4,俺は向いていない
「あなたに何かしましたか?さっき会ったばかりでいろいろ聞きたいことがあるって。俺はここに残る理由なんて一つもないはずですよ。」
自分でも刺々しいと感じる口調で横井さんに言った。西園寺と二人で帰るというこれからの高校生活を左右するかもしれないタイトルマッチがあったのに、たった今会ったばかりの副会長が、始まる前に勝手に試合放棄のタオルを投げたんだ。しっかりした理由がないと納得なんてできない。
「あなた、この後の予定はないわね。」
「…はい。」
あんたのせいでなくなったんだよ。分かってて言ってるのか?
「会長、少し席を外します。なんでしたら、先に帰っていただいてても構わないので。」
「わかった。すぐに片付くし、教室は閉めておくよ。」
「ありがとうございます。では、失礼します。渡辺君、付いてきてちょうだい。」
「…分かりました。」
そのまま黙って後ろをついて歩いて行った。到着したのは駐輪場の奥にある、体育館裏の少し細い通路で人目のつかない場所だった。わざわざ場所を変えないとできないほどの話なのか。最初は怒りでどうにかなりそうな精神状態だったが、だんだんと怖くなってきた。生徒会の副会長に話があると言われて、こんな誰もいない場所に連れてこられたんだ。もしかしたら殴られるのかもしれない。
「あの、こんなところまで来て話ってなんですか。」
「さっき会長が痴漢に遭いそうだった所をあなたが助けたといっていたわね。」
「え、まあ、はい。」
「その時、あの人はあなたにお礼を言ったのかしら?」
「え?」
「私が知っている会長なら、いらないことをするなとあなたに怒るでしょうね。あの場ではああいっていたけど、会長の本心は全くそうじゃないはずなのよ。」
横井さんの言葉を聞いて、俺のもやもやが解消された。つまり、さっきの態度は会長としての体裁を守るためのもので、今朝の顔を赤らめながら怒っていたのが本当の姿、高橋麗子だということだ。あの変わりようはおかしいと思っていたが、昔から知っている西園寺の前で「今朝はよくもサラリーマンとのスキンシップを邪魔してくれたな」とは口が裂けても言えないか。あの様子だと周りには隠しているようだが、横井さんは分かっているらしい。
「その様子だと私の言った通りみたいね。実はそれって今回が初めてじゃないの。」
「何ですって?」
「変な話だけど、登校中に何度かチャレンジしていたみたいでね。私と会長が知り合ってから一か月ぐらいであの性癖を聞いたの。最初でこそ『私はこの学校の会長だ。欲求を押し殺すのもやむをえない。』と言っていたものの、今では『期待外ればかりだ。なぜ女子高生を目の前にして飛び込んでこないのだ。』と、サラリーマンが痴漢してこないことを嘆いているわ。あの人、とんでもないドM女なのよ!」
語気を強めに言い放った横井さんから、何かこれまでの苦悩が滲み出ているように感じた。さっきまでのクールな雰囲気とは打って変わって、眉間にしわを寄せて暗い表情になり、かわいそうに思えてついつい声をかけた。
「あのう、大丈夫ですか?」
「あなた、あの人のことどう思う?」
「どう思うって。ろくでもない変態女かと。」
「その変態女をどうして助けたの?」
「そりゃ女子高生がおじさんと近距離にいて痴漢されそうになっているのを見たら助けますよ。結果的にいらない正義感だったようですが。」
「もし変態女だと分かっていたら何もしていなかった?」
「…同じことをしていたでしょうね。性癖がどうであれ、そんな状況を目の前にして、見て見ぬふりはできないですよ。」
「なるほど…。」
少し間が空いた。うんうん頷きながら何か考え事をしているようだ。すると、横井さんが俺の方へずんずんと近づき目の前まで来ると、急に深く頭を下げてこういった。
「お願い渡辺君、生徒会に入ってくれない?」
「え、ええ?!俺が?!」
どうしてそうなるんだ。運動部や文化部なら新入生の勧誘はするが、生徒会側から来るなんて聞いたことないぞ。あれって確か立候補制だろ?それに生徒会なんてめんどくさがりである俺の柄に合わないし、しかもあの会長がいるんだ。ついていけるはずがない。
「話が急すぎてよく分かりませんが、勧誘をするなら他をあたってください。」
「他じゃダメなの、あなたしかいないのよ!」
「さっき会ったばかりでしょ。俺以外に生徒会に入りたがる新入生はたくさんいますよ。」
「今までにも会長目当てで何人か生徒会に入ってきはしたものの、すぐに辞めていったわ。それほど会長の性癖は由々しき問題なのよ。会長って背が高くて綺麗で、話しててもハキハキしていてかっこいいじゃない?だから最初はあの人に憧れてくる女子や会長と付き合いたいと思う男子が近づいたりするんだけど、会長の本性を知るとショックを受けて全く近寄らなくなるの。ま、結果的にカリスマ性があってあまり近づいちゃいけない人っていう風になってくれてるみたいで、あの人の性癖が全生徒に知れ渡っているわけではないんだけど。」
無理もない。俺たちからしたら会長はドM女、変態女だが、確かに何も知らない人には容姿端麗で頭脳明晰そうに見える。憧れる気持ちは分かる。そういった理想を持った上であの人の本性を知るとより大きく失望してしまうんだろうな。
「けど渡辺君、あなたは違う。生徒会に入る前に会長の本性をもう知っているわ。そしてその正義感。あなたが適任と言っていい。今、生徒会は会長と私の二人だけ。そばで監視し続けてきたけど、私だけじゃ限界がある。人数がいればより長い時間、いろんな場所であの人が変なことをしていないかを把握することができる。だからお願い!会長が卒業するまででもいいから!」
これは面倒くさいことになった。朝のあの出来事がここまで尾を引くとは。それに、この人は俺のことを過大評価している。会長が襲われそうになった姿を見て(会長にとってはご褒美だったが)助けようと思って行動したのは確かだが、正義の味方だと言って日々いいことをしているわけではない。街中で明らかに道に迷っている女性を見ても、かわいいなと思いながら遠くで傍観するような人間だ。あと驚いたのが、
「この生徒会、二人だけなんですか?」
「そうよ。だからあなたの力を借りたいの。」
冗談じゃない。学校を取り締まるような役割なんて絶対に向いていないし、その上あの変態女とこのKY女3人でやっていけるはずもない。俺は薔薇色の高校生活を送りたいんだ。非情かもしれないが、さっさと帰ろう。
「すみませんが、もう入る部活とか決めてるんで。」
「大丈夫、掛け持ちOK!つまり入ってくれるってことね!」
満面の笑みで言っている。遠回しに嫌だと言っているのに相変わらず俺の意図をくみ取ってくれない。これは間違いなく長期戦になる。言葉じゃ分かってくれないと判断し、副会長に背中を向け、クラウチングスタートからのダッシュを決め込んだ。
「私は諦めないわよー!絶対に入ってもらうんだからー!!」
振り向かない、耳も貸さない。あの会長と二人だけなのは同情するが、俺には関係のないことだ。だって言っただろ。俺は正義の味方じゃない。今日のことはもう忘れて、明日から仕切り直しだ。散々な日だった。こうして怒涛の高校生活初日が幕を閉じた。




