拒否している。しかし、彼の優れた洞察力は警視庁全体でも一目置かれ、愛香や玲奈も彼から教えを請いたり、その姿勢を参考にしたりしている。
「柚木さん、最近あなたの周りで何か変わったことはありましたか? 些細なことでも構いません」
杉本は綺麗に白髪染めされた黒い髪の毛を少しだけ搔き上げる仕草を見せた後に眼鏡の奥から覗く優しい瞳で柚木を見つめる。
「変わったこと……あっ! パン屋さん……」
「パン屋さんと言うと?」
杉本は少し身を乗り出して柚木に聞き返す。
「はい……。1ヶ月くらい前に近所にパン屋さんが新しく開店したんです。私、パンが好きで。そこカフェも併設されているベーカリーカフェになっていてコーヒーと確か……ベーグルを注文しました」
「なるほど」
杉本は穏やかな声色で相槌を打つ。それによって柚木は緊張が解けたかのように話を続ける。
「その時に無料で試作品の薄焼きのパンを頂いたんです。3個だったかな? そのパン、すごく美味しかったので『ぜひ商品化して下さいね!』って話を店員さんにした覚えがあります」
「そのベーカリーカフェの名前、思い出せますか?」
杉本の質問に対して柚木は顔をしかめながら答える。
「ごめんなさい……。思い出せなくて。えっと場所は……あれ……?」
柚木は頭を抱え、少し焦った声で杉本に言う。
「ほ……本当なんです! 信じて下さい!」
「大丈夫ですよ、僕たちはあなたを信じています」
杉本は少し大声になっている柚木を落ち着かせる。その後、杉本は同じ部屋にいる2人の刑事に引き継ぎ取調室を後にする。取調室から出てきた杉本の元へ愛香と玲奈が駆け寄って話しかける。
「柚木の近所にここ1ヶ月で開店したベーカリーカフェは無いそうです」
杉本は驚いた様子もなく2人に話す。
「でしょうね。おそらくは何者かに超能力をかけられたのでしょう。それよりも薄焼きパン……。確か〝お目付け役〟と名乗る者は〝ホスチア〟と言っていたんですよね?」
「はい」
「上手いこと言いますね、その者は」
「どういうことですか?」
杉本はタブレットで何やら操作した後に空間に薄焼きパンの画像を表示する。
「〝ホスチア〟とは、カトリックのミサの儀式・聖別に用いられる酵母を使わない円形の薄焼きパンのことです。イエス・キリストの体の実体として信じられています」
杉本は2人の様子を確認してから超能力の推測を始める。
「〝お目付け役〟が持っていたその〝仮宿〟、心臓の形をしていたそうですね。おそらくそれは本体、つまりMOONのサイクスで作られたもので間違いないでしょう。そして彼をキリストと見立て、心臓を模した〝仮宿〟をパンにして標的に食べさせる。それによって〝お目付け役〟が取り憑く。これが仕組みでしょう」
説明を聞いて愛香と玲奈は感心して軽く息を吐く。非超能力者でありながら分かっている情報で推測していく杉本の頭脳は重宝されている。
「これで彼の超能力が2つ分かってきましたね。これもまた僕の推測になってしまいますが、〝仮宿〟はMOONのサイクスを消費するはず。それを3回も柚木さんに使用したということは上野さんに対してかなり入れ込んでいると考えられます」
「上野に対する警戒レベルを引き上げるように伝えます」
「そうして下さい」
杉本は玲奈の言葉に満足そうに答える。
「意味があるかは分かりませんが、僕は柚木さんのご自宅周辺を回ってみましょう。何か手掛かりがあるかもしれませんので」
「ご一緒します」
杉本は愛香の提案に対して手を向けて「その必要はないですよ」と断りを入れる。
「こうした地味な作業は僕がやりますよ。それよりも月島さん、あなたは少しお休みになりなさい。妹さん、明日戻られるのでしょう?」
「はい……」
力なく答える愛香に対して杉本は優しい眼差しを向けながら言葉を続ける。
「それなら少し休んで妹さんを迎え入れておあげなさい。坂口さんも側で支えてあげるのですよ」
「はい」
玲奈はそう返事し、愛香は背を向けて歩き出した杉本に会釈をしながら「ありがとうございます」と呟いた。
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––––〝並行世界〟内:超能力者管理委員会棟2階中会議室
葉山の〝並行世界〟は現実世界と同じもう1つの世界を創り出す。この中には葉山が選んだ者のみ入ることができる。〝並行世界〟は現実世界と時間を共有され、現在8月20日(日)午後7時を回った頃である。
超能力者管理委員会棟2階中会議室と全く同じ作りをしたその部屋にはロの字型机が置かれ、特徴的な仮面を着けた者たちが5名ずつ対面に座る。空席の議長席の隣には長い鳥のくちばしを持ったペストマスクを着けた青年が立っている。
「それでMAESTROはまだか? BOOKER」
苔生した狛狐の仮面を被る男がペストマスクの青年に尋ねる。
「上野さんの件があって管理委員会の方も大変みたいですよ。もうすぐ到着すると思いますのでお待ち下さい、JACKさん」
JACKは「フン」と軽く息をつくとその直後、BOOKERの隣の空間が歪む。
「いや〜、遅刻してしまって申し訳ない。皆さんお揃いですか?」
その空間から爽やかな笑顔を向けながら若い男が現れる。
超能力者管理委員会・委員長、葉山順也である。




