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25,お前に言われたくはない

「では、入るぞ。準備はいいな。」


「…はい。」


 今、会長と一緒に校長室の前に来ている。どうして俺なんだ。校長に用がある理由は察しが付く。しかし、こういう大事な要件は、生徒会の構成で言うと、入ったばかりの一年生庶務よりも副会長が付き添うべきだろう。


 会長から言われた時も急だった。放課後になって生徒会室に入るや否や、「付いてきてくれ。」とだけ言われて、来たらここに着いたわけだ。


「いや、やっぱり待ってください。たぶん、前に言ってた校則のことを今から話に行くんですよね?」


「ああ。そうだ。何だ。知らずに付いてきたのか?」


「だって、俺が来るのはおかしいじゃないですか。」


「おかしくないぞ。むしろ君しかいないじゃないか。」


「いや、違うでしょう!俺は最近生徒会に入ったばかりの無垢な一年生ですよ。あなたの側近の副会長を連れて行くのが普通じゃないですか。」


「確かに貴子に来てもらう方が心強いのだがな、あの校長を説得するためには君の進言が必要なのだ。女である私の意見に加えて、男である君の意見も同じものであれば、より説得力が増す。だから、生徒会で唯一の男である君に来てもらったのだ。そう。君にしかできない。」


 そういうことか。つまり、副会長には無い、俺にしかできないことがあるというわけだ。両性からの意見をぶつけるというのは確かに有効かもしれない。上手く持ち上げられた感じがするが、悪い気はしないな。


「もういいか?では、入るぞ。」


 有無を言わさず、会長が校長室の扉をたたいた。少し準備する時間が欲しいと言いたかかったけど、もう遅い。いや、時間をもらったところで別に変らないか。そもそも、前日ぐらいに言っておいてくれ。何を話すかも全く考えていないぞ。スカート丈のことを即興で力説できるほど器用でもない。一週間ぐらいは猶予が欲しいぐらいなのに。


「どうぞ。」


「失礼します。」


 部屋の中に入ると、こちらに背中を向けた校長が椅子に座っていた。俺たちが入るまで何をしていたのだろうか。ドカッとひじ掛けに腕を乗せて窓から見える景色を眺めている。おそらくずっとこの様子だったのだろう。よほど暇なのか。いいご身分だ。


「何か用かな。」


「校長、今日は大事なお話をしに参りました。」


「隣の君は?」


 背中を向けながら俺に話しかけてきた。人の方を向かないで話すとは、失礼だな。いや、窓に薄っすら校長の顔が映っているが、その反射を利用して俺の姿を見ているのだろうか。この人、暇をこじらせて窓の使い方を駆使してやがる。


「生徒会の庶務をしています。一年の渡辺剣人と言います。」


「へえ、庶務ねえ。」


 こんな恥ずかしい自己紹介はない。校長の言いたいことは分かる。会長と一緒に来たのが庶務なのかと思っているんだろ。勝ち取った役職ではあるが、あまり胸を張って言える役職ではないと自分で思ってしまうのも悔しい。


「そんなことよりも校長。今日は意見書を提出しに来ました。これです。これを読んでください。」


 そう言うと、会長は自分のカバンから書類をがさっと取り出し、校長の机の上にバンと叩きつけた。かなり分厚く作り上げられたその書類は、叩きつけられた机に穴が開くのではないかと思うくらい派手な音を奏でた。立場的に下から出た方がいいのに、そんな喧嘩腰に向かっていってどうするんだ。


「相変わらず騒がしい子だね。後で見ておくよ。」


「いえ、今読んでください。私は今日話をつけに来たのです。読み終わるまで私たちはここに居続けます。」


 おい。勝手なことを言うな。そうなったら、俺だけでも先に帰らせてくれ。こんなに居心地の悪い空間に長時間いると気を失いそうだ。


「ふう。」


 一息つくと校長が椅子を回してこちらに顔を向けた。やっと顔を見れたわけだが想像していた顔と違った。ひげが薄く少したれ目、七三分けの髪型というのが校長の顔のテンプレだが、全てを裏切られた。口ひげを蓄えており、きりっとした目、白髪交じりのオールバック。何とも渋い雰囲気の人だ。結婚挨拶に行った時にまず第一声目に、「お前に娘はやらん」と言ってくる頑固親父にいそうな顔をしている。いかにも、あの校則を作りそうな人だ。


 しばらく校長の黙読の時間が続いた。俺にとっては退屈な時間だが、会長は今どんな心境なのだろうか。スカート丈についてだけで、あの意見書の分厚さ。副会長から話を聞いただけに過ぎないけれど、中身はどうあれ、並々ならぬ思いがあることは間違いない。熱意と本気度は伝わっているはずだ。その思い、もしかしたら届くのかも。


「帰りなさい。話すことは何もない。」


「はい、では失礼いたします。」


 そりゃそうですよね。当然の反応だ。


「なぜですか?!しっかり考えてください!」


「何を言っている。このことに関して君が話を持ち掛けてくるのはこれで何回目だと思っているのだ。」


 何?これが初めてではなかったのか。


「毎回意見書にある内容は少しずつ変えているみたいだが、この膨大な書類で言っていることはいつもほとんど同じ。議論の余地がない。」


「今日は簡単に引き下がるつもりはありません。不本意ではありますが、そのようにおっしゃることも想定していました。なので、この子を連れてきたのです。」


 は?この流れで俺を召喚するのか?想像してた状況と違うぞ。


「この校則の改正については私だけでなく、全生徒の総意なのです。それを分かっていただきたいので、私と違う学年の男子生徒の意見も聞いていただきたいのです。」


「ほう、そこの男性生徒も君と同意見ということか。では、聞こう。私がこの学校を良くしたいと思い制定した校則に異議を唱え、それほどまでにスカート丈のことに、ましてや男性である君がこだわる理由を教えてくれ。」


 とんでもないことになった。会長の隣で人形のように黙って立っておこうと思っていたのに、この人はいいように俺を使いやがる。その一言のせいで、俺も一緒にスカート丈のことに躍起になって、校長に嚙みついているみたいじゃないか。この沈黙の間も、校長からの鋭い眼光が俺をずっとロックオンしている。恨むぞ、会長。


「やはり、自由を奪ってしまうようなことは良くないと思うんですよ。女性はおしゃれしたいと思うのが当然でしょうし、規制されたまま学校生活を送ってストレスを貯めてしまう方が、後々問題が起きそうじゃないですか。」


「それだけか。」


「え。」


「言いたいことはそれだけなのか。だったら話にならない。そのようなことは、会長から毎度もらっている意見書で何回も読んだ。私は、会長ではない君の意見を聞きたいのだ。口裏を合わせたような言葉はいらないのだよ。」


 無難なことは、その意見書の中に全部書かれてあるということか。そうは言われても、俺だって急に駆り出されたわけだし、快く同意しての良い改正案だと思っているわけでもない。中途半端な気持ちでここにいるのだから、この口から出てくる意見なんて、反感を買わないような当たり障りのないことに過ぎない。だが、そんなことを言ってもこの状況から解放されるわけでもない。俺にとっては下らん議論ではあるが、男女交際禁止を無くすための一歩目の階段でもあるのだ。校長に響くような何か…。そうか。分かった!会長には思いつかない、男である俺じゃないと分からないこと。そして、校長も俺と同じ男だ。ここを突くしかない。正直、この意見をぶつけるのはイチかバチかだ。しかし、男の真理に言及すれば心に響くはず。


「…男の楽しみですよ。」


「何?」


「男の楽しみです。風が強い日に女子がいる時、女子同士でふざけ合って騒いでいる時、そういった光景を目する場合、男たちはその女子のスカートを見ます。いえ、スカートが短い女子が近くにいるだけでも、男たちは皆その女子のスカートを見ます。覗き込もうとは思わないんです。見えてはいけないものが、不可抗力でたまたま見えてしまった時に胸が高鳴るんです。それだけじゃありません。ミニスカートは男たちのコミュニケーションツールでもあります。見たか?あれやばいよな、と言い合って仲が良くなっていく。そして、小中学生の時にはなかった性欲というのを覚えていくのです。だから、スカート丈の校則を作ることは女子たちの自由を奪うのはもちろん、男たちの成長も抑え込んでしまうんですよ。校長も男なら分かってくれますよね?この校則は無くすべきなんです。」


「もういい。分かった。」


 分かっただって?会長が長い期間かけたこの議論に、決着がついたというのか。俺の意見が校長に響いたと。そうか。これは、生徒会選挙の時の演説の経験が活きている。俺の強みとなって、身に付いていたみたいだ。会長には後で礼をもらうことにしよう。とりあえず、会長の方に視線を向けて、片方だけ口角を上げて微笑みかけておいた。


「帰りなさい。」


「はい?」


「帰りなさいと言っている。君はもう二度と、この部屋の敷居を跨がないでくれ。」


「分かりました。今日のところは失礼します。さあ、行くぞ。」


 ショックで、そこから先のことはあまり覚えていない。波風立てることが嫌いな性格なのだが、人を怒らせてしまったのはかなり久しぶりだ。だから、慣れないことはしたくなかったんだ。気を取り戻した時には生徒会室の椅子に座っていて、目の前に会長がいた。


「大丈夫か?私の声が全く聞こえていなかったようだが。」


「え。ああ、はい。」


「それにしても、あれはかなり怒らせたぞ。時間を置いたほうが良さそうだ。しかし、あの校長があれほど怒るとはな。」


「いえ、当然の結果ですよ。」


 そう。さっきはハイの状態になっていたが、冷静に考えると、俺はおかしなことを言っていた。いや、おかしくはない。男であれば誰もが心の中で思っていることだが、それを意見として大きく声に出して力説する奴はいない。怒られて当然だ。


「俺が変なことを言ったから怒らせた。それだけのことですよ。すいません。俺のせいでこんなことになって。」


「何を言う。変なことは言ってなかったぞ。むしろ模範解答じゃないか。」


「励ましてくれて、ありがとうございます。気を遣わなくていいですよ。」


「そうじゃないのだ。以前に君と同じことを私も校長に言ったのだよ。」


「…同じことを?」


「ああ。女性のスカートの短さは、男性たちの目の保養だとな。男性である君が言っても駄目だった。むしろ火種を大きくしてしまったところを見ると、触れない方がいいみたいだな。」


 既出していた案だったとは。男ならではの意見をと思っていたのに、会長も同じ考えを持っていたのか。なるほど、会長が火種を作って俺が爆発させてしまったと。校長が一番気に食わなかった意見を、二人双方から言われて呆れたのだろう。それに、女性である会長が言うのと男性である俺が言うのとでは受ける印象も違う。俺が言うと、よりリアリティがあるしな。いや、それにしても、会長の脳内はどうなっている。ほとんど痴女じゃないか。


「しかし、ゾクゾクしたな。」


「はい?」


「私と君が同意見だったこともそうだが、やはり殿方たちはそのように思っていたのか。私の期待通りだった。他の生徒はどう思っているかはっきりとは分からんが、私にとってはミニスカートは見られることに意味がある物。殿方からのいやらしい視線を集めるあの恥ずかしさがクセになるのだ。やはりこの校則の改正は成し遂げないといけない。君たち。そして私のためにも。」


 私のためにもって言ったか?とうとう言ったな。真面目なところを見せるときもあるが、この人は変態的な思考でできている。ついつい忘れてしまう。会長が校長に意見した内容なんて、容易に想像できたはずだ。


 だが、今はそれどころではない。俺のせいでこの計画が行き詰ってしまったのは事実だ。正直、とても落ち込んでいる。こんな会長であっても、俺はこの人のために、この学校のために尽力したいという気持ちを持っているのだ。悩んでいても仕方がない。これからのことを考えるか。


「渡辺。」


「何ですか?」


「お前、エロイな。」


 …うるせえ。お前が言うな。…初めて呼び捨てで言われたな。

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