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19,飯盒炊爨も順調にはいかない

 とりあえず三喜夫のところにでも行くか。…ん?向こうで人だかりができている。何かあったのか?これは本当に生徒会の出番なのかもしれない。


「きゃー!すごーい!華麗な包丁さばき!見とれちゃうー!」


 女性たちの騒がしい声が飛び交う。これはいつものパターンのやつだ。


「みんな、集まると危ないよ!普段から、料理をするときは集中しすぎて周りが見えなくなるんだ。いつも使っている野菜包丁を持ってきてるから、手を滑らせることはないけどね。」


「普段から料理してるんだ!金城君すごーい!」


「その包丁、私も欲しい!どこで売ってるのー?」


 やっぱり金城か。女子が集まっている中心には大概あいつがいる。何だか見るたびに鼻につくような話し方をしているように思える。危ないよとだけ言えばいいものの、普段から料理をしてるとかマイ包丁を持ってきてるだとか。アピールがくどい。ていうか、包丁を持参してくるな。


「次は火起こしだね。僕の得意分野なんだ。瞬時に火をつけるから見てて。」


「金城君頼りになるー!近くで見せてー!」


 無理もないが、少し進みが遅い。女子はたくさん集まっているが、動いているのは金城だけだからだ。自分の器用さに泣かされているな。大変だとは思うがお前の選んだ道だ。もてるのも苦労するかもしれないが、頑張ってくれ。


 三喜夫を探しているのに全く見つからない。昔からそうだった。体育祭の時、応援席で全く姿を見せなくても、自分が出る競技にはちゃんと出て一位を獲っているし、小学生の頃の楽器演奏でも、練習の時は体調不良とか言っていつもいなかったのに、なぜか本番だけは参加して、しかもミスすることなく演奏を終えたりとか、普段はいないくせに大事な時には現れて結果を出すという頼りになるのかならないのかよく分からないやつである。おそらく今回も、カレーを食べるころにはひょっこり現れるのだろう。しかし、そうだとしてもこんな自然に囲まれているところで、いったい今どこで何をしているんだ。


「あ、いた!渡辺君、早く戻ってきてちょうだい。大変なのよ。」


 副会長が顔色を悪くして、俺を呼びに来た。


「何かあったんですか?」


「ええ、まあ、見ればわかるわ。うぷっ。」


 明らかに様子がおかしい。こういう副会長を見るのは新鮮だ。いつも元気いっぱいというわけではないが、口数が少ないし歩き方もふらふらしている。火起こしで何かあったのだろうか。全然火を起こせなくて疲れ切っているか、火を起こせたけど灰を被って気分が悪くなったか。どちらにしても心配になってきた。

空気を読んで黙ってついていったが、歩いていくごとに変なにおいが鼻に強くツンと入ってくる。焦げたとかのにおいではない。刺激臭というか、とにかく嗅いだことのない匂いだ。これはいったい…。


「泣くな花蓮。まだ食べてみないと分からないじゃないか。」


「だって...。こんなの絶対においしくないよ。」


「あのう、どうしたんですか?」


「ああ、君か。実はカレーの味付けを花蓮がしたいというから全部任せていたのだが、このように異臭を放ち出してな。見てみるとこのようになっていた。自分のせいで全て台無しにしたと落ち込んでしまっているのだ。」


 このにおい、うちのカレー鍋から流れていたのか。うっ!確かに近づくと目にも染みるほどの強烈さがある。なぜだ。西園寺の調理過程は途中まで見ていたが、計量もしっかりしていて、間違い様はなかったはずだ。台所に置いてあるスパイスを見てみると、スパイスと一緒に何か紛れているのがあった。チューブのワサビとニンニク、あと…缶コーヒー?


「西園寺、スパイスの横にあるこいつらも、もしかして入れたのか?」


「うん…。パワーを付けるならやっぱりニンニクかなって思ったのと、和風にしたかったからワサビも入れてみたの。あと隠し味にコーヒーを入れるといいって聞いたから…。」


「缶一本分いれたのか?」


「うん。やっぱり駄目だったかな…。」


「あ、いや、そんなことはないよ。」


 そんなことは大有りだ。隠し味に缶コーヒー丸々一本は多すぎるし、あれはたぶん粉末のインスタントコーヒーを入れるんだと思う。ワサビとニンニクは聞いたことないが、たぶん合わないだろう。しかも、それぞれが入っていたであろう二本のチューブがほとんど使い切られている。このにおいはそのせいか。だが、


「私、何もしなければよかったね。そんなに料理が得意なわけでもないし。迷惑かけてごめん。」


 こんな風になった西園寺を攻められるはずもない。結果はどうあれ、おいしいカレーを作ろうとしてくれたんだ。


「ま、においは変わってるかもしれないけど、味は分からないじゃないか!ほら、くさやとか臭いけど、味はおいしいっていうし!」


「くさや?食べたことない…。」


 う、俺も食べたことないから分からん。それに自分で言ったけど、フォローになっているのか?


「…あれだ、納豆!においはあるけど、くせになるおいしさだろ。あれと同じだよ!俺はこのにおい気にならないな。早く食べたいぐらいだ。ね、会長!」


「本当?」


「あ、ああ。もちろんだ!むしろ食欲が湧いてくるぐらいだ。」


 副会長は顔色を悪くしていたから、話を振らないでおこう。


「ありがとう。そう言ってくれると少し元気出てきた。じゃあ、さっそく取り分けていくね。」


 ふう、とりあえずは落ち着いたか。


「おい、こんなこと言ってしまって大丈夫なのか?今の状況下なら仕方ないかもしれないが、食べた後に下手なことを言えないぞ。」


そう。俺は全く無責任なことを言ってしまった。これで会長を含めた俺たちはこのカレーを絶対に食べないといけなくなり、しかもまずいと言うこともできない。その場しのぎなだけで、結局は自分の首を絞めてしまった。


「会長。」


「何だ?」


「お互い健闘を祈りましょう。」


「はあ、そうなるよな。仕方がない。花蓮のためだ。」


いや、さすがに巻き込んでしまうのは違うか。おそらくこれを食べた後、無事では済まない。一応この人は会長だ。生徒の長がいなくなってしまうと、林間学習もまとまらなくなる。今日は大した仕事もせずに人任せにしてきたんだ。ここは後輩らしく、一役買っておこう。


「会長、やっぱり俺に任せてください。今日は迷惑かけてばっかりですし。」


「いや、私も食べる。」


「無理せずにここは俺に。」


「大丈夫だ。食べる。こういうプレイだと思ったらいけそうな気がしてきた。」


「は、はあ、そうですか。」


どんなプレイだよ。崖っぷちになってやけくそになっているのかと思ったが、確かに会長の好きなシチュエーションだとも言える。この変態な性格が今では勇ましく見える。とりあえず、ご協力ありがとうございます。


「ねえ…渡辺君、うぷっ。」


「は、副会長!大丈夫ですか?」


「私も…力になりたいんだけれど…ごめんなさい…においだけはどうしても敏感で…うぷっ。」


副会長が長椅子の上で横たわっていて、顔が真っ白になっている。敏感でなくても耐えられるにおいではないが、特にこの人はどんどん弱っていっているな。火起こしで体力が削られた後ならなおさらだ。先に戦線離脱といったところか。


「副会長は休んでいてください。後は俺たちで何とかします。」


「ありがとう...。頼んだわよ。…うっ。」


この言葉を最後に、副会長は息を引き取った。間違えた。椅子の上で休憩のため、眠りについた。


「皆さん、ご用意できましたよ。」


西園寺から号令がかけられた。そうか。とうとうこの時が来てしまったのか。机の上に、ご飯とカレーがよそわれた皿が人数分並べられて、早く食べてくれと言わんばかりにスプーンがご飯に突き刺さっている。こんなにも物々しく鎮座しているカレーは今まで見たことがない。


「よし、座るか!早く食べよう!」


「そ、そうですね。」


いつの間にこんなノリノリの会長になってんだ。すでにどこかのねじが壊れてしまってるじゃないか。まあ、正直このにおいの食べ物を目の前にして、普通でいられなくなるのも分かる。こんなのがおいしかったという前例は俺の中では一度もない。結果はすでに見えている。


「さ、どうぞ食べてみて。」


恐る恐る突き刺さっていたスプーンを持ち上げてみると、驚くことにご飯とカレーがとても丁度いいバランスですくい上げられた。カレーを一番よく味わえる塩梅だ。全く逃げ道を与えてくれない。これを口に運ぶのか?どうしよう。怖い。そして、手も震えて言うことを聞いてくれない。口に入れるなと言っているのだろうか。


「いただきます!あむ。」


か、会長!迷いもなく食べてしまった。どうして迷いもなく口に運べるんだ。しかも、そこそこ多めの量を食べたぞ。


「もぐもぐもぐもぐ…。」


すごい味わっている。遅れて本領発揮するタイプの食べ物なのか?


「もぐもぐもぐもぐ…。」


咀嚼が長い。もしかして、本当にクセになる味なのだろうか。俺の目の前にあるものと同じものなのは間違いない。もし会長が美味しさを噛みしめているのだとしても、その口から感想が出るまでは食べるわけにいかない。


「もぐもぐもぐもぐ…。」


ずっとノーリアクションだ。西園寺も、会長が食べているのをまじまじと見ながらずっと感想を待っているというのに。毒見して平気で越したことはないのだが、そろそろ何か言ってほしい。この沈黙はさすがに耐えられないぞ。


「会長、味の感想を言ってあげないと。」


「もぐもぐもぐもぐ…。」


「…はっ。」


し、死んでいる!意識を失いながらも、西園寺のためにカレーを吐き出さずに噛み続けていたのか。何も言わずただひたすらに。これじゃあ、味の感想も聞けそうにない。なんて破壊力だ。変なテンションになっていた会長を静かに葬ってしまった。


「か、会長、言葉が出ないくらいおいしいって言っているよ!あはは。」


「そうなんだ!よかったあ。やっぱり口に合わなかったのかと思っちゃった。」


 言葉が出ないくらい言っていると、訳の分からないことを言ってしまった。やはり俺もかなり動揺しているようだ。


「渡辺君も食べてみて!感想も聞きたいな。」


「お、おう。分かった...。」


とうとう俺の番が回ってきた。怖い!食べたくない!逃げ出したい!しかし、会長が食べたんだ。俺だけ食べずにやり過ごすことはできないし、西園寺の悲しむ姿は見たくない。


「い、いただきます...。」


考え方を変えてみよう。会長と副会長も絡んでいるが、これは西園寺の手作り料理。中学生の時は遠くから眺めているだけの存在だったのが、高校生になってからは同じ生徒会のメンバーとして一緒に作業をし、時には二人で下校し、今ではこうして西園寺が作ったカレーを食べようとしている。覚悟を決めるんだ俺。これは西園寺手作りのおいしいカレー。少し口に合わなくても彼女のためなら気にせず食べられる。


最後は自分に言い聞かせるようして目を閉じ、意を決して口の中にカレーを運んだ。


「もぐもぐもぐもぐ…。」


「…どうかな?」


「…。」


どうしよう。飲み込めない。カレーとはまた違う、ワサビの鼻にツンとくる辛さ、それに負けじとニンニクのにおいと刺激も攻め込んできて鼻が痛くなってくる。それなのに味は苦い、コーヒーのせいなのだろうか。カレーの味はかすかにするが、他の味が強すぎて何を食べているのか分からない。西園寺の手作りじゃなかったらちゃぶ台をひっくり返しているところだ。


「やっぱりおいしくない?」


「…。」


「あ!」


いかん。涙が勝手に流れてきた。表には出すまいと思っていたのに、抑え込んでいても生理現象に関してはどうにもならない。しかも返事を待っている西園寺の目の前で。フォローしようにも声も出せない。もう万事休すだ。とりあえず、死に物狂いで噛んでいるものを飲み込んだ。


「そっか、渡辺君…。」


ごめん、西園寺。期待した結果にならなくて。安易に大丈夫だといってしまった俺に責任がある。会長と副会長の思いを背負って、まずいという残酷な宣告を俺自身の口から西園寺に言うしかない。それがせめてもの罪滅ぼしだ。


「西園寺、このカレー…。」


「涙が出るほどおいしかったの?」


「え?」


「涙を流しながら食べてくれるなんて嬉しいよ。」


なるほど。そう捉えることもできるのか。西園寺は、ものすごいポジティブシンキングなのかもしれない。何はともあれ、これは運が味方している。


「ああ、こんなカレー食べたの初めてで。味わいながらゆっくり食べようかな。」


「へえ。じゃ、私も食べてみようかな。」


「それはやめた方がいい!」


「え。でも、そんなにおいしくできたんだったら私も食べてみたいし。」


「け、けど…。」


西園寺が口にすると、嘘をついているのがバレてしまう。それだけじゃなく、料理の自信も無くしてしまって、落ち込んで立ち直れなくなるだろう。これから二度と、料理を作らないようになるかもしれない。西園寺のためにも、何としても食べさせないようにしないといけない。


「ほら、作り終えたばかりで疲れただろ?疲れてるときにご飯を食べても、味がぼやけているように感じて分かりにくいからな。ゆっくり休んでからにした方がいいって。」


「そうなのかな。渡辺君が言うならそうするよ。」


たぶんぼやけていた方がいいとは思うが。まあ、そういう次元の話ではないことは明らかだ。しかし、これは気持ち程度の時間稼ぎに過ぎない。すでに目の前に鎮座しているわけで、まだ鍋の中にも大量のカレーが控えているのだ。この一杯を食べきるだけでも一苦労なのに、俺一人じゃ絶対に太刀打ちできない。果たしてどうしたものか。


「渡辺君、すまないが少し相談があるんだ。」


一人でとぼとぼと金城が近づいてきた。さっきまでのはしゃぎ様はどこえやら。肩を落として、全く元気がない。


「すまん、西園寺。少しだけ席を外す。」


「あ、うん。分かった。待っている間、施設の管理人さんにこれからの段取りについて話してくるよ。」


この場を離れることができた。救世主とでも言っておこうか。


「それで、どうしたんだ?」


「カレーの材料余ってたりしないかな。」


「うちの班は作り終わって、材料も全部使ってしまったよ。大目に買ってきてもいないしな。」


「そうなのか。困ったな。」


「何かあったのか?」


「実はカレー鍋を持ち上げたときに思った以上に熱くて、つい手を離しちゃってね。火が付いた薪の上に全部ひっくり返してしまったんだ。そのカレーは掃除したから問題ないんだけど、班の子に食べてもらう分がなくなったから、みんなが戻ってくる前にどうにかしないといけないんだよ。」


あれだけ料理の腕を見せつけていたのに、そんな単純な失敗をしたのか。しかも、班のやつらも手伝わずにどこかへ行ってると。同情する部分もあるが、班の中に仕切りたがりの人がいると任せっきりになってしまう気持ちもわかる。それはどうでもいいか。今は金城たちの食べるものがないというのが問題だ。…いや、待てよ。この好機、逃す手はないのではないか?


「金城、人数分の皿を持ってきてくれ。俺らの班のカレーでよければ分けるよ。」


「いいのか?!それじゃあ君の班の分が足りなくなるんじゃないかい?」


「大丈夫だ。体調不良で食べれない人が多くてな。たくさん余りそうだから、こっちもどうしようかと悩んでいたところだ。」


「本当にありがとう!この恩は忘れないよ!」


さっきとは一転、嬉しそうにして金城は皿を取りに戻っていった。これはお互いウィンウィンだ。金城は自分の失態を女子たちに気付かれずに済むし、俺たちもカレーを消費することができる。それ以外のことについては悪く思わないでくれ。西園寺のためで、仕方がないことだ。


だが、それでもこの感じじゃまだカレーは余りそうだな。あと二杯分といったところか。西園寺が戻ってくる前に片付けるには少しきつい量だ。


「よ!剣人。元気にしてたか。」


「三喜夫!お前どこに行ってたんだ。」


ようやく見つけた。行きのバス以来だ。普段はしょっちゅう絡んでくるくせに、行事ごとになるとよく姿をくらましやがる。


「その辺を歩いて緑を感じていたんだよ。いやあ、空気がおいしかった。」


よく分からんことを言っている。今は飯盒炊爨の時間だ。緑を感じている時間じゃない。まあ、いつも通りの三喜夫ではあるのだが。


「つまりさぼっていたってことだな。」


「ちげえよ。緑を感じていたんだよ。それよりも聞いてくれよ。俺が離れている間に班のやつらがカレーを全部食べ終わっていてさ、俺の分を残してくれていなかったんだぜ?ひどすぎるだろ?」


「それはお前がさぼっていたからだろ。仕事しないやつに食わせるカレーなんてあってたまるか。」


「そうかもしんねえけどさ。これでも結構腹空かせてたんだぜ?あまりにも無慈悲じゃないか。」


「知るか。道草食ってるからそうなるんだよ。」


「冷てえな。剣人なら分かってくれると思ったのに。お!お前の班はまだ食ってる最中か!俺にも食わせてくれよ。」


どこから取り出したのか分からないスプーンを取り出して、すごい勢いでカレーをすくい上げ口に運ぼうとした。


「ま、待て。このカレーは…。」


「ぱくっ、もぐもぐもぐもぐ…う!」


言わんこっちゃない。いくら腹が減ってるといっても、空きっ腹にこのカレーは刺激が強すぎる。まず、においで異変に気付くべきだ。俺は止めようとしたからな。悪く思うなよ。


「三喜夫、とりあえず横になれ。多少はマシになるはずだ。」


「…う、うまい!」


「は?」


「なんだこれ!食ったことない味だぞ!繊細だけどパンチがあるというか。とにかくクセになる!もっと食っていいか?」


「あ、ああ、なんなら全部食ってくれ。」


「本当か!サンキュ!」


本当に大丈夫なのか?腹が減りすぎて味が美化されているのだろうか。それとも三喜夫が言っていたように緑を感じたことで、このカレーの底にあるウマさを見つけたのか。いや、そんなことを言っていられる味じゃない。いったいどうなっているんだ。心配になってくる。


「うん、うん、うまい!」


この時、小学生の頃の体育祭と演奏会のことを思い出した。普段は姿を消しながらも本番にふらっと現れて、しっかり仕事を全うする。三喜夫はやっぱり頼りになるやつだ。

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