第38話 死のお茶会(2)
丸いテーブルの上には次々と美味しそうなクッキーやカステラなどのお菓子が運ばれ、それぞれの席の前にはティーカップが用意された。そしてティーポットからこれまたすばらしい香りのする紅茶がティーカップに注がれ、ヴィクトリアの嗅覚を楽しませた。
美味しそうな香りに早く口をつけてしまいたかったが、私は飲まずにただ微笑んでいた。
なぜなら今日のお茶会に関して少し警戒していたからだ。
この前のメアリーの件でつくづく自分の立場がいかに危険であるかを理解した。
それゆえ皇太子に相手にされていないモナルカ嬢がどう出るかわからず、私は彼女の様子を探っていたのだ。確実に私は恨まれているに違いないからこそ、慎重に行動しようと決めていたのである。
そしてそれは彼も同じようだった。
カティーサークも香りを楽しむ様子をしながら、モナルカ嬢の様子を窺っていた。
するとそんな二人の様子を見て、モナルカ嬢はさも不思議そうに紅茶に口をつけた。
「どうしましたの、お二人とも。こんな良い香りの紅茶は初めてですわ。味もとてもすっきりしていて美味しいですわね。」
彼女はにっこりと微笑んでいた。
私は彼女が口をつけたことで安心したと同時に、毒など盛ってないだろうかと疑心暗鬼になっている自分に嫌悪した。
こんな目立つ状況でそんなことするはずないかと少し気を許してしまった。
私は注がれた紅茶に口をつけた。
「本当にとても美味しいですね。この香りも鼻に抜けて何とも言えない後味を残してくれますね。」
私もにっこりと微笑んだ。
カティーサークもまた紅茶に口をつけ、味を堪能しているようだった。
そうして私たち三人はそれぞれ二杯ほど紅茶を飲み、香りと味を楽しんでいた。
しばらくしてモナルカ嬢が急にパンパンと軽く手をたたいた。
すると宮殿の方から給仕が何やら運んで彼女とカティーサークの席の前にお皿を並べた。
私の分はなかった。
「こちら私が用意したケーキなんですけれども、是非殿下に食べていただきたくて持って来させましたの。王都ではなかなか手に入らない果実を使用したものですわ。どうぞ。」
彼女はにっこりと微笑んでいた。
私は彼の方をじっと見ていた。
そしてカティーサークはお皿の上にのせられたシフォンケーキを少し眺めてゆっくりと切った。表情にこそ出していないがきっと内心は緊張しているに違いなかった。
カティーサークはケーキを一口食べると「とても美味しいよ。ありがとう。」と彼女に微笑んで見せた。
彼女もまた皿の上のケーキを切って、一口、また一口と食べていた。
私はその様子を見てこんなに露骨に嫌がらせされるのは久しぶりだと思った。
モナルカ嬢とは今まですれ違いこそすれ、一度も話したことがない。
一体どんな令嬢なのかわからないが、ただ一つ言えるのはどの令嬢よりも家柄がいいということだ。
ファウスト家は昔から王家に仕える公爵家で信頼も厚い。その一族は国の重職についている者も多く、その中でも彼女の父は貴族院のトップだ。よほどのことをしない限りその娘の愚行が咎められることはない。だからこそこれだけ強気に出れるのだ。
私は二人がケーキを食べながら話をするのをよそに、先ほどの紅茶を飲みながら噴水の方を眺めていた。
今日は本当に穏やかな天気で風も気持ちい。
そう思いながら視線を戻そうとした瞬間、視界がぐにゃりと曲がった。
指が小刻みに震え力が抜ける。
持っていたカップは重力に従ってそののまま落ち芝生の上に転がった。
そして私もまた体から生気が抜けるように態勢が崩れた。
まるでスローモーションのように世界が反転し私の目の前にカップが転がっていた。
胸に激痛が走るとともに視界がだんだんと暗くなっていく。
「・・・・リア!」
遠くで誰かが何か言っているが、全くわからない。
何だか頭が急に重くて、暗くて、音が消えていく。
「・・・トリア!!」
私の体を誰かが…。
声が…誰かが名前を呼んでいる。
でも、私の目も耳もそれ以上捉えることが出来ない。
私はそのまま深い闇に落ちていった。
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それは突然起こった。
カティーサークはモナルカ嬢から出されたケーキを口に運びながら、彼女のご機嫌を取っていた。
今まで相手にしなかった分相当怒りがたまっているのか、露骨にヴィクトリアの分だけケーキを出さなかった。最初は毒でも入っているのかとまたもや疑ったが、彼女も食べているところ見るとそうでもないらしい。
今日は彼女の溜飲を下げてもらうためにも出来る限り相手をしようと決めていた。
そしてこの茶会が終わったらファウスト公も呼び、丸く収めようと思っていた。
しかし、それは遅かった。
すでに彼女の怒りは周りが思うよりも前に限度を超えていた。
そして事は起こってしまったのである。
隣で静かにしていたヴィクトリアが突然、椅子からずり落ちるように地面に倒れたのだ。
「ヴィクトリア!」
俺はすぐに駆け寄りヴィクトリアを抱きかかえた。
そして彼女の名前を何度も呼び続けた。
「ヴィクトリア!!」
しかし彼女は起き上がることもなく、目を閉じだらんとした。
彼女の目は耳はもう何も捉えることが出来ないようだった。
…うそだ。
こんなのは嘘に決まってる。
さっきまで微笑んで…。
つい最近まで俺と一緒に笑って、恥ずかしそうにして…。
これから俺のこともっと好きになるんじゃないのか。
俺の夢を叶えてくれるんじゃないのか。
俺は気づいたら頬に涙が伝っていた。
そしてそれは止まることはなく、彼女の頬に首にぽたぽたと垂れていた。
それでも彼女は何も感じないのか動かなかった。
俺は彼女を抱きかかえすぐに王宮医師を呼ぶようサグレスに命令した。
そしてアレックスとクロンにこの場を任せ、俺は彼女を部屋へ運び静かにベッドへ寝かせた。
ほどなくして医師とサグレスが部屋に駆けつけた。
そして医師は俯きながら俺に告げた。
「毒に侵されているようです。せいぜいもってあと三日でしょう。」
彼女が…
ヴィーが…死ぬ?
俺の中で受け入れられない現実がその場で立てなくした。
床に膝をガクッとつき、俺は真っ暗になった。
項垂れた俺をサグレスが支えていた。
「殿下…。」
俺は青白くなった彼女を見て、そして医師を見た。
「何か…何かないのか。彼女を助けられるなら何でもする。頼む…。」
医師は首を横に振り、しばらく黙っていた。
そして一縷の可能性を口にした。
「せめて何の毒かわかれば…もしかしたら。」
俺はその時、彼女に毒を盛った人物を一人しか思い当たらなかった。
モナルカ…。
彼女ただ一人だった。
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モナルカはヴィクトリアが倒れるその様を視界にはっきりと捉えていた。
何が起こったかわからないという恐怖に満ちた顔を…。
殿下は彼女がドサッと倒れる音と共に駆け寄っていた。
私は何が起こったのという顔でその場を立った。
必死に彼女の名前を呼ぶ殿下を見て、私は心の中で微笑んだ。
終わったわ。
絶対に助からない。
致死量を計算してあるもの。
ただ彼女が倒れた後も息が続いているのが不思議だった。
おかしいわね。
そんなにもつはずないんだけど…。
小さな違和感を覚えつつ、彼女の最後の生命力の強さに驚いていた。
そして運命の扉が開くのを感じた。
私は侍女とともにその場を去り、一人、部屋で必死に声を押し殺しながら笑った。
これほど笑った日があるだろうか。
こんなにも最高にいい気分の日はなかった。
私はこれから起こることを想像しながら、ゆっくりとベッドに入った。
今日は久しぶりにいい夢が見れそうだわ…。
私はロケットペンダントを握りしめながら深い眠りへと落ちていった。
何とか間に合いました(><;
今日は少しギリギリだったので焦ってしまいました。
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