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18,林間学習でも会長はブレない

「ふーん、なるほどね。」


 嘘偽りは何も言っていない。起こったことを丁寧に、ありのまま伝えた。聞いている側からすると、言い訳するための作り話と思うかもしれないが、本当のことだ。これ以上に言えることなんてない。


「信じてくれますか?」


「そういうことなら仕方がないわね。」


「ほっ、ありがとうございます。信じてくれるんですね。」


 さすが副会長。話が早い。


「お母さんと娘さんっぽい人があなたたちのほうを見ながら歩いて行ってたからね。娘さんがあなたたちのことを楽しそうにお母さんに話していたから、何となく察しはつくわ。経緯は分からないけど、世話を焼いていたってことでしょ?」


 何だ。気付いていたのか。それなら、そこまで怒った雰囲気を出さなくてもいいじゃないか。そして、リン。ナイスアピールだ。


「ええ、もちろん。」


「ま、仕方ないわね。けど、会長にはしっかり謝っておきなさいよ。あの人に全部しわ寄せが行っちゃってるんだから。」


 これは後日談なんだが、各班の点呼とクイズの正解数によるポイント集計。そして、ルートの各所に設置された問題の書いた看板の回収など、全て会長がしてくれたらしい。俺らが戻った時には生徒たちを全員集めて、あとは会長が結果発表をするだけの状態だったのだ。もちろん、結果発表が終わった後にすぐ謝りに行ったのだが、「このギリギリイベントを回せるか回せないか攻めている感じ。そして私だけ放置された状況。いいプレイだったぞ」と、相変わらずで感謝しながらも少し引いてしまった。今回は功を奏したが、この人は追い込まれた状況になると興奮し出す。まあ、さすがに申し訳なかったから謝罪だけはしておいたが。


・・・


「野菜はこれぐらいで十分だな。次は肉だ。」


 飯盒炊爨で使う食材の買い出しに来ている。先生の車に乗せてもらって生徒会四人でスーパーに来ているのだが、今会長と二人で食材を探しているところである。スーパーに入ってから副会長と西園寺、会長と俺でタッグが決められ、別行動となった。理由としては四人全員で一緒に周るよりも手分けした方が効率がいいこと。もう一つはウォークラリーの一件で副会長からの信用を無くしたらしく、見張り的な形で俺と西園寺を離してそれぞれ一人ずつ付くということになったらしい。


「なあ、渡辺君。」


「なんですか?」


「生の牛肉ってエロくないか?」


 はあ、さっきからずっとこの調子だ。人参は太いのに限るよなとも言っていたし。純粋な気持ちで、西園寺とリンの三人で手をつないでいた時に戻りたい。汚れかけていた自分の心が浄化されていたというのに。


「何を訳の分からんことを言ってるんですか。そんなこと思ったことありませんよ。」


「何?!君は時々感覚がズレているところがあるよな。」


 あんたにだけは言われたくない。


「健全な人は肉を見てエロいなんて思いませんよ。」


「何を言っているのだ。よく見てみろ。網目状に広がった脂の差し!まるで網タイツを彷彿とさせるようなビジュアルではないか。そして、赤々と火照ったこの色!恥ずかしがっているようにも見えるが、白いパックの中で堂々と鎮座し私たちを誘惑している。この姿をエロくないと本当に思っているのか?!」


 この人の想像力に関しては毎度がっかりするぐらい頭が下がるが、そこまで事細かに言われると確かにエロいという気持ちも理解できるような気がしてくる。網タイツを履いた年増の女性の太ももといったところか。いや、いかん。この人のペースに呑まれてしまっている。ウォークラリーのことを思い出すんだ。俺の心にはまだ純粋さが残っている…はず。


「あと、何と言ってもこの色は女性の下半身の...」


「だー!うるさいうるさい!アホかあんたは!」


「お、落ち着け。うるさいのは君だぞ。」


 店内のお客さんのほとんどが俺を見ていた。大声を出してしまったのは悪かったが、どうか分かってほしい。主婦がたくさんいる中で会長は今何て言おうとした?会長は、外見だけはきれいな人だから、周りの人から見ると、隣に釣り合っていない男がいてそのうえ喚かれていて可哀そうだと思うかもしれないが、冤罪もいいところだ。女性の下半身と言ってしまっている時点ですでにアウトかもしれないが、側にいる俺が声を出して止めるしかなかった。だが、視線を集めて目立っているのなら、早くここを離れないといけない。


「とりあえず、早く行きますよ。肉はこれでいいでしょ。」


 肉がたくさん入っていそうなパックを適当に取って、さっさとその場を立ち去った。


「これはハラミじゃないか。なるほど。赤い肉はもちろんだが少し黒ずんだ色の肉というのもこれはこれでいいな。君、ドエロじゃないか。」


 もうやだ、この人。


・・・


「それでは皆さん、思い出に残るカレーを作ってくださいね。最後はきれいに片付けしていただけると私たちも助かります。」


「管理人さん、ありがとうございました。では、まず手を洗ってから取り掛かってください。役割分担をして協力し合いましょう。よろしくお願いします。」


 会長の合図で飯盒炊爨が始まった。さっきのウォークラリーは一人での活動だったが、今回は他の生徒会メンバーも一緒だから気持ちはかなり楽である。料理はしたことないから全部女性陣に頼りたいところだが、それじゃ男が廃る。


「力仕事は任せてください、副会長。なんてったって俺は庶務ですからね。」


「そうね、じゃあこの野菜をどんどん切っていってちょうだい。私はお米を炊くために火を起こしておくわ。」


 全然力仕事じゃない。しかも、火起こしを副会長が進んでするとは思わなかった。一般的に、あなたと俺の役割が逆だと思うんだが。火起こしと言えば炭で手が汚れるし灰は飛ぶし、厚さで汗をかいてべとべとになるし。正直、俺がした方がいい。というか、包丁を持ちたくない。


「そんな汚れるような仕事、俺がやりますよ。」


「私ね、料理はまっっったくダメなの。だから任せて。」


「で、でも、俺だって料理の経験なんて全然ないですよ。」


「渡辺君、私はそんなレベルじゃないの。去年経験したからわかるわ。包丁で指はボロボロになったし、今回も包丁を握ったとして、もしかしたらあなたたちに危害が及ぶかもしれないわ。お願い、会長もいることだから。」


「わ、わかりました。」


 そんなに言われたら言われる通りにするしかない。指がボロボロって、それはもう事件だ。一番頼りになりそうだと思っていた副会長がそこまで拒否するとは。


 仕方がない。そういえば、食材の下準備係は会長だったな。またこの人とタッグを組まされるのか。偏見になるが、会長は料理が苦手そうに見える。あのドMな性格だ。包丁を持たせると何をするか分からないし、熱湯にも手を入れてしまいそうだ。不安でしかない。


「とにかく始めるか。…あ、しまった。ピーラーがないんだった。」


 いきなり問題発生だ。これはつまり、この大量にある野菜を包丁で皮むきしていくということである。


「会長、実は俺、料理したことがなくて。」


「うむ、分かった。私が皮むきしていくから、その間米研ぎをしてきてくれ。」


「任せて本当にいいんですか?」


「ああ、少し時間をくれれば大丈夫だ。」


 まあ、包丁の扱いが分からない俺が無理に手伝うのは余計な仕事を増やしてしまいそうだ。だが、会長が俺よりしっかりできるとは限らない。さすがに米研ぎぐらいは分かるから、パパっと済ませて会長を手伝うようにしよう。


「あ、渡辺君。お米研ぐの?」


 洗い場に向かった途中で、調理係の西園寺がいた。鍋を目の前にして、何やら考え事をしているようだ。


「そうなんだ。いろいろあってな。西園寺は何してるんだ?」


「ちょっと配合を考えているの。」


 西園寺の前にかなり多くのスパイスが並んでおり、大さじ小さじの計量スプーンもいくつかあった。他の班にはこんなの置いてないし、もしかして自前なのか?


「買ってきた固形ルーは使わないのか?」


「せっかくだから、他の班とは違うカレーにしたいなと思って。一度、スパイスから作ってみたいと思ってたんだ。」


 これは期待できる。何せ、量を測りながら調味料を使う人に、料理下手はいない。目分量で何とかなると思ってる人ほど、よく失敗するのだ。スパイスを扱うのは初めてっぽいような口ぶりだったが、そんなの気にすることない。西園寺なら安心だ。そうこう言っているうちに米も研ぎ終わった。


「それじゃ、会長のところに戻って野菜切りしてくるよ。」


「うん、指切らないように気を付けてね。」


「ああ。じゃ、またな。…ん?」


「お、戻ってきたか。どんどん乱切りしていってくれ。」


 キレイに皮むきされた野菜が大量に置かれている。短時間でこんなに?一人でやったのか?しかも皮が残っているとかもなく、それはもうツルツルだ。


「全部会長がむいたんですか?」


「ああ、何事もむくことは大事だからな。」


 これは驚いた。全く期待していなかったが、手先も器用なのか。すっかり忘れていたが、この人はどんなことでもそつなくこなす。根は腐っているけれど、本当は頼りになる人なのだ。


「えっと、乱切りってどうやるんですか?」


「人参は先端を斜めに切ってから、こうやって角度を変えながら同じ大きさに切っていくのだ。玉ねぎは半分に二回切った後、ざっくりと五等分ぐらいにしてくれ。じゃがいもも同じようにな。その方が味がなじみやすいのだ。」


「へえ、なるほど。詳しいんですね。よく料理するんですか?」


「まあ、嗜む程度だがな。朝食と、学校に持っていくお弁当を作るぐらいだ。」


 一日三食のうちの二食分も作っているじゃないか。それはもう得意と言っていい。今度は家庭的な一面を見せてきた。会長のこういう新しい一面を見る度に、なぜ変態なのかと常々思う。キレイで頭が良くて料理もできるっていうのに、どうしてこんな人が出来上がるんだか。


「ではこれで全部だ。どんどん切っていこう。」


 すごい手際の良さで会長が野菜を切り始めた。みるみるうちに野菜の下ごしらえが終わっていく。


「この速さ、嗜みのレベルじゃないですよ!」


「ここしばらくは夜も作っているからな。料理の腕も日に日に上がっているようだ。」


「そうなんですか。両親は家にいないんですか?」


「ああ、両親二人共働きでな。特に最近は忙しいみたいで、家のことは私に任せられているのだ。私一人なら簡単なもので済ませればいいが、弟もいるのでな。栄養のことも考えて手作りでしているのだ。」


 弟がいることも初耳だ。そういえば、変態だとずっと思っていただけで、会長の素性について聞いたことがなかった。会長の話を聞く限りだと、両親二人とも家にいることは少なく、学校で授業を受けて生徒会の活動をしながら、家事と弟の世話も担っているということか。負担が大きすぎると思うが、何か訳ありなんだろうか。人の家庭の事情に口出しする立場じゃないし、教えてくれるまではあまり深いことを聞かないでおこう。気にはなる。しかし、人には言えない悩みもあるだろう。


「ほら、どうした。手が止まっているぞ。」


「あ、はい。」


 会長も苦労しているんだな。生徒会の仕事をして帰ってからも弟の世話。それなのに成績優秀。周りから尊敬されている理由も納得だし、俺もこのことを知って尊敬すべき人なんだと改めて思った。


「ぜひ君もうちにご飯を食べに来てくれ。弟も喜ぶことだろう。」


「そうですね。ぜひとも…え?」


「親がいないというのは不便なことばかりではない。任されているとは自由にしていいと同じようなものだ。だから、君のような男性でも問題なくうちに呼べる。」


 これは女性の家にお呼ばれされているということでいいんだよな。両親がいないことが多くて、家ではいつも会長とその弟の二人。そして、その状況で俺が呼ばれている。家事が大変だから手伝ってほしいといったところかもしれない。だが、ただの後輩と思っているやつを自宅に入れようとするか?しかも会長から誘ってきた。俺が逆の立場だったとしよう。下心も全くなく、異性を自分の家に誘うようなことがあるだろうか。


「いや、絶対にない!」


「ん、何。どうした?」


「あ、いえ、何も…。」


「あと、弟が反抗期真っただ中でな。喧嘩をよくするとかではないのだが、食事中もほとんだ会話がないのだ。そして、食べたらすぐに自分の部屋へ行ってそこから出てこない。私はとてもさみしいのだよ。」


「は、はあ。」


「渡辺君、もうわかるだろ?」


 会長の声のトーンが変わった。これは間違いない。この人、俺に気がある。こんな言い回しをされても気付かないほど鈍感ではない。何だろう。ただの変態だと思っていたが急に愛おしく見えてきた。積極的な人に俺は弱いのだ。


「わ、わかるって…何がですか?」


「もう。意地悪だな、君は。両親は家にいないし、弟はずっと部屋にこもりっきり。一緒に食事をする体で呼ぶが、本番はその後だ。身内が見ていないところで、私の家で私といけないことをする…。どうだ、ぞくぞくするだろう?」


「か、会長!」


「へへへ、どうだった?欲情したか?」


「え?」


 もう少しオブラートに包んでくれ。昼間の林間学習中だぞ。


「い、いや、はやる気持ちは分かるんですけど、時と場所は考えた方がいいと思うんですよ。ほら、雰囲気作りもあるじゃないですか。」


「待て待て。そんなことよりもさっきの私はどうだった?人妻感があっただろ?」


「人妻感?何がですか?」


「いやな、昨日の夜なかなか寝付けなくて、ネットで動画を探していたのだ。そしたら『新婚の同僚の家で、嫁に誘惑されてチョメチョメ』というのを見つけたのだ。これがまた傑作でな。酒に酔った同僚が壁一枚隣で寝ている状況で、できるだけ物音を立てないように愛を育んでいるのだ。しかし、同僚の方が起きそうになりバレるのではないかという場面が多々あってスリル感があり、それを見てすごくゾクゾクした。おかげで一睡もできなかったのだが、今も鮮明に頭に焼き付いていてな。君なら話を分かってくれるだろうと

思っていたのだ。」


「はあ、そういうことでしたか。」


 つまり、途中からアダルトビデオに出てた新婚の嫁の真似をしていたということか。ま、そんなとこですよね。会長の頭の中なんて、どうせピンク色に決まっていたんだ。俺には心に決めた人がいますから。むしろ勘違いだったと分かって安心しましたよ。何を根拠に俺だったら理解できる思ったのか分からないが、あんたと同類ではない。まあ、どうでもいいことだが。…あれ、涙が出てきた。玉ねぎかな。


「これで野菜は全部だな。」


「二人ともー。火起こしできたから早く使ってちょうだい。」


「いいタイミングだな。私は向こうで調理してくるとするよ。」


「分かりました。」


 あれこれ考えているうちに、やることがなくなってしまった。会長と副会長は調理。西園寺はスパイスの調合。役割はこの三人で間に合っているわけだ。今から食器の用意をしても、早すぎて埃がかぶってしまう。さぼりたいわけではないが、野外活動でグループ作業をする時、俺みたいに仕事が無くてさまよう人間は必ず出てくる。というか、何かしら手伝いたいが、うろうろしている方が迷惑をかけるだろう。ちょっと見回りでもするか。


 この場を離れて、生徒会として、学生たちが節度ある活動をしているかの見回りへと向かった。何をするにしても、生徒会と言っておけばそれらしい行動になるということが今分かった。周りから見ればただのさぼりだが。生徒会、便利だな。

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