9,このシチュエーションは悪くない
「会長との出会いはこんな感じだったわ。これまで会長の暴走を何度も食い止めてきた。あるクラスで提出された文化祭の出し物で、『SM喫茶』とかいうただの悪ノリのものを許可しようとしたり、スポーツ大会で行う全員参加で楽しめる新競技を考えようという会議で、男女混合相撲をしたいという冗談交じりのものを許可しようとしたり。男子が欲情しそうなものには深く考えずに許可しようとしていたわ。」
もう今となっては驚くことでもない。俺が見てきた会長の様子であったり副会長が言っていた話を聞いた感じだと、放っておいては危ない存在だ。しかし、この学校の生徒は変な奴が多い。
「ただ、変なことも言うけれど、あの人が出す提案は的外れってわけじゃないの。例えばさっき言っていたスカート丈のこと。生徒たちの自由を奪っているってことは確かだわ。他に数多くの理不尽な校則がある。これも全部、今の校長が決めたらしいの。これらの校則ができたのはつい三年前らしい。ちょうど今の校長がここに赴任してきたときよ。あの人、表向きはいいのだけど、自分の理想の学校にしたいという思いが強すぎて、生徒たちを言いように振り回す独裁者って感じになっている。だから、会長はあの人のことを目の敵にしているの。生徒たちのために反旗を翻すぞってわけ。」
なるほど。少し安心した。俺には女子にとってのスカートの価値なんて分からない。不純な動機はあるが、根本は生徒たちのことを思っての改革なら俺も賛成だ。
「あと、私の個人的なことなのだけど、会長のかわいいあの笑顔。それを見たいために私も頑張りたいってのが本音なのだけどね。」
そんなのに俺を巻き込むなと言いたいところだが、これだけ長く話を聞いた後に黙って帰るわけにもいかない。横井さん一人で苦労もしてきたようだ。そして何より、会長の制御ができなくなると西園寺に危害が及ぶ。それに関しては放っておけない。
「分かりました。俺も協力します。正直自信はないですが、この学校のためになるんだったら。」
「本当に?!よかった!ありがとう!今まで私と会長だけで心細かったけど、あなたと西園寺さんが入ってくれると心強いし、にぎやかになって嬉しいわ。」
初めて会った時からただのKY女と思っていた人と、これからを共にする戦友のような気持ちで固い握手を交わした。
「長話になったわね。戻りましょうか。」
「そうですね。」
何も言わず出て行ってしまったからな。大丈夫だろうが、西園寺と二人だけでいさせるのは何だか不安だ。幼馴染同士みたいなもんだから、心配することはないと思うが。ガラガラと生徒会室の扉を開けてみると、心配的中。目を疑う光景が目に入ってきた。
「何やってんだあんたあああ!!!」
訳が分からん。会長が西園寺を肩車していた。
「び、びっくりしたあ。何を急に大声を出しているのだ。」
「なんで西園寺を肩に乗せてるんですか!どうせやましいことをしているんでしょ!」
「違うの、渡辺君。この棚の上にある書類を取ろうとしているの。」
「え?」
「どうも脚立が見当たらなくてな。花蓮は華奢だから私が肩車をして取ってもらおうとしているのだ。」
「…へ、へえ。そうですか。」
ま、まあ、大声を上げるほどのことではなかったか。よく考えたら女の子同士だ。いくら会長が変態とはいえ、仲のいい女性同士。ましてやおそらく本性を隠そうとしている西園寺相手だ。つい早まってしまった。あと、俺がちょっと欲情してしまった節も正直ある。会長の頭があることで膝上まで捲れ上がった西園寺のスカート。い、いや、いかん。俺までそんなことを言ってどうする。俺はまともだ。会長とは違う。
「取れたよ。お姉ちゃん。」
「うむ、ありがとう。では降ろすぞ。」
西園寺を降ろして、ふーっと会長が一息つき、伸びをした。西園寺が華奢とはいえ、人間一人を肩に乗せるのも筋力がないとなかなかできない。そういえば、噂で会長がスポーツ万能とも聞いたことがある。毎回忘れそうになるが、相変わらずスペックは高いようだ。
「ちょうどきりもいいし、今日はこの辺で解散するか。そういえば、二人とも長い間戻ってこなかったがどこに行っていたのだ?」
「何でもありませんよ。ね?」
「は、はい。」
「そうか。では、私はもう少し残るから他のみんなは帰ってもいいぞ。」
結局何も進んでいない気がするが。ま、初日だしこんなものか。得るものはたくさんあった。会長の目的、副会長の思い、生徒会の宿敵(?)。いろんなことを知って、俺もモチベーションが上がってきたって感じだ。前途多難ではあるが、明日から一肌脱ごうじゃないか。今日は疲れたから帰って寝よう。
「ね、渡辺君。一緒に帰らない?」
「え、俺と?」
こんな幸せなことがあっていいのだろうか。いや、生徒会関連では面倒くさいことばかりだった。少しぐらい見返りがあってもいい。
「お、おう。帰ろう。帰ろうとも!」
何を偉そうに言っている、俺。変なテンションになっているぞ。西園寺と接してしまうとどうも落ち着いていられなくなる。こんなことで二人きりで楽しませて帰れるだろうか。俺ならできる!できるはずだ!
「貴子さんも一緒に帰りませんか?」
「そうね。ご一緒しようかしら。」
...ああ、分かっていたとも。この場には俺と西園寺と横井さんと会長。ここで会長が残るって言ってるんだから、残り三人で帰ろうってなるのが当然だ。わずかながらも、西園寺が俺に気があるのではないかと思ってしまった。「帰ろうとも」ってなんだ。ああ、恥ずかしい。穴があれば入りたい。
「じゃあね。バイバイ、お姉ちゃん。」
「ああ、またな、花蓮。」
会長に別れを告げ、校門の外へ歩いて行った。その帰り道はというと、西園寺と副会長の女子トークが繰り広げられていた。電車に乗った後も、肌の手入れはどうしているのかとか、どんなシャンプーを使っているのかとかを聞き合っている。ずっと美容系の話だ。俺も、うんうんうなずきながら聞いてはいるが、化粧品の名前なんて全く分からん。そんなこと言い合って楽しいのか?入る余地が全くない。
「じゃ、私こっちだから。二人ともまた明日ね。」
「はーい。お疲れ様です。」
先に横井さんが電車を降りて行った。どのタイミングで話に入ろうかと機会をずっと伺っていたが、結局横井さんが離脱するまで聞いていただけだった。ま、何はともあれやっと二人きりになれた。これはチャンスだ。
「なんかごめんね。こっちでずっと盛り上がっちゃって。渡辺君、おもしろくなかったでしょ?」
「そ、そんなことないよ。隣で聞いてて為になったというか。俺も半身浴試してみようかなあって思ってみたり。」
間違いなく空回った。話を広げようと思って行ったが、これは気持ち悪い。焦るな。冷静になれ。
「ふふ、優しいね。」
そう言ってくれる西園寺のほうが何千倍も優しい。本当一緒にいるだけで癒される。
そして、しばし沈黙。やばい、何を話せばいいか全く思いつかない。二人きりになってチャンスと思ったが、その思い以上に緊張している。何か話さないと...。そうこう言っているうちにお互いの家からの最寄り駅に電車が到着してしまった。
話のネタをずっと考えていたが、そういえば前から気になっていたことがあったんだった。西園寺は会長のことをずっとお姉ちゃんと言っていたが、二人は結局どういう関係なんだ?名字が違うし、性格も全く違うし。その上、年も違う。よし、これで行こう。
「そ、そういえば、会長と西園寺はどういった関係なんだ?」
導入が下手すぎる。
「あ、うん。私とレイお姉ちゃんは年が近い従姉妹同士なの。ママのお姉さんの娘さんがレイお姉ちゃんで、小さい頃はよく家族同士で遊びに行ったり、お互いの家に行ってボードゲームをよくしていたんだ。最近はお正月の親戚同士での集まりぐらいでしか会えていなかったんだけど、たまたま合格した高校にレイお姉ちゃんがいるって知ってすごく嬉しかったの。その上、生徒会長をしているって聞いたから、私も生徒会に入ったら昔みたいにお姉ちゃんと一緒にいられるんじゃないかなと思って参加することに決めたんだよ。」
会長のことが大好きなんだな。二人の性格は違うように見えるが、意外に馬が合うようだ。それに俺と三喜夫もそうなのだが、二人でもボードゲームで盛り上がれるというのはよっぽど仲がいい証拠だ。俺らもよくやっていたからな。何となく分かる。つまりはそういう関係性ってことだ。
「そうだったんだ。お姉ちゃんっていうけど、あまり似ていないなと思ってたんだよ。…やっぱり普段も会長はあんな感じなのか?」
「あんな感じって?」
「ほら、あの人変なことばっかり言うじゃん。」
「そう?かっこよくて頼りになるとは思うけど。変だとはあんまり思ったことないかも。」
これ以上突っ込まないほうが良さそうだ。あの自制できない会長が、西園寺にはまだ本性を見せていないらしい。姉としての威厳か何かか。会長にも守るべきものがあるのだろう。西園寺が会長の本性を知ってショックを受ける姿は見たくないし、隠しているのなら俺も何も言わないでおこう。
「あ、俺の家ここなんだわ。」
「へえ、そうなんだ。」
気づいたら家の前に着いてしまった。
「西園寺の家もこっちの方だったのか?」
「うん、もう少し向こうなんだけれどね。」
知らなかった。かなり近所なのではないか。これじゃあ、西園寺に家まで送ってもらってるみたいじゃん。
「近くなんだったら送ろうか?俺が先に家に着いているのも極まりが悪いし。」
「え、い、いいの。心配しないで。私もすぐ着いちゃうし。」
「そ、そっか。」
「じゃあ、また明日ね。」
そうして、西園寺はそそくさと歩いて行った。急に様子が変わったように見えたが、俺とこれ以上一緒にいるのがそんなに嫌だったのだろうか。ちょっと落ち込む。そう思っていると西園寺がくるっと回ってこっちに向かって言ってきた。
「明日も一緒に帰っていいかな?!」
「…ああ!もちろん!!」
「ありがとう!またね!」
回れ右をして小走りで向かっていった。嬉しさからだろうか、思わず声が漏れてしまった。
「かわええな。」




