20,人とダンスは上手くできない
「本当にひどいよ。渡辺君。私も食べてみたかったのに。」
「悪かったって。手が止まらなくてさ、気付いたら全部食べちゃったんだよ。」
キャンプファイヤーの木の組み立てをしているのだが、西園寺は今ご立腹である。鍋にたくさんあったカレーを西園寺の分も残さずに全部食べてしまったのだから無理もない。しかし、そんな怒りは全部受け止める。確かに西園寺にとっては不満かもしれないが、あのカレーを食べていたら絶対に後悔している。彼女の未来のために頑張ったんだ。分かってほしい。
「ねえ、金城君って実は料理得意じゃないのかな。食べ終わった後、すごく気分が悪くなったんだけど。」
「あ、それ思ってたの私だけじゃなかったんだ。」
「金城君の前だったから我慢して全部食べたけどね。おいしいって言うのが息苦しかったわ。」
いつも一緒にいる、金城の取り巻き三人組だ。あのカレーのことを言っているのだろう。今はああ言っているが、話し方からすると全部食べてくれたみたいだ。意地で食べたと言ったところだろう。料理の味はもちろんだが、作ってくれた人が誰なのかも重要な要素である。俺も西園寺の手作りじゃなかったら食べきれてなかった。まあ、あの人たちが食べたのは金城が作ったものじゃないんだが、知らぬが仏だ。
「遅れてすまない。もう組み立てもできそうだな。」
「お姉ちゃんどこ行ってたの?」
「F組の武智君が顔を真っ白にして駆け込んできてな。付き添いでいらっしゃっていた養護教諭の方に見てもらっていたのだ。ただの食当たりみたいだったから少し休めば問題ないとのことだ。」
「そうなんだ。何か変なもの食べたのかな。」
あのカレーしかないな。結局あの後、三喜夫は一人で四杯食べていたのだが、食べすぎのせいではなく食当たりか。確かに味はすさまじいものだったが、食当たりになるような悪いものは入っていなかったはずだ。もし食材に問題があったのなら、体調を崩すのは三喜夫だけでは済まない。意図せずに化学反応でも起こしたのだろうか。
何はともあれ、カレーのほとんどをたいらげてくれたのは三喜夫だ。あいつの勇姿は決して忘れない。
「生徒会のみんな、ありがとう。あとは着火するだけだから、私たちに任せて。各々適当なところに座って待っててもらって大丈夫よ。」
「先生、ありがとうございます。では、あとはよろしくお願いします。ではみんな、それぞれキャンプファイヤーを楽しむとしよう。」
はあ、やっとか。ずっと休まるタイミングがなかったからな。いろいろと振り回された気分だ。キャンプファイヤーぐらいは炎を見ながらゆったりさせてもらおう。
「あー、疲れたー。」
倒れるかのように勢いよく座り込んだ。早く部屋で寝たい。
「お疲れ様。疲労困憊って感じね。」
「あ、お疲れ様です。」
久方ぶりに見る、いつも通りの副会長である。今ではすっかり体調も戻ったみたいで、いつもの感じで話しかけてきた。
「隣いいかしら?」
「え、ええ。どうぞ。」
「今日はあまり役に立てなくてごめんなさいね。私、においは本当に敏感で。」
「気にしないでください。無事に終わったことですし。」
今回のヒーローは三喜夫だ。俺が食べたのは一杯だけだから、あいつと比べれば大したことじゃないし、感謝されてもと思う。三喜夫の頑張りを見ていたのは俺だけだったというのが、いたたまれない。
「あ、火が付いたわね。」
炎が燃え上がるとまではいかないが、組み立てられた木の中が光っているのが分かる。自分たちが重いものを運び、苦労して積んだ木々だ。キレイに燃え上がってくれ。
「ねえ、渡辺君。」
「何ですか?」
「あのにおいのカレーを食べたのって、やっぱり西園寺さんが作ったからなの?」
きゅ、急に鋭いことを聞いてきた。今まで誰にも言ってこなかったが、この聞き方はもう気付かれているってことだよな。
「ま、まあ、そんなとこですかね。」
「ふーん、つまりあの子のことが好きなのね。で、いつからなの?」
はっきり言い当てられた上に、ド直球で答えにくいことを聞いてきた。
「副会長、いつから気付いていたんですか。」
「見ていれば何となく分かるわよ。そんなことより、いつからなの?」
自分が思っている以上に表に出ていたみたいだ。もしかして会長にも勘付かれているのだろうか。三喜夫とも話したことないのに、こういう話を異性とするのは慣れていないし気恥ずかしい。だが、話さないと終わらせてはくれなさそうな雰囲気だ。
「…中学生の頃からですよ。」
「じゃあ、今まで一年間片思いってことかしら。」
「中一からなんで三年間です。」
「ちゅ、中一から?!三年間?!!そんなに長いの?!!!」
「しっ!声がでかいですって。」
そんなにびっくりされることなのか。こんな赤裸々なこと話したこともないからよく分からん。
「変…ですかね。」
「変というわけじゃないけど、渡辺君って一途なのね。同じ人を何年も思い続けるってなかなかできないことよ。」
「副会長はなかったんですか?好きな人がいたこと。」
「私の話はいいのよ。」
今、地雷を踏んだ気がする。かなり冷たい返答だった。こっちは細かく話したのに聞くのはだめなのか。理不尽なもんだ。男には分からない、女の線引きがあるらしい。
「そっか。頑張りなさいよ。ずっと好きでい続けるのは素敵だけど、花蓮ちゃんかわいいから、見てるだけじゃ他の男にとられちゃうわ。あなたは同じ生徒会のメンバーっていう点で一歩リードしてるんだから自信を持ちなさい。」
「は、はあ。」
「はあ、じゃない!そこは頑張りますでしょ!しっかり決意を固めなさい。」
「は、はい!頑張ります!」
つい勢いに飲まれて、大きな返事をしてしまった。確かに副会長の言う通りだ。今までほとんど行動を起こさずに、遠目でただかわいいなあと思いながら見守り続けていた。中学生の頃は周りにカップルがいることに馴染みがなかったし、遠い存在の一軍同士で付き合っているのがよくあったぐらいだ。俺みたいな陰の存在が恋愛なんてしようものなら、一軍たちの面白話のネタにされたに違いない。
そういった思い込みもあって、西園寺に告白するのが恥ずかしいというのと、迷惑をかけてしまうんじゃないかという気持ちもあった。今は高校生だ。恋人を作るのは普通で茶化されるような環境ではないし、変なプライドを持つ必要もない。そして、副会長も言うように、同じ生徒会であるこの状況は千載一遇のチャンスなんだ。誰にも西園寺を渡したくない。副会長の言葉とキャンプファイヤーのメラメラと燃え上がる炎のおかげで、決心がついた。これから俺は積極的になる!
「さて、そろそろ出し物が始まるみたいね。さっそくチャンスが来るわよ。」
「え、何かありましたっけ?」
「あら、プログラム知らないの?今からフォークダンスが始まるのよ。花蓮ちゃんに声をかけるいいチャンスじゃない。」
「ダンス?!」
そんな催しがあったのか。一緒に話すだけでもままならないのに、フォークダンスだなんていきなりハードルが高すぎる。ダンスってことはつまり、手を握るってことじゃないか。想像しただけで幸せだが、何日かかけて心の準備をしないとそんなことできない。
「急には無理ですよ。もう少し時間をかけてからでも...。」
「花蓮ちゃーん、こっちに来てー!」
「あ、ちょっと!」
「決心したばかりじゃない。そうやって先延ばしにするのが良くないのよ。」
手を大きくこちらに振りながら、西園寺が歩いて向かってきている。その西園寺が到着する前に、副会長が立ち上がってゆっくりと歩き出した。どうやら呼ぶだけ呼んで、副会長は同席してくれないらしい。この人の言っていることは正しいが、強引すぎやしないか。上手くやれる自信なんてないぞ。
「じゃ、私は行くわ。頑張って花蓮ちゃんをリードするのよ。…あと、一つだけ聞いていいかしら。」
「はい?」
「もしあのカレー、私が作っていたとしても食べてくれていたの?」
「カレーですか?もちろん食べますよ。自分のために作ってくれたものだったら。」
「…そう。ふふ。私は固形ルーを使うから安心してね。それじゃ。」
場を散らかして、副会長が離れていった。というか、なぜ今更カレーの話?あの件はもう忘れて、蓋をしておこうと思っていたのに。まあいいか。それよりも大きな置き土産をしていったものだ。めちゃくちゃ緊張してきた。燃え上がるキャンプファイヤーの炎がゆらゆらと揺れているように見えた。
「お待たせー。あれ?渡辺君だけ?貴子さんに呼ばれた気がしたんだけど。」
「ああ。副会長はあれだ、お花摘みに行ってるよ。」
「あ、そうなんだ。」
キャンプファイヤーの炎の前で、西園寺と二人きりになってしまった。どうやってダンスに誘えばいいんだ。緊張しているせいもあって、話の切り出し方が分からない。副会長にそこまで聞いておくべきだった。
「あ、音楽が流れ始めたね。確かフォークダンスが始まるんだっけ。」
何だか急かされているみたいだ。それに加えて、音楽も流れ始めたばかりなのに、続々と同級生たちがペアを組んで炎を囲み、踊り始めている。これは悩んでいる暇はないみたいだ。他の奴と西園寺が踊っている姿は見たくない。
「西園寺!」
「は、はい!」
「…シャルウィダンス?」
「え?」
しまった。つい焦りと照れ隠しで気取った言い方をしてしまった。西園寺も驚いた顔をしている。これはだめだ。こういうのは金城みたいな爽やかイケメンが言うから様になるのだ。やはり慣れないことをしても、いい結果になるはずもない。副会長に報告するのが心苦しいな。
「ごめん、やっぱり何も...。」
「うん、踊ろうか。」
「え、本当に?!」
「ふふ、どうしてびっくりしてるの?早く行こ。」
夢ではないよな。まさかこんな変な誘い方をしてオッケーがもらえるなんて思わなかった。天にも昇る心地だ。正直、副会長のことを恨んでしまいそうになっていたが、ここまで強引にしてくれないと、また何も進展せずに終わっていただろう。あの人には世話になってばかりだ。
「私、あまり上手じゃないから大目に見てね。」
「心配しないでくれ。俺も下手だけど頑張ってエスコートするよ。」
「ありがとう。よろしくね。」
西園寺から手を差し出してくれた。これは握っていいんだよな。いや、握らなきゃ踊れないか。今の俺にとって、臆することなんて何もない。手を震わせることなく、差し出してくれた手をさっと握った。しかし、握った瞬間、手汗が凄く出ていることに気づいてしまった。行動を取り繕っても、体は嘘をつかない。気持ち悪がられているだろうな。まあ、気にしても仕方がない。ここは強行だ。
不器用ながらも西園寺の手を取って踊った。右足左足、西園寺に回ってもらってお辞儀。動きは簡単なものではあるが、緊張でどうしてもガチガチになる。
「やっぱりダンスって難しいね。うまくできなくてごめんね。」
「西園寺が悪いんじゃないよ。俺の方こそごめん。」
幸せな気持ちであることには間違いないが、それと同じぐらいリードできなくて申し訳ない気持ちが強い。汗がどんどん出てくる。
「ねえ、渡辺君。お昼のカレー全部食べてくれてありがとう。おいしくなかったでしょ?」
「そ、そんなことないよ。おいしかったよ。」
「ううん、いいの。お鍋に残ってるのをちょっと食べたから気づいちゃった。我慢して食べてくれてたんだなあって。」
三喜夫のやつ、詰めが甘かったみたいだな。せっかく頑張ってくれたのに西園寺の口に入ってしまったら一緒じゃないか。いや、さすがにそこまで言うのは酷か。同じ班で生き残っていた俺が、食べた後すぐにカレー鍋を洗っておくべきだった。そうか。西園寺は自分が作った料理を知ってしまったのか。
「おいしくなかったわけじゃないんだ。俺の口に合わなかっただけで。」
「気を遣わなくてもいいよ。私、嬉しかったんだ。まずいって言って捨てられても仕方ないぐらいの味だったんだもん。それを何も言わずに食べてくれて。ありがとう。」
いや、そうじゃない。確かに、西園寺を落ち込ませないために気を遣った部分もある。だが、俺がそのカレーを食べたのは、
「…西園寺が好きだから食べたんだ。」
「え?何か言った?」
「あ、いや、カレーが好きだからさ。本当にまずいと思わずに食べたんだよ。」
「いたた。」
「あ、ごめん。」
握っていた手に、変な力が入ってしまった。告白するには絶好のタイミングだったのに、大事なところで声が出なかった。この至近距離でだぞ。なんて臆病な奴なんだ。しかも、カレーが好きだ?何をぬかしている。俺が好きなのはハヤシライスだろ。
そうこうしているうちに音楽が鳴り止み、フォークダンス終了の合図となった。それぞれ散らばって、あとは自由。各々解散と先生から告げられた。
「渡辺君、ありがとう!楽しかったよ。」
「…うん。俺も楽しかったよ。」
「あと、私も好きだよ!カレー!」
「そ、そうか。一緒だな。」
フォークダンスのいいムードで俺が西園寺に伝えられたことは、カレーが好きということだ。無論、そんなことを言いたかったわけじゃない。幸せな時間だったはずなのに、後味が悪い。さっさと帰って寝よう。




