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22,今まで悪いことはしたことない

「申し訳ございませんでした!」


 誰もいないロビーで俺の謝罪の声が響き渡った。土下座している前にいるのは、ロビーのソファーに座った副会長である。


「しっ!声が大きい!とりあえず、大ごとにならなくて良かったわね。時間帯で男女のお風呂の場所を交代してるみたいで、あなたの入ったタイミングも悪かったみたいだし。一概に攻めることもできないわ。」


 そう。脱衣所を出た時に壁にあった張り紙をたまたま見たのだが、俺が早くに風呂に入ってしまったせいで、途中から男女風呂の案内が入れ替わる時間になっていたらしい。しかし、来たときにそんな張り紙はなかった。おそらく、旅館の人が張るのを忘れていて、暖簾だけ入れ替えて後から張り紙をしたのだろう。今回の騒動には、そういう裏があって、副会長もそれは理解していた。


「面目ございません。」


「それで、見たの?」


「見たというのは?」


「分かるでしょ。女子風呂の中に入ったんだから。」


「いえ、何も見ていません。」


「本当に?」


「はい。湯気で全然見えなかったというのと、それどころじゃありませんでしたから。」


 これは紛れもない事実だ。湯気がなかった場合でも見てはいなかったということも分かっておいてほしい。このことを副会長に言っても言い訳になるから、あえて伝えないでおくが、知っている人の裸を見ても、今後その人と会う時に想像してしまうから見ないに越したことはない。無論、そういうのはネットやビデオで見ることはある。男だからな。


「この一件は私の心の中にしまっておくわ。あなたも今回のことは早く忘れてしまいなさい。今日はいろいろあったから疲れたでしょう。私は部屋に戻って寝るわ。」


「え、もういいんですか?」


「だって悪気はなかったんでしょう?それともがみがみあなたを怒った後に、他の女の子たちに言いふらした方がいい?」


 冗談でも聞いただけで真っ青になるが、正直な所、そうなることも覚悟していたのだ。話している感じだと、今回のことは水に流してくれるらしい。いや、今回は風呂だったからお湯に流してくれるといったところか。


「副会長様の器量の大きさに感謝いたします。」


「調子のいいこと言っちゃって。気をつけなさいよ。じゃあね。」


「あ。西園寺に何かあったみたいですが、大丈夫なんですか?」


「花蓮ちゃん…ね。大丈夫。足を滑らせて軽く捻挫はしたみたいだけど、擦りむいたり頭を打ったりはしていないみたいよ。」


「そうですか。よかった。」


「あの子に声をかけるなら明日にしなさいよ。彼女も疲れているだろうし、女の子は寝る前のすっぴんを男子に見られたくないからね。」


「分かりました。俺もいろいろあって眠いんで、戻って寝ることにします。」


「その方がいいわ。それじゃ、おやすみなさい。」


「おやすみなさい。」


 長い説教を受けると思っていたが、あっさりと帰してくれた。内心ハラハラしていたわけだが、副会長の懐の深さに救われた。もはや男前と言わせてください。一生あなたについていきます。一層副会長に惚れてしまった、まだ終わっていないが、そんな林間学習でした。


 安心したら眠くなってきた。早く戻ろう。ちなみに勘違いしてほしくないのだが、俺が好きなのは西園寺だ。さっき惚れたというのは、あれだ。自分の先輩として尊敬するというだけで、要するに恋ではない。心に決めているのはたった一人、西園寺だけなのだから。


・・・


 ああ。失敗しちゃったな。ドジして、みんなに心配かけちゃった。今日は本当にいろいろあって、どれも上手くいかなかった。


 実は根本から、こういうクラス行事があまり得意ではなかった。そんなに親交のない人とグループを作って協力し合うことは私の性格的に苦手で、仲良しの人だけでおしゃべりしながら楽しみたいというのが本音。生徒会に入ったのも、自分と合わないグループに入ることを避けるためだったというのが理由の一つにある。予め団体に所属していれば、知っている人同士で内々に行動ができる。くじのような運で、グループを決められることもない。


 そういったように都合よく行くかと思っていたけど、本当に甘い考えだった。クラス以外の同級生はもちろん、施設の大人の方々とのコミュニケーションをとる機会もとても多かった。その上、運動不足がたたって少し動き回っただけでへとへとだ。


 慣れないことばっかりだったけれど、いいこともあった。今日ほど渡辺君とたくさん一緒にいられたことはなかったもの。フォークダンスの時、まさか渡辺君から声をかけてくれるなんて思ってなかったから、とても嬉しかったなあ。そして、緊張もした。私が運動音痴だったから渡辺君も汗をかいて踊りにくそうにしてたけど、夢のような時間だった。カレーは失敗しちゃったけど、渡辺君の優しさも感じられて。またこんな機会が来るといいなあ。


「ねえねえ花蓮。起きてる?」


「あ、うん。どうしたの?由紀子。」


「せっかくだからさ、恋バナでもしようよ。」


 生徒会の人たち以外で、数少ない仲の良い友達の由紀子。少し派手な感じの子だけど、授業でペアを組んだ時に話がよく合って、そこから仲良くなった。


 正直言って、疲れたから早く寝たい。でも、恋バナしようって言ってくれる友達は今までにいなかったから新鮮でもあるし、憧れていた。


「花蓮ってさ、好きな人いるの?」


「え?」


「てか、渡辺君だよね。」


「え、ええ?!」


 一気に目が覚めて体が熱くなった。そんなこと、誰にも言ったことないはずなのに。


「な、何のことかなあ。」


「見てたら分かるっつーの。渡辺君といる時だけ、明らかに嬉しそうにしてんじゃん。」


「そ、そうなの...?」


 由紀子が鋭すぎるのだと思う。だって、レイお姉ちゃんと貴子さんには全く言われたことないもの。でも言われてみると、渡辺君といる時は気付かないうちに意識していたかもしれない。そう考えると、渡辺君に変に思われているのではないかと恥ずかしくなってきた。


「それで、あの人のどこがいいのよ。」


「ど、どこと言われても…。」


「いいじゃん。このお姉さんに教えなさいって。」


「優しいところ…かな。あと、思いやりのあるところ。渡辺君のおかげで私も救われたことあるし。」


「ふーん。いいじゃんいいじゃん。それからそれから?」


「うう。」


 周りの女の子たちが、こういった話を楽しそうにしているのは見たことがある。憧れはあったけど、実際にしてみると私には合わない。好きな人のことなんて恥ずかしくてうまく言えないし、ぐいぐい来られても言葉に詰まる。


「そういう由紀子はどうなの?」


「私?私のことなんていいのよ。全然面白くもないし。」


「コラー!お前たち何をしている!」


「やべ!仕方ない、引き返すぞ!」


 何だか外が騒がしい。男の先生と男子生徒っぽい声だった。夜遅いし消灯時間のはずだけど、どうしたのかな。


「びびったー。今のB組担任の佐藤じゃね?見回り来てたんだ。」


「見回り?」


「鈍いなあ花蓮。男子が女部屋に忍び込んでくるなんて、宿泊系の定番じゃん。」


「え、そうなの?!」


 確かに漫画とかでよく聞くけど、本当にする人がいるなんて思わなかった。何でもありの漫画の世界でも成功しているのを見たことがないのに。しかも成功していたとしても、来て何をしようと考えていたのか。私にはよくわからない。


「バレるとわかっているのに、どうして来ようとしたんだろうね。」


「男なんてそういうもんよ。案外渡辺君もいたかもね。さっき何人かいたみたいだし。」


「それは絶対にない!」


「はは。冗談だって。」


 これは断言できる。渡辺君はこそこそ忍び込んで変なことをするような人じゃない。やむを得ない事情があれば考えられるけど、たぶん嘘がつけない人だろうから、正直に自分から謝りそうだし。それぐらい信頼できる人だということを、私は知っている。


「そんなこと、考えるだけ野暮だよ。」


「じゃあさ、うちらの方から攻め込んでみない?」


「うん、そうだね…って、え?」


「よし。そうと決まれば早速行こうか!思い立ったが吉日ってね!」


「ちょっとちょっと、待って!本当に行くの?もしかして私も?」


「もちのろんじゃん。てか、今そう話がついただろ?」


 そんな話してた?!むしろ、こういうことするのおかしいよねって話してたと思うんだけど。


「絶対無理だよ!そんなことできない!見回りの先生もいるんだよ?」


「大丈夫だって。先生もまさか女子の方から来るとは思わないだろうし。こういうことって今しかできないぞ?」


「で、でも...。」


「夜の渡辺君に会いたくないのか?!」


「…わかった。」


 情けない。簡単に乗せられてしまった。そんなことを言われたら、うんと答えるしかないじゃない。林間学習は今回限りだし、林間学習の夜に渡辺君に会えるチャンスもこれからはない。先生に見つからないか怖いけど、ここで一皮むければ渡辺君の気を引くことができるかも。


「でも、行ったらすぐ帰るからね。」


「分かった分かった。そうと決まれば早く行くよ。」


 立ち上がってから瞬く間に由紀子が音もなく歩いて行き、扉を開けて外の確認をすると合図も出さずに行ってしまった。私も後に続いて外を見てみると、由紀子がかなり先の方でこちらに手を振って私を誘っていた。早すぎない?由紀子が出て、すぐに私も見に行ったのに、もうあんな遠いところにいる。たぶん今回が初めてじゃないんだろうな。明らかに慣れている。私もドキドキしながら周りをキョロキョロしつつ、由紀子が待っているほうに小走りで向かった。


「はあ。心臓がもちそうにないよう。」


「まだ始まったばかりじゃん。これからだよ。」


 そう言うと、由紀子が矢継ぎ早に先へと向かっていった。まだ心の準備がしっかりできていないというのに。もう少し慎重に行かないと見つかってしまうよ…。けれど、早くいかないと置いてかれてしまう。そう思って急ごうとした矢先だった。


「む、誰だ!そこにいるのは!」


「ひ!な、何でもありませーん!」


 バレた。先生にバレた。どうして警戒していた私の方が気付かれるの?!とにかく脇目も振らずに一心不乱に走った。階段も一段飛ばしでどんどん降りていく。自分でもこんなに躍動感のある動きができるとは思わなかった。先生が追いかけてくる音も聞こえてこないし、もう大丈夫かな。


「うお!」


「キャっ!」


 ドスン!


「うう。ご、ごめんなさい!」


 すごい勢いでぶつかってしまった。まさか他にも人がいたなんて。別の先生なのかな。


「いてて…。あれ、西園寺か?」


「あ、渡辺君?!」


 びっくりした。部屋に行くまでもなく、こうして渡辺君に会えるなんて思いもよらなかった。これはラッキーと言っていいのかな。ピンチなのは変わらないけど。


「待てー!おとなしくするんだー!」


 はあ、もうダメ。まだ追いかけてきていた。運動なんてしてきていないこの体じゃ限界。こんな悪いこと一回もしてこなかったのに、いざ実行するとすぐに捕まる。真面目は真面目で徹するべきだった。でも今、後悔している場合じゃない。関係ない渡辺君を巻き込むわけにはいかないもの。早く逃げるように伝えないと。


「西園寺、こっちだ。」


「え?」


 迷いなく渡辺君が私の手をとって、自販機の横にある目立たない扉を開けて外へ連れ出してくれた。そして、二人で窓の下の壁に背中をついて先生が通り過ぎるのを待った。しばらく経つと先生の足音と声も小さくなって、先の方へと向かっていった。


「とりあえず撒けたようだな。」


「ふう。ありがとう、渡辺君。関係ないのに巻き込んじゃったね。」


「気にしないでくれ。それにしても、西園寺が先生に追いかけられるなんて驚いたな。何かあったのか?」


「え。いやあ。ちょっと、ね。」


 渡辺君に会うために、夜中飛び出して男子部屋に忍び込もうとしたなんて言えるわけない。


「まあ、嫌なら言わなくてもいいんだけどさ。走って疲れただろ?よかったらこれ。」


「え、いいの?渡辺君が飲むために買ったんじゃ…。」


「お、お土産用で買ったんだ。他の所でも買えるから大丈夫だよ。」


 そう言いながら、地域限定のオレンジジュースを私にくれた。こんな時間にお土産を買おうとしていたんだ。喉は乾いているから、私はとても助かるけど。


「ありがとう。久しぶりに走ったから喉乾いてたんだ。お言葉に甘えるね。」


「ああ。ぜひ飲んでくれ。」


「ところで、渡辺君はどうしてここにいたの?」


「なんだか眠れなくてな。すごい疲れているはずなんだけれど、いろいろあって頭の中ぐるぐる回って…。風呂場のこともあったし。」


「お風呂?何かあったの?」


「い、いや。あれだ。長風呂しすぎてのぼせてしまったんだよ。俺のことよりも西園寺の方は大丈夫なのか?捻挫したって聞いたが。」


「私?あ、足首のことかな?知ってたの?」


「ふ、副会長から聞いたんだ!寝る前にたまたま会って聞いたんだよ!」


 少し患部を冷やしたぐらいだし、何ならさっきまで気にせずドンドン走れていたから、軽症すぎて捻挫していたことすら忘れていた。副会長が大げさに言ったのかもしれないけど、私のことで心配してくれているのは嬉しい。こんなことを考えている私は悪い人だな。


「渡辺君、私、実は中学生の時から...。」


「なんだあ。もう会ってたのかよ。」


「きゃ!由紀子!」


 上から声がしたので見上げてみたら、窓から顔だけのぞかせている由紀子がいた。この状況で、他の人から急に声をかけられるなんて心臓に悪すぎる。


「あんた、私のこと忘れてたでしょ。振り向いたらいなくなっていたから、先生に見つかったのかと思って心配で探したんだから。それで、そこで何してんの?」


「えっと、それは...。」


 お話をしていただけだけど、私は今、渡辺君に何を言おうとしていた?全く意識しないで言葉を出そうとしていたから、由紀子に声をかけられて忘れてしまった。大事なことだったと思うのに。


「先生に見つかっちゃって。逃げてたら、たまたま渡辺君がいて助けてくれたの。」


「ふーん。そっかあ。じゃあ、部屋まで行かなくても目的を果たせたわけだ。」


「わー!何でもない何でもない!ちょっと由紀子!」


 渡辺君が横にいるのに何を言おうとしているの!この人は!


「あのう、あなたは…。」


「私は、この子のダチの桐谷由紀子。あんたが渡辺君だね。早速一言言わしてもらうけど、花蓮はかわいいから、ぼうっとしていると他のやつにとられちゃうよ。」


「えっ?」


「あー!何勝手なこと言ってるの!ごめん、渡辺君。この人が変なこと言ってるだけだから!」


「あ、いや。初めて話す人から急に近距離で言われて、びっくりして。」


「ははは。じゃ、私はお邪魔だと思うから帰るねー。バイバイ、渡辺君。今後ともよろしく。」


「は、はあ。よろしく…。」


「待って!私も行く!」


「何言ってんのあんた。せっかくいい雰囲気なんだから二人で楽しみなさいって。」


 こんなにかき乱しておいて、どこがいい雰囲気なの!私たちだけ残されても、変な空気になったままで、お互い何を話せばいいかもわからない。しかも、次に会う時もちょっと気まずい感じがする。だけど、今は日を改めるのが賢明だと思うわ!


「とりあえず、私も帰る!おやすみなさい。渡辺君。」


「ああ。お休み。」


「チャンスだったのになあ。後悔するよ。慌てることはないけどさ。」


 逃げた格好になっちゃったのは認める。でも、今は自分を落ち着かせないといけない。ドキドキもしていたからなのか、無意識に勢いのまま渡辺君に何か言おうとしていた。きっとそれはとても大切な言葉。だから、今回は身を引いてその言葉について深く考えないといけないと思う。…でも、やっぱり少し。ほんの少し後悔かも。

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