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5,あの人がいなければ今の私はない


 中学校に入学して一か月。私はまだクラスで馴染めずにいた。お話は嫌いじゃないけれど、きっかけがないと自分からは話せない。今では周りの人たちは学校にも慣れて、休み時間に一緒に話したり一緒に家に帰ったりしているみたいだけれど、私にはそんな友達はまだいない。学校を楽しいと思えないし、正直毎朝行くのが嫌と思うようにもなっていた。


「ねえねえ、昨日のドラマ観た?あの二人、結ばれそうでなかなかうまくいかないよねー。」


「あ、観た!なんか、もう!ってなるよねえ。」


 私も観た。新入社員の主人公と男上司が職場で出会って、最初は馬が合わなかったけれど上司に仕事のことで主人公が何回も助けられ、反対に主人公の一所懸命さに上司も心惹かれて徐々にお互い好意を寄せ合っていくというドラマ。主人公が告白すると決意して二人いい雰囲気になるも、主人公の同僚が割り込んできたりタイミング悪く仕事の電話が鳴ったりと思いがなかなか成就しないというのがここ数話続いている。じれったさはあるけれど、誰も来ないで、電話も鳴らないでと思いながらハラハラして見るのが面白いんだよね…と思いはするものの、話しかける勇気もなく、机に座って次の授業の準備をするしかなかった。


「えっと、今から提出してもらった数学のノートを返していきまーす。呼ぶから取りに来てくださーい。」


 あの人はクラス代表の渡辺君。先生が『クラス代表してくれるやつはいないか』って言ってしばらく沈黙があった後に、あの人だけ手を挙げたんだったっけ。あの時は感心しちゃったなあ。みんなが嫌がる役割を引き受けるんだもの。そそのかされてならよくあるけれど、きっかけもなしに自分から動くなんて私にはできない。


「さ、西園寺さーん。」


「は、はい!」


 先生以外に名前を呼ばれたのは久しぶりだった。声が上ずって思っていたよりも大きな声が出ちゃった。そそくさと渡辺君のところまで歩いて行ってノートを受け取り、早口でありがとうと言ってさっと席に戻った。


 それから放課後まで私が声を発することはなかった。名前を呼ばれることもなく、授業で回答することもなく。静かに授業を聞いてノートをとり、時間が流れて帰る頃になるのを繰り返す日々。この機械的な生活にもすっかり慣れてしまった。あとは早く帰って宿題をするだけ。


「あ。」


 席を立ってパッと黒板を見ると自分の名前が書いてあった。そうだ、今日日直だった。日直は教室を掃除してからじゃないと帰ることができない。ま、いっか。まっすぐ帰ってもやることないし。


 全員が帰った後に、黙々と教室の床を一人で箒で掃き続けた。一人は寂しいけれど、掃除すること自体はとても好き。家の中も普段から整理しているけれど、掃除のために隅に移動させられたこの机たちを並べていかないといけないのは辛い。運動はすごい苦手で、そんなだからもちろん力仕事も全然できない。掃き終えて残りは移動させた机を元に戻すだけ。二台ほど動かして分かったけれど、三十台ほどあるこの数を全部動かしていかないといけないのか。かなりの重労働ね…。


「あれ、さ、西園寺一人?」


 掃除しているところに、お昼、ノートを渡してくれたクラス代表の渡辺君が入ってきた。名前を呼ばれたのはこれで二回目。


「うん、どうしたの?」


 また少し声が上ずった感じがする。久しぶりに声を出した。


「ノートを忘れてさ、もう一人はいないのか?」


 言われて気がついた。日替わりで変わる日直は二人体制で回しているんだった。それなのに今掃除しているのは私だけ。先に帰っちゃったのかな。別に気にしないけど。もう一人が誰だったのかも分からないし。


「手伝うよ。」


 いつの間にか渡辺君が教室の中に入っていて、隅にある机に手をかけて運び出そうとしてくれた。


「い、いいよ。机を元の位置に戻すだけだから。」


「これ全部動かすんだろ?一番重労働じゃないか。俺は特にやることないから気にするな。」


 すごい嬉しかった。一人でいることが当たり前に思えていたけれど、声をかけてくれる人が現れるとこうも見える世界が変わるんだ。一人で机を動かす力仕事が少し楽になったし、寂しさもなくなった。二人の方が進むのが早くて助かるけど、誰かといると少し緊張してしまう。誰かがいたらいたで会話がないと不安になってしまうの。こういった私のめんどくさい性格も良くないよね。何か話さないと。


「どうしてクラス代表をしようと思ったの?」


 あ、何の前置きもなく急に聞いちゃった。一番気になっていたことではあるけど、こんなに会話するの下手になってたんだ。


「あ、ああ、うーん。や、やってみたかったんだよ。で、他に誰もいなくてすんなり決まったからラッキーって。」


 ごめんなさい、話下手の私で…。かなり気を遣わせてしまったみたいだけど、なぜか分かりやすい嘘をついている。あの時、誰も先生に目を合わさずに沈黙も続いて、これは長くなるなってみんなが思ったんだもの。今も渡辺君の目が泳いでいるし。嘘をつけない人なのかな。気恥ずかしそうにもしているし、あれはクラスのことを思った行動に違いない。正義感の強い人だということはなんとなく分かった気がする。


「へえ。そうなんだ。なるほど。」


 特に会話を広げることもできず、また沈黙が始まった。さっき思ってたことをそのまま言えば良かったのかもしれないけど、人のことを勝手に見透かしているような感じに聞こえるし。そもそもこの話題を掘り下げるべきでもないだろうし。話題、他に何か話題...。


「西園寺さ、悩みとかある?」


 考えているうちに渡辺君から話題を振ってくれた。悩みか。悩みはある。でも、どうして分かったんだろう。そんな雰囲気出ちゃってたのかな?


「ど、どうしてかな?」


「いや、なんとなく。休み時間とかいつも椅子に座ってぼおっとしているじゃん。気になってさ。いや、何回かたまたま見たんだよ。たまたま!。」


 ただのクラスメイトの私を気にかけてくれてたなんて。優しい人。


「うん、ちょっとね。友達がいないから…。」


「…友達か。」


 そして、また沈黙が始まった。今日まで話したことない私を心配してくれていたことが分かっただけでもとても嬉しかった。やっぱりクラス代表ができる人は違う。欲を言えばアドバイスがあればと思ったけど、それは求めすぎよね。こういうふうに話せただけで救われた気がする。


「ところでさ。」


「ん?」


「西園寺って、しゅ、趣味とかなんかあるのか?」


「…?うーん…なんだろう。…映画とかかな。」


「へえ、恋愛系とかか?」


「ううん、アクションとか好きだよ。」


「え、そうなのか!意外だな、俺もよく観るんだよ。あれ観た?リヴェンジャーズ!」


「あ、観た観た!ついに最終章が始まったんだよね。あのシリーズ大好きで、ディスク全部持ってるぐらい好きなの。」


「すごいな!あれ派生作品も含めると九作品ぐらいあるのに。八年続いていたのが完結するのかって思うと感慨深いよなあ。」


 この会話、ずっと憧れていた会話だ。周りから聞こえてくるのをうんうんと盗み聞きしながら勝手に共感しているだけだったもの。話せる人がいるだけでも、こんなに楽しいんだ。学校には文字通り勉強に来てただけだったからなあ。毎日こんなふうに学校で過ごせたらいいのに。


「西園寺と話すの楽しいよ。さっき友達いないって言ってたけどさ、そういった話をしたら他の人とも仲良くなれるんじゃないか?意外性があって、すぐにみんな興味を持つよ。」


 さっきの返答、考えていてくれてたんだ。


「渡辺君が話し上手だったから話せただけで…自分から話しかけれないし、楽しませることもできないし。」


「俺だって話すの得意じゃないぜ。今だって西園寺のおかげで盛り上がった訳だしな。面白い話をしてやろうとかそんな難しい考え方する必要はない。話しかけてきっかけを作れば勝手に楽しくなっていくよ。」


 些細で短いアドバイスだったけど、私の耳にその言葉がずっと残った。学校に行ってもいつも、周りが話していることに勝手に共感したり、それはこうだと心の中で独り言をしたり。自分から声をかけるということは緊張してできなかった。行動しようとしなかった。けど誰かとお話をするのは好き。勇気のないただの臆病者だと、渡辺君が気付かせてくれた。ここまで言ってくれる人って今まで親以外にいなかったかも。


「ありがとう。」


「アクション好きなんて全く想像つかなかった。これも聞かないと知ることができなかったわけだ。偉そうに言ってるけど、きっかけ作りって難しい。ただ、勇気を出して一度作りさえすれば何とかなるさ。俺も勇気を出した甲斐があっ...。」


「?」


「あ、ははは。なんでもない。よし、掃除終了!じゃ、俺帰るわ!」


 ものすごい勢いでカバンを肩に担ぎ、渡辺君は急ぐように帰っていった。いつの間にか教室が片付いている。教室の中で一人になった間も渡辺君の言ってくれた言葉がずっと心の中に残っていた。きっかけがないと言って、ただ話しかけられるのを待って過ごしていた日々。これまで学校に行くことは憂鬱にしか感じていなかったけれど、背中を押してくれた渡辺君のおかげで小さな光が照らし出されたように思う。よし!また明日、がんばろう!!

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