第40話 モナルカ嬢の最期
カティーサークが尋問室に到着するとある人物がそこで待っていた。
さすがに耳が早い…。
彼はその人物を見るやすぐに隣の部屋に案内し、また尋問室に戻った。
そしてあの女が来るのを待っていた。
あの女…そう、モナルカを。
ほどなくして部屋のドアが開きあの女が入って来た。
彼女は微笑みを浮かべながら部屋の椅子に腰かけた。
「殿下がお呼びだと聞きましたので参りましたが、まさかこの部屋に呼ばれるとは思っていませんでしたわ。」
「そうか?俺はてっきり心当たりがあると思っていたんだが。」
白々しい女だ…。
俺はそう思いながらチャンスを一度与えることにした。
「今すべてを白状し解毒薬を差し出すならお前の命だけは助けてやらんこともない。」
するとモナルカはふっと小さく笑い、口元を扇子で隠した。
「殿下が何をおっしゃってるのかわかりませんわ。まるでヴィクトリア様が倒れたのは私のせいみたいに…。しかも解毒薬とは何のことです?毒でも盛られていたというんですか?」
彼女はわかるはずがないと思っていた。
どうやって毒を盛ったか。
まさか自分たちも一度はその毒を口にし、後で解毒薬を飲まされたなど到底考えないだろうと。
そして彼女は次にとんでもないことを言い出した。
「もしヴィクトリア様が毒を飲んでいるのだとしたら、それは自殺…を計ったのでは?殿下には申し上げにくいですが彼女は他の男性貴族の方と親密なようでしたし、殿下には反抗的な態度を取っておりましたわ。もしかするとその親密な他の方と結ばれたい一心で自分で服毒したのですわ。」
扇子で隠れて口元は見えないが、彼女の目は確かに笑っていた。
カティーサークはそんなモナルカの表情を見て怒りに震えた。
自殺…だと?
この期に及んで自殺だと言いたいのか。
しかもレイヴン侯のことを持ち出して…。
さらに彼は「親密」という言葉に、以前温室で二人がダンスをしていたのを思い出し腹にどす黒いものが渦巻くのを感じた。
「はは!自殺?突然何を言い出すかと思えば…。彼女が自殺などするはずがない。」
「なぜそう言い切れるのです?現に殿下との『寝屋』から逃げたではありませんか。」
俺はモナルカを睨めつけながら声を荒げた。
「彼女は絶対に自殺ではない。なぜなら毒を吸収されにくくするための薬をあの茶会前に飲んでいたのは彼女自身だ!自殺を考える者がそんなもの飲むはずないだろう!」
モナルカは目を見開くと明らかに動揺している様子だった。
俺は畳みかけるように話続けた。
「あとすでに毒の混入方法もすべてわかっている。厨房には食いしん坊なヤツがいてな…。そいつがケーキの材料で用意してあった美味しそうな赤い果実があったからつまみ食いしたそうだ。そしたらものすごく酸っぱくって吐き出したらしい。」
俺が話しを続けるほどに、モナルカの顔は青ざめていった。
彼女は手の震えが収まらないのか、手を握り一生懸命抑えようとしていた。
「そう言えば君が出してくれた特別な果実を使ったシフォンケーキも酸味が効いていたな。てっきりレモンを使ったものだと思っていたが違ったようだ。薬に詳しい者に聞いたらすぐにピンときていたよ。」
そして俺は恐ろしいほどの冷徹な声でその実の名前を口にした。
「ユグリの実。」
するとモナルカは全身をガタガタと震わせ、持っていた扇子を落とした。
「赤ユグリの実はただの酸っぱい実だが一つだけ使い道があるんだってな。それは黒ユグリの毒を中和する効能だ。黒ユグリの実は強い毒性があり他の解毒薬は一切効かないそうだが、赤ユグリの実だけはそれを消す効果があるらしいじゃないか。」
俺は冷たい視線を送りながら微笑みを浮かべた。
「君がヒントをくれたことと、つまみ食いしたヤツに感謝しなくちゃな。正直それがなければ何の毒かわからずに彼女は死んでいたよ。まぁ今頃は解毒薬を処方してもらっている頃だがな。」
モナルカは椅子から転げ落ちるように床に膝を落とすと、頭を下げ態度を一気に変えた。
「も…申し訳ございません。私はどうしても正妃になりたくて…お許しください。どうか。命だけは…。」
モナルカは恐怖と悔しさが混在した状態で床にへばりつき、命を助けてほしいと乞うた。
ヴィクトリアがすでに死んでいれば死罪は間違いないが、生きているなら話は別だ。
いざとなれば自分の父親の力を借りて命だけでも助けてもらおうと思っていた。
しかし、その希望は次の瞬間絶たれた。
隣の部屋のドアが開き、そこから一人の人物がゆっくりと入ってきた。
そしてモナルカの前に立ちはだかると、彼女を見下ろしながら冷たく言い放った。
「見苦しいぞ、モナルカ。」
モナルカはその声にすぐに反応した。
効き間違えるはずがない。
その声は…。
「お父様…。」
彼女はぐちゃぐちゃになった顔で父親を見上げた。
彼はそれを一瞥すると、カティーサークの方にくるりと姿勢を向けた。
「殿下…。すべて話は聞かせていただきました。この者の不始末は私にお任せください。」
カティーサークは一瞬ためらったが、ファウスト公の冷酷な瞳にある覚悟を読み取った。
「お前に任せて良いのだな?」
「ええ。お任せください。殿下にとって悪いようには致しません。」
カティーサークはファウスト公の目をまたもじっと見たあと席から立ち上がった。
「では、お前に任せる。報告を後でしろ。」
「寛大なお心に感謝いたします。」
そうしてカティーサークは部屋から出ると衛兵に見張りを頼み、彼は執務室に戻って行った。
一方、部屋に残された父ファウストはゆっくりと娘の方を振り返った。
モナルカはその時助かったと安堵した。
お父様が助けてくれた、と。
そしてぐちゃぐちゃだった顔に再度微笑みを浮かべて父親の方を向いた。
「お父様…。」
すると彼は醜いものでも見るような目つきで冷ややかに言った。
「お前はもう私の娘ではない。」
そうして彼はポケットから小さな小瓶を取り出し彼女の前に置いた。
彼女はその小瓶に何が入っているか言わなくてもわかっていた。
父親は自分が部屋を出た後、それを飲むようにとだけ付け加えた。
そしてファウスト公は部屋から出て行った。
一人部屋に残されたモナルカは自分の前に置かれた小瓶を見つめた。
私は…。
私は…お父様に…。
震える手で小瓶を手に取ると、静かに口をつけゴクリと飲んだ。
部屋の外で待機していたファウスト公は、中でバタンと人の倒れる音を聞いた。
そして静かにその場を立ち去った。
数時間後、カティーサークの下に一つの報告が届いていた。
モナルカ嬢は部屋で自殺を計り死亡した…と。
さらにこう付け加えられていた。
正妃に選ばれたかったがその願いが叶わないと知り、お茶会で自殺を計るため毒を仕込むも誤ってヴィクトリア嬢の紅茶に入ってしまった、と。
そこには解毒薬のことなどは一切書かれていなかった。
あくまでヴィクトリアが毒を飲んでしまったのは、彼女が自殺を計るために起こった事故だと言いたいらしい。
俺は報告書をくしゃっと握りしめながら、これが最善の終わらせ方だと言い聞かせた。
ファウスト公が自分の娘の命を差し出したのだ。
これ以上望む訳にはいかない…。
こうして一つの決着を迎えた彼はヴィクトリアの部屋へと向かって行った。
数日後モナルカの遺体は実家に運ばれ、ひっそりと葬儀が済まされたという。
次話で完結を迎えます。
本日23時更新予定。




