115話 - 舟歌 (バルカローレ)
激闘に決着......!
上空の黒い影は......!?
(まずいな)
柳がJESTERに右拳を直撃させる刹那、PUPPETEERとJOKERはそれぞれJESTERに超能力を施す。
PUPPETEERは〝死の舞踊〟で5体の死体全てを柳とJESTERの間にクッションの役割を担わせるために移動させる。さらにPUPPETEERは〝生者の行進〟による15本の糸状サイクス全てをJESTERの脳に繋げる。本来、〝生者の行進〟は自身のサイクスに命令を込めて〝人形〟の脳に直接送り込み、操作する。
しかし、15本全ての糸状サイクスを1体の〝人形〟に集約させた場合、PUPPETEER自身のフィジクスを送り込んで身体強化、自身のサイクスをも分け与えることができるようになる。
また、精神刺激型超能力者であるPUPPETEERのフィジクスは『身体刺激型フィジクス』と『物質刺激型フィジクス』の両方の性質を持つため(第95話参照)、〝人形〟のサイクスの型に合わせてフィジクスを分配、〝人形〟のサイクスを活性化させる。
一方で、JOKERは〝弾性物語〟を使って対策を施す。〝弾性物語〟の本質はバネ定数を設定してサイクスをバネ状にして利用することではない。どちらかと言えばこの超能力はJOKERの想定を超えて発現したものでその面白さゆえにJOKERは戦闘において基本的にこの性質を利用する。
『弾性』はその変形が観測しやすいという理由でバネがよく例に出されるが、その実、あらゆる固体に関連する。JOKERはそれに関する比例定数、弾性率などを自身のサイクスを消費することで変更することができる。
基本的にサイクスは『色の付いた気体』と表現されるが専門分野においてこの通説は間違いとされており(よって第24話における瀧の発言は不正確とされる)、サイクスを物質の三態(気体、液体、固体)のどれかに当てはめることは不可能とされている。この事実とJOKERの性能から自身のサイクスにおいてもバネの特性を付与することが可能となったとJOKERは解釈している。また、鹿鳴那由他の首を切断した時のように、JOKERが触れたものには自身のサイクスを送り込むことでバネの特性を付与することが覚醒を経て可能となった。
まずJOKERはJESTERの骨のヤング率(縦弾性係数とも呼ばれ、フックの法則が成立する弾性範囲における、同軸方向のひずみと応力の比例定数である)を変更する。ヤング率が大きいほどその物質は硬く、変形しにくくなる。さらにJOKERはJESTERの体内、腹部から背部までの隙間にバネ定数の大きい複数のバネを作り出し、柳の一撃に対する衝撃を吸収するよう仕掛けた。
柳の一撃は5体の死体をもろともせずJESTERの腹部を直撃、そのままJESTERは屋上の床に叩き付けられて勢いそのままに20階建ての那由他ビルは倒壊する。その破壊力はJOKERとPUPPETEERの想定を遥か上回る。
(ちょうど2分。終わったわね)
––––ジリリリリリリ……
「!?」
突如としてJESTERの首にかけられている黒い円形のペンダントからベルが鳴り響き、JESTERを赤いサイクスが覆う。柳はすぐさま警戒態勢に移行、瓦礫を〝超常現象〟や自身の超能力で避けつつ着地した仁と鈴村の位置まで下がる。
––––相手が自身の想定を上回ったのは柳もまた同じである。
柳の放った一撃は直撃すれば即死は必至。しかし、第三覚醒まで終えたJESTERの身体とサイクスの強さに、加えられたJOKERとPUPPETEERによる強化がJESTERの即死を防いだ。
それでもJESTERが受けたダメージは致命傷である。絶命へと至る最中、不協の十二音 第10音・DOCによって与えられたペンダントに自身の残り僅かとなったサイクスを込める時間を生んだ。
「緊急メンテナンス、リペアラーの派遣を申請」
––––ズズズズ……
そこからグレーの顔に涙を溢れさせたマスクを着けたDOCが現れる。
––––ジュウゥゥゥ……
同時にJESTERの身体から湯気が発生し、みるみる身体が小さくなる。そのままJESTERはプラモデルへと姿を変える。DOCはそれを拾い上げると呆れて呟く。
「あーぁ。派手にやっちゃって。心音が止まる前にベル鳴らせて良かったね。じゃなきゃ死んでたよ。〝部品〟足りるかなぁ?」
JOKERはJESTERだったものにせせら笑いを浮かべながら答える。
「JESTERのコレクションから適当に拝借すれば良いんじゃない?」
「それもそうだね」
––––〝玩具修理工〟
「さすがにここまでの負傷だと〝工場〟に引きこもって作業しなきゃだから、僕はここまでだね。ちなみにこの後、回収のために2人遊びに来るみたいだけどJOKER怒られるかもよ」
「それは怖い」
DOCはやれやれと首を左右に振りながら腕を広げたリアクションをした後にサイクスに包まれて姿を消した。それと同時にピアノの音色が上空より鳴り響く。そして那由他ビルのあった地点は巨大な黒い影に包まれた。
––––〝月に憑かれたピエロ〟・〝舟歌〟
その黒い影の正体は巨大な〝夜〟と呼ばれる蝶。その身体の上には具現化したフルート・〝月に憑かれたピエロ〟で演奏し、月を型取った仮面を被る第1音・MOONが佇む。フルートからピアノの音色がなっていることも相まってさらに不気味さを増す。
その隣には静かに地上を見下ろす、ブルーアッシュカラーのミディアムヘアーをハーフアップに束ねる女。その女の白い仮面は、目は十字に、口は大きくバツ印を刻む。額から鼻根にかけて細長い長方形が通った黒く塗られたデザインとなっている。その女は夜から飛び降りる。
「あなたがいながら何をしているの? JOKER」
女は不協の十二音 第3音・QUEEN。その纏われた圧倒的なサイクスはJOKERと並ぶはどに禍々しさを発する。
「冷静さを失うと痛い目に合うよっていう勉強になるかなって。死んでないから大丈夫じゃない」
JOKERの少し戯けたような言葉にも意を介さずQUEENは落ち着いた口調で返答する。
「正確には死んでいるでしょう? DOCの超能力の発動が少し遅れていれば手遅れになっていたわよ」
「結果オーライだろう? ククク……」
QUEENは呆れたように軽く溜め息をつくと言葉を返す。
「JESTERやMOONの超能力は貴重なのよ? 万が一があったら全てが狂うわ」
「はいはい」
––––〝痛みを力に〟
2人の会話が終わらないうちに柳がQUEENに右拳を振り上げながら攻撃を仕掛ける。
(右腕切断分も残りは30秒ほど! ならば先手必勝!!)
QUEENは柳の方を向き、両手の平を合わせて静かに呟く。
「あなた、私に近付いて大丈夫?」
––––バリバリッ……!
雷撃が迸る。




