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21,お風呂タイムもいつも通りにいかない

「あー。染みるわー。」


 やっと一日の活動が終わった。はるばる遠いところまできている上に、肉体的にも精神的にも疲れ切った。この疲労を広い温泉の湯を浴びて癒されるのは格別だ。


 男にしては珍しいかもしれないが、俺はお風呂タイムが好きである。毎日、湯船に浸かって一時間半身浴をしている。この時間を取るために部活に入っていないと言っても過言ではない。まあ、生徒会には入ってしまっているわけだが、それでもこの習慣は今でも欠かさずに続けている。


 ちなみに今、この温泉には俺以外誰もいない。いくら自宅ではないとはいえ、一時間の半身浴は今日みたいな日でも欠かしたくないのだ。だから、みんなが来てから風呂を出る時間までを計算して、こうして一人で早めに浸かっている。今でだいたい三十分か。そろそろ誰か来る頃だろう。


 ガラガラガラ


「おー。結構広いな。」


「うお!テンション上がるわ!俺んちの風呂狭いから泳ぎたくなるぜ。」


 あれ、おかしい。確かに男子が風呂場にやってきた。だが、声が聞こえてくるのは、この竹でできた壁の向こう側だ。まさか…。いや、まだ分からない。向こうのやつらが間違えている可能性もある。


 ガラガラガラ


「さむ!少し冷えるな。」


「温泉じゃん!肌ツルツルになるぜ!」


「はは、女子みたいなこと言うなよー。」


 間違いない。俺は今、女風呂に入っている。これだけの男性生徒がぞろぞろと向こうの風呂場に入っていると認めざるを得ない。


 さて、どうしたものか。早くしないと女子たちが入ってくる。生徒会の人間が女風呂に侵入していたなんてばれたら即追放だし、それどころか今後の高校生活も終わってしまう。そこまでして半身浴なんかしてられない。さっさと出よう。


 ガラガラガラ


「はあ。疲れたな。去年よりも体を動かした気がするぞ。」


「去年よりもいろいろハプニングがありましたからね。中身が濃かったというか。」


「思ってたよりもすごく大変なんですね。もうへとへとです。」


 やばい。間に合わなかった。しかも、よりによって生徒会のメンバーが全員入ってきた。とっさに岩陰に隠れてしまったが、これからどんどん女子たちが入ってくるわけだから、こんなところに隠れても、その場しのぎにしかならない。だったら、いっそのこと関係の深い生徒会メンバーしかいない今、謝りまくったら逃げ道を作ってくれるのではないか。いや、さすがにそんな甘い話はない。同じ生徒会のメンバーとはいえ、男である俺が女風呂にいるんだ。説明をしてもこんな変態の味方をする人はいないだろうし、もしそれで出られたとしても今後が気まずくなるだけである。


「それにしても、貴子。」


「なんですか?」


「去年にもまして、胸が大きくなったのではないか?」


「またその話ですか。お風呂に入るたびに胸の話をして。」


「いいではないか。裸の付き合いというのがあるだろう。風呂で体のことを包み隠さず本音で語る。友情を深めるためにも大事なことなのだ。」


「でしたら会長の方こそ、くびれがあって鍛えられていますし、普段制服を着ている姿からは想像できないような胸を持っていますよ。」


「な、何を言う!私は大きくなんかないぞ。」


「胸の良さは大きさだけじゃないんですよ。きれいな形...。」


 ざばーん。


「何か物音しませんでした?」


「虫じゃないか?オスなのかもな。」


「ま、虫ならいいですけど。」


 いかんいかん。聞き耳を立てすぎて危うく近づきすぎてしまうところだった。だが、こんな会話を聞いていたら自然に前のめりになってしまうのも仕方ない。これが男子禁制の女子トークというやつか。


 会長の言う通り、俺も副会長の胸の大きさには気付いていた。ぶっちゃけると、初めて副会長と対面したときに、まず目を惹いたのはおっぱいだった。確か副会長のイメージを、当時の俺は身長がどうとか言っていたと思うが、実際はおっぱいだった。しかし、副会長が言っていた会長のスタイルのことも気になる。スレンダーだとは思っていたが、形と言っていたな。形…とは?


「それはそうと花蓮ちゃん、あなた肌白くてきれいね。こまめにケアしているの?」


「いえ、何もしていませんよ。」


「またまたあ。何もしていなくてこんなもっちり肌になるものですかあ。」


「貴子さん!くすぐったいですよ!」


「ほれほれ。」


「あはははは!やめてください!」


「ほらほら。」


「お、お姉ちゃんまで!あはははは!」


 ざぶーん!


「な、何だ!」


「すごい水しぶきが上がりましたね。やはり何かいるのかもしれないです。」


「うむ。見に行くか。花蓮はここで見張っていてくれ。」


「うん。わかった。」


 いたた。こんなところに段差があったとは。無意識に足が西園寺の方へ向かって行ってたみたいだ。さっきの会話だけで想像力がどんどんあふれ出てくる。肌がきれいですべすべなのは予想通りだ。おそらくは副会長と比べると胸は控えめで、会長ほど鍛えられているわけではなく多少の肉付きがあるのだろう。その方がいい!これは俺の希望的観測でもあるが、いつも見ていたからわかるのだ。たぶん間違っていない。だから、西園寺は清楚な雰囲気も含めて俺の理想なのである。


 いや、こんなことを言っている場合ではない。今、大ピンチだ。足を滑らせたせいで、盛大にこけて水しぶきを上げてしまった。遠くから四人の足が、少しずつこちらに近づいてきている。とっさに湯の中に潜ったが、息の続く限り絶対にこの顔を出してはいけない。命の危険があっても、社会的に死ぬわけにもいかないのだ。


「うーん。何もいないですね。絶対に何かあると思うんですが。」


「貴子。これを見てみろ。」


「これは、木…ですね。」


「うむ。おそらくこれだろう。葉の部分がなくて幹の部分が大きくて太い。こんなものが倒れたのなら、あれだけの水しぶきが起きても仕方がない。」


「そんな木が、何もされていないのに急に倒れるでしょうか。」


「ここは風呂場だからな。これだけの熱気と湯気があればおかしくもないだろう。」


「それもそうですね。」


「あと、貴子。大きくて太いと言ったが、下ネタではないからな。」


「そんなことわかってますよ!」


 上手いことやりきれた。この大木と岩の狭い隙間に逃げ込んできたわけだが、温泉の湯気と白濁したお湯が相まって、俺の姿がいい感じにカモフラージュできているようだ。こうやって、息継ぎのために少し頭を出してもバレない。湯気で会長たちの姿は見えないが、この状況においてはその方が助かる。女性であっても、知っている人の裸は見たいと思わない。今後の、相手の顔の見方が分からなくなるからな。


「とりあえず浸かるか。泉質も良さそうな湯だ。」


「そうですね。ちょうどいいお湯加減ですし。」


 それにしても、いろいろな意味でのぼせてしまいそうだ。半身浴の習慣がなかったらとっくに限界が来ていただろう。逃げ道を探して出るとするか。


 ん?二人の背中が俺の方に迫ってきている。バレたのか?そう一瞬思ったが、背中が目の前に来たところで止まり、そこで鎮座した。おそらく会長と副会長だろう。気付かれてはいないっぽいが、背中に囲まれて身動きが取れなくなってしまった。八方塞がりだ。


「はあ、気持ちがいいな。疲れが一気に流されるようだ。」


「このお湯もトロトロした感じがありますね。肌に良さそう。花蓮ちゃんも早くおいでー。」


「は、はい!今行きます!…あっ!」


 ざばーん!


「お、おい。大丈夫か、花蓮!」


「行きましょう、会長!」


 会長も副会長も離れていった。西園寺のことはかなり心配だが、今はなりふり構ってられない。逃げるならここしかない。なるべく音を立てないようにすいすいと慎重に泳いだ。よし。気付かれていない。湯船から脱衣場までもう少しだ。いける!このまま突っ走るぞ!


 ガラガラガラ。


「どうしたの?!なんか大きな音したけど。」


「あ、花蓮ちゃん!」


 光をつかみかけた瞬間、他の女子生徒がぞろぞろと入ってきた。今、俺はシャワーの前に椅子に座っている。隠れる場所がなかったから、とっさにここに落ち着いてしまった。顔を見せないように伏せているが、こんなのすぐにバレる。この時をもって、渡辺剣人の高校生活の終焉を迎える。これからゴミを見るような目で、同級生たちに見られていくことになるだろう。


 そして、誰かの手が俺の肩の上に置かれた。さあ、務所に連れて行ってください。


「顔を上げないで。振り向かないで。目を閉じて。いいわね。」


「…副会長?」


 小声で端的に言われた後、頭全体をタオルで覆われた。目の前が真っ暗だ。このまま絞殺されるのだろうか。


「みんな、ごめんなさい。この子も急に鼻血を出してしまったみたいで。会長、花蓮ちゃんのことはお任せしてもいいですか?」


「ああ、分かった。その子のことは頼んだぞ。」


「さっ、早く。」


 副会長に引っ張られるがまま、何も言わずに誘導してもらった。おそらく脱衣場の外だ。西園寺のことも心配ではあるが、これはいったいどういう状況だ。少なくとも副会長には見つかっているわけで、助かったと言っていいものなのか。


「いい?話は後で詳しく聞くからね。」


 全身をタオルでぐるぐる巻きにされ、その後、手なのか足なのかで背中を強く押された。怪我するじゃないか。乱暴な扱われ方だ。まあ、当然の仕打ちだが。


 これはタオルを外していい合図なのだろうか。しかし、本当に大丈夫か?向こうも露わな姿のままのはずだ。それでも、さすがにずっとこのまま真っ暗闇のままでいるのも恐怖を感じてくる。仕方なく、ドキドキしながらゆっくりとタオルを外した。


「うわ!」


「うわ!びっくりした。急に大きな声出さないでくれよ。地べたに座ってどうしたんだ?」


 そりゃ大きな声も出る。副会長の露わな姿があるのかと思ったら、見上げると目の前に金城のケツがあったのだから。


「いや、すまん。何でもない。」


「それより渡辺君。君、風呂場にいたっけ?僕が風呂に入ってから脱衣所に来るまで見かけなかったんだけどなあ。いつの間にここにいたんだ?」


「あ、ああ。腹が痛くてな。風呂から出た後、ずっとトイレにこもっていたんだよ。誰もいないと思って来たら、金城がいたからびっくりして。」


「そうなんだ。」


 しかし、男のとはいえこんなに近い距離で人のケツを見たのは初めてだった。声を上げるまで、床に倒れていた俺に気付かなかった金城もかなり鈍感だ。


 とりあえず、こんなところ早く出て部屋に帰ろう。そして、時間を置いて副会長のところへ向かう。あの人の心境を考えると、怖くて生きた心地がしない。だが、金城のケツもインパクトはあった。あのケツにも、相当恐怖を感じたからな。そう思うと、少し気が楽に思える。ありがとう、金城...いや、金城のケツ。

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