第119話 - 面会①
愛香と菜々美の対峙......!!
菜々美は何を語る?
（何て綺麗な人たちなんだろう……）
柚木が面会室A – 07に入室して仕切りの通声穴の向こう側に座る2人の捜査官を見て素直に抱いた感想である。そして同時に車椅子に座る女性に対して柚木は儚げな印象を持つ。透き通るような綺麗な肌と大きな瞳に整った顔立ちは誰もが美人と認めるほどの美しさだ。それがより一層消え入りそうな印象を強めるのだ。そんな彼女を少し心配そうに横目で窺っているもう1人の女性も顔立ちがはっきりしていて、ショートヘアも相まってボーイッシュな印象で美人である。
「お姉ちゃん、お久しぶり」
そのあまりの美しさに同性、同じ警察関係者であっても話しかけるのを少し躊躇していた柚木とは対照的に、菜々美は親しげに愛香に話しかける。柚木には愛香との間に見えない壁があるように思えたが、菜々美はその壁を簡単に越えていく。
「私はあなたの姉ではないのよ、上野さん」
菜々美の言葉に対して明らかに不快感を露わにして、愛香は突き放すように冷たく言い放った。
「酷いなー、愛香お姉ちゃん。昔から私のこと本当の妹のように扱ってくれてたのに。それに『なっちゃん』とか『ななちゃん』って呼んでくれてたじゃん」
菜々美はペースを崩さずに返答する。場所が違えば親しい相手と談笑を楽しんでいるかのような印象を与える。
「あなたの本質に気付けていなかった時はね。あなたは人として許されないことを隠れてしていたのよ。そしてそれどころか私の大事な妹にまでその魔の手を伸ばそうとしていた。そんな相手を実の妹のように思えるはずないでしょ」
「そのどちらも私に変わりないんだよ。一人っ子の私にとって愛香お姉ちゃんも私の大事なお姉ちゃんだよ」
愛香の言葉に対して菜々美は即答した後に少し下を向き、初めて悲しそうな表情を見せる。その表情を見た愛香は下唇をギュッと噛み、複雑な表情を浮かべる。
「上野さん、まずは3ヶ月前の事件についてもう一度お聞きします」
玲奈が2人の間に生まれた沈黙を破るように話し始める。愛香は目を逸らして机の一点を見つめている。
「玲奈さんもこんにちは。はい、お答えします」
菜々美は玲奈の言葉に対して素直に返事をする。そこには何の感情も込められておらず、ただただ無機質な声色だ。
「あなたは第3地区、第7地区で2件、第8地区でそれぞれ2人ずつあなたの超能力によって死に至らしめましたか？」
「はい」
「これは捜査一課の徳田花からの供述でもありますが、あなたの超能力・〝病みつき幸せ生活〟における新たな使用方法を確認のためにこの行為を行ったことに間違いはありませんか？」
「間違いありません」
その事件内容と淡々としたやり取りに柚木は記録しながら戦慄する。
（本当にこれだけの事をまだ15歳の子がやったっていうの？ 信じられない。でもこの感情のない受け答え。本当に……？）
「あなたは東京第三地区高等学校にて徳田花を誘拐、さらに旧校舎博物館の館長・江口史郎と職員の山内佳子をあなたの超能力によって操作して襲わせましたか？ そして生徒の一人である月島瑞希との戦闘の末、敗北し確保された。この一連の流れに間違いはないですか？」
菜々美はその時を思い出すかのように目を閉じる。口元が少し緩んだ後にゆっくりと目を開くと軽く深呼吸をして返答する。
「間違いありません」
ここまでは他に対する供述と一致している。
「それでは……次にその直前に東京第三地区高等学校周辺で発見された3人の遺体に関しです。これはあなたによる犯行ですか？」
「いいえ」
菜々美は即答する。3人の間に沈黙が流れ、柚木の記録している音がしばらく続く。
「高校近くの3人の遺体には他のケースと同じように首筋に針に刺されたような跡があったわ。明らかに〝病みつき幸せ生活〟による注射器に刺された跡と一致する」
愛香がここで再び口を開いた。眉間に皺を寄せて菜々美を睨みつけている。
「わざわざ高校の近くでリスクを冒す必要ないでしょ？」
菜々美は冷静に答える。微笑を浮かべたその表情は、まるで愛香の怒りを楽しんでいるようだ。
「状況があなたの犯行だと示しているわ」
「証拠は？」
愛香は右手を少しギュッと握っている様子を横目に見た玲奈は2人に割って入る。
「こちらも超能力を使用しつつ捜査を行った結果、被害者は他の4件と全く同じ状況であったことが分かっています。首筋を気にした後、明らかに何者かに操作された状態で3人で殺し合いを始めました。あなたの〝病みつき幸せ生活〟の効力と同じですよね？」
「はい。私の〝病みつき幸せ生活〟は自分に刺せば身体能力とサイクスの向上、他人に刺せば対象者の身体機能とサイクスを向上させた上で4時間操作することができるようになります。一気に4人まで操作が可能で、連続で注射することで対象者は徐々に私の注射を自ら求めるようになります」
菜々美は何の躊躇もなく自分の超能力に関する情報を開示する。
「それでも違うと？」
玲奈の質問に対して菜々美は一瞬、黙り込む。菜々美は身体を小刻みに震えさせている愛香の方をチラッと見る。
「私の〝病みつき幸せ生活〟を使えるのが私だけではないという可能性は考慮しないんですか？」
––––ダンッ
愛香はその言葉を聞いて右手の拳で机を叩きつける。
「みずがあなたの超能力を使えるようになったのはその後よ！！！」
愛香のサイクスは明らかに怒気を含んでいる。緑色のサイクスが通声穴に向かって徐々に伸びていく。
「この場での超能力の使用は禁止されています」
すかさず柚木は愛香に向けて警告する。同時に玲奈は愛香の顔の前に左手を伸ばし、「愛香、落ち着きなさい」と言って注意する。
「申し訳ありません。上野さん、それはどういうことですか？」
愛香に代わって玲奈が質問を続ける。愛香の様子を頬を緩めて愉快そうに見ていた菜々美は玲奈の方を見てまた話を続ける。
「可能性の話ですよ。月ちゃんみたいに他人の超能力を利用する超能力者はいるでしょう？」
菜々美の答えに対して愛香と玲奈は黙りこくる。
捜査一課は基本的に全て菜々美が関与していると判断している。学校周辺の3人の遺体への関与を菜々美が強く否定していることから『他人の超能力を利用する超能力者』の可能性を考慮し始めていたのだ。しかし、あまりにも唐突な発想ゆえに進展がないままであった。
（そもそも上野が超能力を使えている時点で他人の超能力を〝奪う〟ではなく、〝複写する〟超能力だと考えられる。そしてみずのように自在に使える。この場合、大量のサイクスを消費する。圧倒的サイクスを持つみずでもp–Phoneによる制約が多いのはこれのせい。みずに関しては時系列的に有り得ない。そもそもこちらのデータにそんな超能力者が見当たらない）
玲奈は菜々美の様子を見ながら捜査一課での状況を整理していた。
日本政府は固有の超能力が発現した時点でなるべく各地区の政府機関に届出をすることを呼びかけている。昨今では超能力に関するプライバシーを考慮して強制力は無いものの、届出を行えば各家庭に給付金を送るなど工夫を凝らしている。
「ところで月ちゃんは元気？」
沈黙を破る菜々美の唐突な一言に愛香の中で再び怒りがフツフツと沸き上がった。
