第6話 寝屋の日(1)
皇子宮に囲われた令嬢たちは今日も華やかな装いとともに、互いの様子を探り合っていた。
その中でも約1か月遅れで迎え入れられたヴィクトリアには特に強い関心を集めた。
後宮に来て1週間ほど経つが、すれ違いざまにわざと聞こえるような声で牽制をする令嬢もいた。
部屋で午後のティータイムを過ごしていたヴィクトリアに宮中の様子をマリーは報告した。
「えっと…セレス嬢は『地方令嬢のドレスは価値の低いビンテージね』と昨日部屋で話しており、ディアナ嬢は『侍女を一人貸して差し上げた方がよろしいかしら』と朝食時で話していたそうで、ぺルラ嬢は『噂になるほどの美人じゃないわね』と鼻で笑い、隣の部屋のソレイユ嬢は『海臭さがうつるから窓を閉めてちょうだい』とおっしゃったそうです。他にもまだまだ…」
「もう十分よ、マリー。」
私は額に手を当てながらマリーを制した。
そろいもそろってまぁ出てくる。
私は呆れたように軽くため息をついた。
でもそれもそのはず。
これは皇子宮に入って分かったことだが、どうも誰一人として皇太子から手を出されていないようなのだ。今までたくさんの浮名を流してきた皇太子だが、正妃ともなるとさすがに慎重になっているのかもしれない。
すぐにカティーサーク皇子に抱かれると思っていた令嬢たちの落胆と苛立の矛先が、まだ「寝屋の日」を迎えていない新しい令嬢に向かうのも無理はない。
とは言っても私にとっては渡りに船だけどね。
どうせなら手をつけられないまま妃候補から外れたほうが結婚相手を探しやすいもの。
私はさっぱりとした香りのミントティーを口に含み、くりっとした丸い目のマリーを見た。
「それにしてもそんな情報を一体どこから仕入れてくるの?」
「それはもちろん宮中の使用人たちですわ。ご令嬢方や皇太子様のご様子は注目の的ですもの。誰が正妃になるのかも含めて始終話していますわ。特に女性はおしゃべりな生き物ですから。」
マリーはにっこりと笑った。
「それはそうとお嬢様。私、侍女長から預かったものがあるんです。」
「侍女長から?」
私は嫌な予感しかしなかった。
マリーの手から差し出された封書を開け、中身を開けた。
― 6月15日をヴィクトリア嬢の「寝屋の日」とする。 ―
6月15日といえば明日じゃない!
マリーの言った通りになったと思った。
思ったより本当に早かったわ…。
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次の日の朝、マリーはいつにもまして慌ただしくしていた。
使用人たちにあれこれと指示を出しつつ、どのアロマオイルにしようかと吟味していた。
私はどうせなにも起こらないのだからいつもの通りでいいと言ったが、マリーはそうはいかないと頑として譲らなかった。
こんなことなら侍女をもう一人連れてくるべきだったかもと少し後悔をした。
結局念入りに肌にオイルを塗りこまれ、レースのあしらわれた白いナイトドレスを着させられた。
宝石がはめ込まれた品の良いネックレスとブレスレットを着け、薄手のガウンを羽織った。
そして案内されるがまま私は皇太子の部屋に入り、ソファに静かに腰を下ろした。
いつ来るかわからない皇太子を私はただ静かに待った。




