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10,役員選挙なんて聞いていない

「この書類はこう書いたほうが分かりやすいよ。」


「ほんとだ。なるほどな。」


 生徒会での作業はこんな感じだ。普段は庶務の仕事で、各教室の古くなったほうきの入れ替えをしたり生徒会室の事務用品の補填をしているが、手が空いたら西園寺の書類関係の仕事を手伝っている。


 先日、全校集会で生徒会の紹介スピーチがあり、いつも通り表向きのいい会長が猛々しく壇上で話をしていたのだが、その時の原稿も西園寺が作っていた。昔から文章を書くのが好きなのだそうで、それが会長を通して全校生徒に届けられていることがとても楽しくて、やりがいがあるらしい。


 ただ、他にもすることがたくさんあるそうだから、少しでもその負担を減らそうと俺も手伝いをしているというわけだ。俺は、文章を書くのはそれほど得意ではないが、時々西園寺に教えてもらいながら、邪魔にならないよう勉強も兼ねて一緒に作業している。こんな風にして幸せな日々を送らせてもらっている。


「みんな、重大なことがある。」


 ガラガラと扉を開けてくるや否や、会長が神妙な面持ちで言ってきた。


「どうしたんですか?いきなり。」


「…二年ぶりに役員選挙が行われることになった。」


「なんだ、そんなことですか。人数が増えるのはいいことじゃないですか。僕らも同級生は多いほうが心強いですし。でも、選挙するほど立候補者がいるなんて嬉しいことですね。どの役職が定員オーバーしたんですか?」


「いや、立候補者は一人なのだが、その子も庶務希望らしい。」


「え?それってつまり…」


「君かもう一人、どちらかが生徒会に入れないということだ。」


 愕然とした。これから西園寺と二人三脚で支えあっていけると思ってたのに、邪魔してくる奴が現れるなんて。


「でも、仕事量は多いんだから、俺とそのもう一人で庶務をやればいいじゃないですか。」


「渡辺君、こんなことを言うのは良くないのだが…。雑用は二人もいらぬのだ。」


 本当に良くないことを言ったぞこの人。ひどい…。救ってあげた恩を忘れたのか。まあ会長自身、救ってくれたとは思ってないだろうが。


「入ってくれと頼んだにも関わらず、こんなことになって申し訳ない。だが、生徒の投票によって当選者が決まるから、私たちが操作することはもちろんできないのだ。」


 それはそうだ。不正はあってはならない。そうか。選挙になるのか。確かに、横井さんたちに追いかけられて最初は嫌々加入した生徒会だったが、抜けるとなると話は変わってくる。少しずつ仕事も覚えてきたし、何より西園寺がいる!せっかく仲良くなれたんだ。おとなしくこの座を譲るわけにはいかない!


「やってやりますよ…。負けてられるか!庶務にふさわしいのは俺だってことを証明してやる!」


「話は聞かせてもらったわ。」


 開いた扉の方に目を向けると、不敵な笑みを浮かべた横井さんが立っていた。いつからいたんだ。


「私はあなたに生徒会に入ってほしい。無理やり勧誘したのは私だしね。私が責任をもって、あなたが当選するよう協力させてもらうわ。」


 こんなにすぐに声を上げてくれるなんて、涙が出そうだ。この人のせいで生徒会に入ったのは間違いないが、西園寺と仲良くなるきっかけを与えてくれたともいえる。横井さん、いや、副会長!最初はめんどくさい女だと思っていたが、あなたはいい人だ。


「うむ。選挙は二週間後。それまでアピールの方法は自由だ。くれぐれも度が過ぎないようにな。」


「分かりました。じゃあ渡辺君、明日から早速始動するわよ!」


「はい!副会長!」


 そう言って、俺と副会長はぐっと力強く握手を交わした。


「じゃあ先に帰るわね。明日の放課後すぐにここに来るように。」


 足早に副会長が去っていった。頼もしかったが、いったい何をしにここに来たんだ?滞在時間数分だったぞ。何の用事もなかったのか?


「私たちもそろそろ帰ろっか。」


「お、おう。そうだな。」


 難しいことを考えるのはやめよう。今から西園寺と帰れる。それだけだ。書類仕事をパパっと片付けて、一緒に帰路へと向かった。


 次の日。


「選挙までにどれだけ存在を示せるかが肝心だと思うの。そのための作戦第一がこれよ。」

会って早々副会長が俺を当選させるための作戦を提示してきた。


「こ、これは、」


 副会長が懐から取り出したのは俺の顔がでかでかと乗ったポスターだった。「真面目で誠実」とか、「この学校のために尽くします」とか大きい字でそれらしいことを書いてある。


「なんですかこれ!聞いてないですよ!しかも、これ昨日一日で作ったんですか?!」


「ええ。これを学校のいたるところに貼るのよ!嫌でも渡辺君の顔をみんなが覚えるわ。」


「嫌でもって、こんなの悪目立ちするだけじゃないですか!ていうか、いつの間に俺の写真を?!」


 そうだ。今まで副会長にカメラを向けられた覚えはない。なのにすごいカメラ目線で、自分で言うのも恥ずかしいが、さわやかな笑顔を見せている。いい写真ではある。全く覚えがないんだが。


「ふふ、あなたの友達に協力してもらったわ。すごく協力的な子だった。」


 分かった。あいつだ。俺の写真を持っていて、こんなことに前のめりで協力するような友達、一人しかいない。いや、すまない。見栄を張った。友達と呼べるようなやつは三喜夫しかいません。


 後から聞いたところによると、このポスターの素材、中学校の卒業アルバムに乗っている個人写真のやつを使ったらしい。副会長から俺の表向きのいい写真を持っていないかと聞かれたときに、卒業アルバムを持ってきて手渡したそうだ。こんな恥ずかしいことがあるか。同じ母校出身ならともかく、親にもあまり見られたくない中学生の時の自分の姿を全く関係のない人に見られるなんて。絶対に笑われてるじゃねえか。


「大事なのは知名度を上げることよ。どんな形でも、見たことがある人だったり話題性のある人には票を入れたくなるものなの。」


 そういうものなのか?イメージが悪い人には票を入れないと思うぞ。


「しかしこの一日でこんなクオリティの高いものを作るなんて...。」


「二週間しかないからね。思い立ったらすぐ行動よ。じゃ、これを全部貼りに行きましょうか。」


 それから副会長手作りのポスターを張れるところ全てに貼りに行った。


 張り終えて廊下などを歩いていると、意識していなくても俺の顔が目に入ってくる。確かに嫌でも覚えるだろうが、こんなに貼っていいのか?


「やっぱり恥ずかしいですよ。」


「これも選挙に当選するためよ。生徒会に残りたいんでしょ?」


 生徒会に残る。つまりは西園寺のためということだ。仕方がない。たった二週間我慢すればいい。


「もちろんですよ。当選のためなら何でもやります!」


「あれ、あの人ポスターに乗ってた人じゃない?」


 お、さっそく効果が出ている。指をさされているのが気になるが、これは副会長の作戦が当たりだってことか。


「よく自分の顔を学校中に貼れるよね。私だったら恥ずかしくて学校歩けないよ。」


「だよねー。自分の顔に自信あるのかな。」


「ていうか庶務の選挙だよ?ここまでするほどしたい役職?」


「確かにー。」


 そう言って女子2人組が歩いて行った。ダメージをかなり受けた。正直もうすでに瀕死状態だ。...我慢だ、我慢。


 そして次の日。


 俺は朝に校門前で『庶務候補渡辺剣人』という、たすきをかけて挨拶をしていた。


「おはようございます。」


「おはようございます。クスクス。」


 このたすきと昨日張ったポスターのせいだろうな。いろんな奴らが俺を見てクスクス笑いながら登校している。


 これは副会長の作戦第二弾らしい。「ポスター作戦は顔を覚えてもらうことが狙いだったけど、今回の作戦は早起きして元気よく挨拶して生徒たちを迎えることで、真面目さとさわやかさをアピールすることが目的よ。」とのことだ。名付けて、さわやか挨拶作戦。だが、選挙日まで早起きし続けなければならないこの作戦、始業のチャイムまでに間に合えばいいという考えの俺には苦行だ。


「渡辺君、声が出ていないよ。前を向いて声を張って。」


 いつも開始のチャイム五分前につくようにしていたから、眠たくて仕方ない。だが、そうも言ってられない。これも生徒会に残るためだ。体に鞭を打って頑張るしかない。


「おはよう。精が出るな。」


「あ、会長。おはようございます。」


 会長は朝でもキリっとしている。キリっとしているが、今、始業のチャイム五分前だ。登校ギリギリだ。平然を装っているが、少し息づかいもハアハア言っているように聞こえる。


「会長、もしかして寝坊しました?」


「いや、寝坊ではないぞ。いつもこの時間に登校している。」


「え?いつも?」


「実はさっきまで走ってきていたのだが、このギリギリ間に合うか間に合わないかを攻めるのが私の日課なのだ。もちろん遅刻はいけないことだが、もししてしまった場合でも、担任の先生から『生徒会長なのに情けない。やめてしまえ役立たず。』と言葉攻めを頂けることだろう。考えるだけでもゾクゾクする。まあ、遅刻したことはないがな。」


「あんたって人は...。」


 うちの生徒会長は朝になってもブレない。そして安心しろ。そこまで言う教師はこの学校にはいない。さっき頑張るぞと決意したところなのに、学校生徒の長がこれだとこっちの気持ちがブレてしまう。


「では、私は行くぞ。」


「私たちもそろそろ戻りましょうか。」


「は、はい。」


 こうして朝が終わった。

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