第110話 - 東京都第10地区
東京都第10地区の黒い噂。
仁は不協の十二音を探る......!!
仁は落ち着いた口調でJOKERに話しかける。
「長く生きておるが、今まで覚醒維持を見かけたのは2回。しかも娘と孫」
JOKERは薄ら笑いを浮かべながら応答する。
「へぇ〜。偶然も重なるもんだね。優秀なのかな?」
JOKERの戯けたような、人を小馬鹿にしたような話し方を相手にすることなく仁はそのまま続ける。
「そもそも覚醒自体が頻繁に起こるものじゃあない。そして覚醒維持はあまりにもサイクス量が多いために身体がブレーキとして引き起こす。第一・第二覚醒を終えてもなおそのサイクスの潜在能力が抑え切れずに第三覚醒の覚醒維持が発生するのは信じ難い事象じゃ」
仁はここで一呼吸入れる。JOKERの流れるサイクスを見つめて話を再開する。
「不協の十二音じゃったか? MESTROと呼ばれる指揮官を含めて13人の仮面を着けた連中が4年前に突如現れてサイクス第一研究所を破壊した連中。その後は全員が揃うことなくそれぞれ気紛れに現れては被害をもたらしておる。目的がなく謎の存在と言われるがタイミングが良いんじゃよ」
「……何が?」
黙って聞いていたJOKERはここで初めて口を開いた。仁は「慌てるな」と言って制した後にさらに続ける。
「娘はサイクス遺伝学、その夫・蒼生は非超能力者ながら普通脳科学の視点からサイクスの仕組みについての研究をサイクス第一研究所で行っていた。2人が亡くなったのが3118年の10月13日。お前たちの襲撃は僅か17日後、愛香の超能力が解明されて2日後の話じゃ。お主らサイクス遺伝学の研究に興味あったんじゃろ? それともう1つ……」
「……」
JOKERは静かに仁の話に耳を傾けている。
「昔、超能力者の覚醒を人工的に引き起こすための研究が行われていた。それができるようになれば国内問題の解決だけでなく、国際情勢的にも有利に働く。34年前のテロ事件をキッカケにその動きは具体化し、その先頭に立ったのは日陽党の若き日の白井康介。しかし覚醒に関するメカニズムすらも解明できずに計画は頓挫し、中止となった。だが、以来ある噂がまことしやかに囁かれるようになった」
「噂って?」
JOKERは左手を腰に当てながら、右手に持つナイフを愛おしそうに眺めながら仁に尋ねる。
「東京都第10地区」
仁の一言にJOKERの眉間がピクッと動き、ナイフから目を離して仁の方を注目する。
––––東京都第10地区
10地区に区分された東京都において最西端に位置する地区である。この地域は『旧・青梅市』、『旧・檜原村』、『旧・奥多摩町』で構成されており、環境保全団体や一部地域住民の運動が功を奏し、大規模都市化が進む今日において元々ある自然の景観を維持し続けている。
「東京都第10地区のような豊かな自然を維持し続けている地域を『環境保全特別指定区域』と名付けて全国各所に存在している。ここ福岡県第3地区第2セクター・能古島もそう区分されている」
ここで仁は一度言葉を切ると、その声に一層力が込める。
「先に述べた研究が頓挫して以降、まもなくしてそうした地域から行方不明者が毎年数名ずつ見られるようになった。このご時世にじゃ。また、環境保全特別指定地域から便利さを求めて移住し、不自然に裕福な暮らしを始めた者たちも現れるようになった。そして覚醒者を生み出すための研究、つまりは非人道的な人体実験が行われているという黒い噂が聞かれるようになった」
JOKERはナイフの刃先を指でなぞった後に仁の方を見つめ直して尋ねる。
「その結果がボクらだと?」
「可能性の話じゃよ」
仁は即答し、さらに続ける。
「サイクス第一研究所はサイクスと人体に関する研究として世界最先端を走っておった。それは瞳のサイクス遺伝学、蒼生の脳科学の研究拠点でもあった。先天性超能力者と後天性超能力者の遺伝的関連性、覚醒の仕組みや遺伝学からの視点。初めは人体実験の怨みからの犯行と思っておったが、研究資料が目的だったんじゃろ?」
JOKERは薄ら笑いを浮かべながらもう1本のナイフを取り出してそれぞれ両手に持ち、器用にクルクルと回転させながら再び凶々しいサイクスを纏い始める。
「さっきの解体した若造の回収箇所といい、みずへのちょっかいの出し方といい、お主ら覚醒者を人工的に作り出したいのか?」
––––悟られてはいけない
「ククク。覚醒ももちろんだけどもうさ、非超能力者っていらなくない?」
JOKERの言葉を仁は注意深く聞く。
「そっちの方が面白くない? 強い人たちが増えるだろうしね。退屈しなくなるよ」
「人にはそれぞれ幸せの形があるんじゃよ。それを貴様らの都合で脅かすことは許さん。襲撃で得た研究資料、返してもらうぞ」
仁は慎重に言葉を選択して不協の十二音の目的を探っていた。
(こちらが研究の情報を持っていることを悟られてはいけない。それは愛香の危険を意味する……!)
––––〝弾性恋愛物語〟
––––〝愛は海よりも深く〟
JOKERは両足にバネの特性を付与させて仁との距離を一気に詰める。対して仁は初めからそれを予測し、自身の正面の空気をJOKERの身長に合わせた高さで型取る。さらに奥行きをJOKERの立っていた位置まで指定、そのまま直方体型に切り取ってJOKERを捕らえたまま横へ投げ飛ばす。
JOKERの指先から伸びるバネが仁の背後にあるコンクリートの瓦礫に引っ掛かっており、復元力が働いて仁へと一直線に向かう。
––––〝気鮫〟
仁はコンクリートを躱すと両手で空気を鮫型に切り取り、サイクスを込めてJOKERへと飛ばす。JOKERは笑みを浮かべながら左手のナイフを鮫の顔面に向かって投げつける。
「!?」
仁が飛ばした〝気鮫〟はJOKERのナイフに触れると霧散する。
––––〝気槍〟
仁はJOKERの右側面に移動する。槍型に切り取った空気にサイクスを込めることで殺傷性を高めて投げ付ける。
(そっちがメインか)
JOKERが投げ付けたナイフは、左手とバネ状のサイクスで繋がっている。JOKERはそのサイクスを〝気槍〟の進行方向にある地面に付着させて縮ませる。〝気槍〟とナイフが衝突したと同時、仁とJOKERは既に互いの間合いを詰めており、打撃の応酬が開始された。JOKERが右手に持つナイフと仁の右手の突きが互いの顔面を掠める。
「ぐっ」
その時、仁の背後から左肩付近にナイフが刺さる。JOKERは打撃中、〝気槍〟と衝突して弾かれたナイフに再び左手からバネを発動させて引っ掛けていた。仁はすぐさまナイフを引き抜くとJOKERに切りかかるが、JOKERは右手に持つナイフで弾く。JOKERはそのまま両足のバネを利用して後方へと跳躍する。
「アハハハハハハハハハ!!!」
JOKERは大きな声で笑いながら空中で一回転した後に着地する。それを見て仁はナイフを投げ付けていたものの、JOKERは持っていたナイフでキンッという冷んやりとした音を響かせながらそれを弾いてキャッチする。
「まだまだ」
––––ドオォォン!!!
JOKERが仁にナイフを向けながら呟くと同時にJESTERが側に吹き飛ばされて轟音が鳴り響く。PUPETEERはその近くに寄って「ふう」と少し息を吐く。
仁の側には右腕を失った柳と左肩を負傷しながらもショットガンを構えている鈴村が揃う。




