第122話 - 考察
菜々美は自身を取り巻く違和感からある考えに辿り着く...
––––東京未成年超能力者再教育機関・屋上
「行クゾ」
屋上のちょうど中心で直立していたMOONは静かにJOKER、QUEEN、PUPPETEERの方を向いてに告げる。
「あれ？ 連れて行かなくて良いの？」
PUPPETEERは少し意外な表情を浮かべながらMOONに尋ねる。MOONは少し思考した後に答える。
「上野菜々美ハ来ナイ」
「おやおや、勧誘失敗したのかい？ 嫌われちゃった？」
JOKERはMOONの笛から鳴るピアノの音色に合わせて上空から現れた〝夜〟を目で追いながらMOONに聞いた。
「……マタ誘エトハ言ッテイタ。彼女ハ監視ニ気付イテイタゾ。特定マデハデキテイナカッタガ……」
JOKERは〝夜〟に乗り込みながら考えた後に何かを思い出したかのように手を叩いて話す。
「あぁ！ BOOKERのことかい？」
「……ソウダ」
JOKERはナイフ3本をお手玉のようにして投げて遊びながら感心したように話を続ける。
「特定まではできなくても彼の視線に気付くとはねぇ。ちなみにさっきのサイクスは彼女からのものかい？ 明らかな覚醒者だったねぇ」
JOKERは興味津々といった笑みを浮かべながらMOONに尋ねる。
「上野菜々美ノサイクスダ。シカモ覚醒維持ダ。ソシテスグニサイクスヲ封ジラレタタメニ月島妹ヘノ思イガ強マリ、サラナルサイクスノ増幅ガ見込マレル。現段階デハサイクスノ出力ハ月島妹ヲ凌グダロウ」
「素晴らしい。楽しみが増えるねぇ〜」
JOKERは興奮した様子で喜びの声を上げる。その興奮を抑えきることが難しいのかJOKERのサイクスが身体から溢れ出る。
サイクス量がいくら多くても一度に扱いきれるサイクス量（出力）が少なければ戦闘において不利になる。サイクスの最大量がその超能力者の潜在能力に達してしまえばそれ以上増加することはない（覚醒は除く）。
しかし、サイクスの出力量は加齢によって減少する地点までは鍛錬を積むことで徐々に増やすことが可能である。それでも元の出力量が大きければ大きいほど、その後の成長速度や最大値に大きな差が生まれる。
瑞希はサイクス量、出力量共に圧倒的な量を誇る。しかし、覚醒維持の状態となったことでそのサイクス量は未だ増え続けている一方で、出力があまり変化していないことから効率の悪さを露呈しつつある。
一方で、菜々美は瑞希には及ばずともサイクス量は非常に多く、出力は瑞希と同程度を誇っていた。そして収容される前に〝病みつき幸せ生活〟を使って様々な実験（己に対して使った分も含む）を行っていたことが出力量を増大させた要因となり、覚醒維持を通して瑞希の出力量を超えた。
「MAESTRO、喜ぶだろうねぇ」
MOONはJOKERの呟きに答えることはなく、真っ直ぐに空を見つめた。〝夜〟は黒い大きな羽を大きく羽ばたかせ、上空へと舞う。4人を乗せてそのまま空へと吸い込まれていった。
＃＃＃＃＃
上野菜々美は愛香と玲奈との面会において『内倉祥一郎と徳田花の監視の目に気付いていた』という新たな供述を行った。これに関して菜々美は、虚偽の供述ではないまでも真実を話していない。
––––菜々美が感じていた視線はもう1つ存在した。
（確実に月ちゃんのことを監視している目がもう１つあった）
菜々美は再教育機関での一連の出来事から自身の処分が下されるまで放り込まれている特殊隔離室の中で思考する。クラス内で感じていた内倉と花以外に感じていたもう1つの視線についてだ。
（その視線だけが誰のものなのか全く分からなかった）
その視線は所在を一切掴ませない、巧妙なものだった。しかもその視線は花のように見守ることが目的の視線でも、内倉のように監視を続ける不気味な視線でもなかった。目的が不明瞭でただ観察している、他の生徒の羨望や興味の視線とはまた違った類の奇妙なものだった。
（その後の私の行動の違和感……。月ちゃんが残留サイクスのことを言ってこなかったから証拠は無いけれど……そいつの超能力の影響な気がする）
菜々美は個室の中、暇な時間を潰すために考察を始める。
（対象者の思考に影響を与える超能力者？ だとしたら精神刺激型。いや、特異複合型もあるか……。内倉先生は身体刺激型超能力者だったはず。花ちゃん先生の超能力は詳細は分からないけどおそらく相手の視覚または脳に影響を与える精神刺激型超能力者。後者ならワンチャンだけどそもそも自分に標的を変えさせるメリットが無い）
菜々美はそこでクラスメイトの顔を一人一人思い浮かべて、彼らのサイクスの色と型を分類していく。
（精神刺激型、または特異型超能力者は誰がいたっけ……。大木さん、田上さん、葉山くん、高嶋くん、矢野くん……）
ここで菜々美の思考が一瞬止まる。
「葉山慶太……」
菜々美はクラスメイトのことを思い返す。彼女は瑞希を独占したい思いが人一倍強いゆえに自分たちの周りの集団、特にクラスメイトの詳細は基本的に記憶していた。その中で葉山慶太はあまり自ら語りたがってはいない印象だったが、日本月光党から若くして当選し、超能力者委員会で委員長に任命されたことで話題をさらった『葉山順也』の実の弟だということはクラス中に知られていた。
（政府も絡んでる……？）
菜々美はすぐさまその考えに疑問を呈した。
「既に警察関係者の花ちゃん先生がいるのにわざわざ？ 私や月ちゃんの監視なら2人も人員を割く必要性が分からない。どうせ花ちゃん先生が報告書か何かを書いてるはずなんだからそれを管理委員会と共有すれば良い」
––––だとすれば……
菜々美は背筋がゾクッとしたのを感じた。
「柚木先生に取り憑いていた奴……発言からして仲間がいるのか……その中に葉山慶太、いや葉山順也がいる……？」
菜々美は1人でに笑う。
＃＃＃＃＃
愛香の震える背中を右手でさすりながら玲奈が声をかける。
「愛香……。大丈夫そう？」
愛香は両手に顔を埋めたまま微かに頷きつつも嗚咽を漏らす。愛香は玲奈の左手を力無く握る。玲奈は愛香の気持ちを察して「大丈夫」と言い聞かせながらギュッと握り返す。
しばらくして愛香は目を腫らしながら玲奈に「ありがとう」と小さく呟き、菜々美の発言を思い返し始めた。
