16,これほど大変だとは想像できない
「暇だなあ。」
他に誰もいないのに、つい声が漏れてしまった。今、林間学習のウォークラリーの最中で、班活動をしている同級生達が来るのを待っているのだが、誰も来ない。孤独には慣れているが、見知らぬ地に来てまで一人っていうのはさすがに堪えるものがある。居眠りでもしたいが、移動のバスの中でぐっすり寝ていたせいで、そんな気分でもない。まあ誰か来たからと言って、お互い話に花が咲くわけでもない。お疲れ様とか、残りも頑張ってくださいとかの業務的な事しか言うことはないし、この暇な状況が俺にとって一番心安らぐのかもしれないな。
「あ。」
遠くの方から四人組の班が来ているのが見えた。ダメだ。緊張する。選挙活動の時は必至だったから割り切っていたが、複数人を前にして話すことはやはり慣れない。ましてや今日、声を発すること自体をあまりしていない。せいぜいバスの中で三喜夫から何だかんだ話しかけられた時に、「ああ」とか「うん」とか「そうだな」とかの相槌ぐらいしかしていない。とりあえず深呼吸でもしておこうか。
「なんかどのクイズも難しいよねえ。めっちゃ時間かかるー。」
「ほんとうちらだけじゃ全然進まなかったよねー。」
「頭がいい人がいて助かったわー。ねえ。」
あの女子三人組、どこかで見たことがある。もちろん深く関わったことなどないが、何かしらの形で会っている気がする。そして、これまた見覚えのある男っぽいのが真ん中に一人…。
「一緒に班組めてよかったー。ね、金城君!」
「俺だけじゃないよ。みんなで知恵を絞って考えたからここまで来れたんじゃないか。」
思い出した。周りにいるのは金城の取り巻きの女子三人組だ。どおりで見覚えがあったわけだ。最初に来たのが金城の班ってわけか。
正直、あの三人組は苦手である。いや、それは向こうも同じだろう。まあ苦手に思われているというより、嫌われていると言った方が正しい。役員選挙で金城を破ったことが原因なのは間違いないが、俺だって必死だったのだからそんなの知ったこっちゃない。だが、こんな思いは口が裂けても言えない。女は怖い。特にグループになると何十倍にも怖くなる。高校生活を長く穏便に過ごしていくためにも、この人たちに関しては見て見ぬふりをするのが無難だ。
「あ。」
俺との距離が数メートルになった辺りで、金城がこっちに気付いた。あ、じゃねえ。こんな間近になるまで気付かなかったのか。この中継ポイントを目指して歩いてきたはずだろうに。それだけ疲れているのか、はたまた男の姿が目に入らないようになっているのか。相変わらず、いけ好かない奴だ。
「やあ、渡辺君じゃないか。ずっとここにいるのかい?」
「ああ、生徒会の仕事でな。みんながウォークラリーを回れているかこの中継地点で確認をとっているんだよ。ちなみにお前の班が一番乗りだ。クイズの答え合わせをするから答案用紙を見せてくれ。」
「そっか。やっぱりここがゴールじゃないんだな。」
「あと三人が中継ポイントで待機してるよ。」
「それは骨が折れるな。早いところ終わらせないと。」
「ほらよ。答えは全部合ってたぞ。一位の班は景品があるみたいだから頑張ってくれ。」
「景品ね。中身は知っているのか?」
「それは結果が出てからのお楽しみだ。ほら、早く行ったほうがいいぞ。」
「そうだな。それじゃ、君も頑張ってくれよ。」
そうだ。早く行ってくれ。お前の取り巻きが鋭い目でずっとこっちを見ていて、気になって仕方がない。女子から一度嫌われてしまうと挽回するのはほぼ不可能だ。こうなってしまったら彼女たちと顔を合わせるのは出来る限り短時間にして、近くにいたら空気となって通り過ぎるのが一番いい。
それにしても、金城は意外にこういう学校行事は苦手なのだろうか。あまり楽しんでいるようには見えなかった。俺からしたら慕われる女子たちと一緒に周れるなんて羨ましい。いや、むしろ妬ましい。
さてと、また一人か。来たのが金城だったとはいえ、退屈しのぎにはなった。一班来たら立て続けに来るだろうから、気を引き締め直して待つとするか。
「うわーーーん!うわーーーーん!!」
「な、なんだ?!」
さっきまで草木の揺れる音と鳥の鳴き声があって、のんびりしていたのだが、その音を打ち消すかように尋常じゃない大きな泣き声が聞こえてきた。
「うわーーーーん!!うわーーーーーん!!!」
段々とこっちに近づいてきている。遠くに見えるが、シルエット的にも恐らく幼稚園児だろう。まあ、ショッピングセンターやこういうところで子供が泣きじゃくってる理由は、だいたいが親と離れて迷子になっているとかだ。
「うわーーーーーん!!!うわーーーーーーん!!!!」
髪の長い女の子である。そんなに泣いているのに、何でこの子は立ち止まらずに目的地もなく歩いているんだ。この辺りには俺しかいない。困ったな。実を言うと、子供は苦手なのだ。静かでおとなしい子なら見ているだけでいいし可愛いと思えるのだが、人によくちょっかいを出して騒がしくしている子や今みたいにワンワン泣いている子に対しては関わりたくない。
ああ、もう少し遅く金城たちが来ていたら任せれたのに!女子に人気のあるあいつならたぶん子供に対しても慣れた対応ができたに違いない。取り巻きの女子三人組も金城の前でいいところを見せようと躍起になっていたかもしれないし。今からでも引き戻しに行こうか。
「うわーーーーーーん!!!!うわーーーーーーん!!!!!」
とうとう目の前にまで来てしまった。この子も俺に気づいたのだろうか。足を止めてその場で泣き続けている。この状況で声をかけなかったら人間じゃない。行くしかないな。
「どうしたんですか?迷子になったんですか?」
「うわーーーーーーん!!!!うわーーーーーーん!!!!!」
いかん。こんなに小さい子であっても話しかけるときは緊張してしまう。こういう時、どういう言葉をかければいいのか全く分からない。
「あ、そうだ!」
バスの移動時間に食べる用で持ってきたおやつがあったんだった。ずっと寝ていたから手を付けていないお菓子がたくさんあるはず。そういえば、動物ビスケットといういろいろな動物をかたどったビスケットのお菓子を持ってきていた。今の状況で、まさに最適なお菓子じゃないか。これで少しは時間稼ぎができる。
「よし、ちょっと待っててくれよ。」
ゴソゴソとカバンを漁ると…あった!銀色の袋に包まれたビスケット。こんなに光り輝いて見えるとは!早く開けて楽しませてやろう。
「じゃーん。これは何の動物でしょう。」
「…なに?」
「正解はな…。」
正解は…何だ?これはいったい何の動物だ?どこがどの形なのかが全く分からん。お菓子の箱にはもちろん書いてあるのだろうが、昔からの癖でカバンにお菓子を入れる時、かさばるのが嫌だから外箱だけ捨てて持ってきてしまっているのだ。これはもう想像するしかない。
「これは...。」
楕円の形をベースにして両端に突起が三つずつ付いている。やばい。全然見当が付かない。しかし、このまま考え込んでいると、またこの子が泣き出してしまう。何かしら言わないと間がもたない。
「カ、カニだよ!カニ!」
「…カニさん?…カニさん!あは、あははは!カニさん!」
通じたのか?ま、まあ結果オーライだ。泣き止んでくれたのならそれでいい。しかし苦し紛れに言ったわけだが、これをカニだと思ってくれるんだな。やっぱり子供はよく分からん。
「ほら、カニさんいっぱいいるぞ。全部食べていいからな。」
「これカニさんじゃないよ。だってハサミがないもん。」
分かってたんかい。さっきのは喜んで笑っていたんじゃなくて、俺が言ったことが面白おかしくて笑っていたみたいだ。そっちがそういう姿勢なら、こっちだってその喧嘩を買ってやろうじゃないか。
「じゃあ、君には何に見えるんだ。分かるんなら答えてみろ。」
「これはカメさんだよ!」
「カメ?」
「これが頭でこれがしっぽ。足も四つあるもん。」
な、なるほど。確かに一理ある。そうなると、楕円形なこの形は甲羅ってことか。いや、納得してはダメだ。こんなに早く負けを認めるわけにはいかない。よく見てみろ。足の位置が頭と尻尾に近すぎて違和感がある。これが足だと言うなら、もう少し横にあるはずだ。その点を踏まえると、俺のカニさんの予想の方が合っている可能性は高い。ほら、横にして見てみるとこれはもうカニさんだ。
「カメさんにも見えるけど、やっぱりこれはどう見てもカ...。」
「お兄さん!お菓子くれてありがと!」
「お、おう。…おいしいか?」
「うん!おいしい!」
「そうか。…それは良かった。」
ムキになっていたのは俺だけだったみたいだ。確かにカニさんだろうがカメさんだろうが、今はどうでもいい話だ。とりあえず、大泣きしていたこの子を落ち着かせることができた。それで十分だし、それがそもそもの目的だった。そう、この動物ビスケットはただのアイテム。正解なんてなんでもいいんだ。よかった。ありがとう、カニさん。
「ところで、君は何で泣いていたんだ?一人で来たわけじゃないだろう?」
「おかあさんと一緒に来てたんだけど、はぐれちゃったの。」
「そうか。名前は?」
「リン。」
「リンか。最初はどこで遊んでいたんだ?」
「スペース広場でボール遊びしてた。」
スペース広場だとここから歩いて十分ぐらいってとこか。持ち場を離れるのは良くないかもしれないが、この子と二人でずっとここにいるのも具合が悪い。道中で班の人たちとばったり会うこともあるだろうし、緊急事態なんだから問題はないはずだ。
「よし。とりあえず、スペース広場に戻るか。お母さんが待っているかもしれないしな。歩けるか?」
「うん!お兄さん、お名前は?」
「お。俺か?…渡辺だ。」
「わ、た…あ…ん…?」
「…ケントだ。ケントって呼んでくれ。」
「わかった!行こう、ケント!」
おいおい、呼び捨てかよ。親戚の子供でもお兄さんって呼んでくれるのに。だが、そんなことも言わせてくれない勢いで、小さな両手が俺の指を握ってきた。動物ビスケットのおかげで、リンは心を開いてくれたようだ。女子と手をつなぐことは慣れていなくて緊張するが、その積極的な気持ちには応えることとしよう。
「そういえば、どうしてお母さんと離れてしまったんだ?一緒に遊びに来てたんだろう?」
「一緒にボール遊びしてたんだけどね、ユウジくんのおかあさんが来て途中で遊ぶのやめちゃったの。そしたらカエルさんを見つけて追いかけっこしていたら、おかあさんがいなくなっちゃったの。」
つまり、お母さんが目を離している隙に他のものに気を取られて迷子になったってことか。今頃この子のお母さんも気づいて、必死に探し始めているかもしれない。お母さんが広場を離れてしまう前に、急いで向かった方が良さそうだ。
「あ、カエルさん!」
「え?」
いきなり俺の指からリンの手が離れて、まっすぐ走っていってしまった。この子、目についたものに何でも飛びついてしまうみたいだ。こうやって迷子になったのか。急がないといけないのに、これは困った。しかし、カエルと言っていたな。そんなの近くにいたか?気配も音も何も感じなかったが。そうこう言っているうちにリンの姿がかなり遠のいてしまっている。早く追いかけよう。




