第33話 夢幻の果てに手に入れたもの
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カティーサークはこれは夢なんじゃないか…と思った。
俺の目の前で、満月よりも綺麗に輝く金の瞳が揺らめきながら「わたしがほしいか」と甘く囁いている。
あの媚薬は幻覚まで見せるのか。
こんな近くに来ちゃダメじゃないか…。
必死に堪えてるのに。
これが現実だったら俺がどうしたいかなんて決まってるじゃないか。
「っ…欲しい。欲しくてたまらない。」
俺は絞り出すようにして声を出した。
狂おしいほどに愛おしい。
無理やりにでも君を奪おうとしたのに、こうやって君から近づいて来られると怖気づくなんて。
何年も待ったんだ…。
君に会ったら優しくしてあげたかった。
優しくして、俺のことを見てほしかった。
俺だけを…。
なぜ君は逃げないんだ。
俺を求めるように首筋に触れるなんて、夢の中だけじゃないか。
そうやってキスを求めるのはいつだって俺以外の男じゃないか。
そんな甘い声で囁いたって…。
「なら、あげます。好きにしてください、殿下。」
…俺は夢を見ているんだろうか。
この「小さな湖」で何度となく君の姿を想像して、話しかけるのを夢に見た。
他の令嬢を見て君がどんな風に成長しているのか想像した。
夢の中で大人になった君が俺に囁くんだ。
本当は君も俺のことをずっと好きだったって。
でもそれは幻想にすぎなかった。
現実の君は想像よりもずっと綺麗で残酷だった。
そんなこと言ってまるでキスをせがむようにして、俺をどうしたいんだ。
君が俺のことを少しでも見てくれるなら、ちゃんと名前で…。
「…名前で呼んでくれないか。っ…カティと。」
君に触れたい。
体中にキスして抱きしめたい。
君の全てを手に入れたい!
そうやって甘い声で君が俺の名前を呼ぶんだ。
「…カティ。」
俺に止められるはずもなかった。
優しくしたい。
優しくしたい。
でも俺は優しくなんてできなかった。
獣のように滾っつた全身の血が体中に駆け巡って彼女の唇を奪っていた。
俺はもうこの甘い幻想に抗えない。
息が苦しくても胸の苦しみの方が上回る。
「っん…待っ、苦しっ…。」
そんなこと言ったって駄目だ。
乾いて乾いて仕方がないんだ。
もっとくれなきゃ渇きが止まらないんだ。
うつろな金色の瞳が俺を見ていた。
彼女の冷えていた体は火照り、熱を帯びていた。
「部屋に行こう。」
俺は彼女を自分の着ていたローブで包み優しく抱きかかえた。
「ヴィーのこんな姿…誰にも見せられない。」
途中会った侍女が動揺していたが、「俺の部屋に連れていく」とだけ言った。
ベットに彼女を寝かせローブを脱がすと、先ほどの火照りをそのままに俺を見ていた。
「本当にいいのか。」なんて聞いてどうする。
もう止められないくせに。
確信がほしいなんて…。
「気が変わらないうちに。」
彼女はそうして俺の手に触れた。
そして彼女が俺の手の平にキスをした時、俺の心臓までドクンと波打った。
俺はこれが夢なら覚めなければいいと思った。
夢の中で見た彼女よりもずっと艶めかしく俺を誘惑した。
俺がキスをする度に彼女の体は反応し、小さく声を漏らすのがたまらない。
君は俺のことどう思ってる?
俺は愛おしくてたまらないのをどれだけ知ってる?
聞きたいことは山ほどあるのにそんな余裕なんてなかった。
その夜、俺は自分の欲望のままに彼女を抱いた。
朝になって目が覚めると彼女がいた。
夢じゃ…なかった。
俺は彼女の額にキスをして服に着替えた。
そして静かに部屋の扉を閉めた瞬間、俺の中にまた抑えようのない感情が激しい勢いで迫ってきた。
彼女を手に入れたはずなのに、どうしようもなく押し寄せる不安。
そして渇きが…。
彼女を手に入れれば、自分のものにしてしまえば収まると思っていたどうしようもない感情が。
どうして…。
俺は衛兵に外でしっかり見張るように伝え、そして執務室に向かった。
執務室の中には侍女長がいた。
大方、昨日のことで来たのだろう。
ヴィーではなくメアリーだったことで侍女長はどんな恐ろしい罰を受けるのかと震えていたが、俺は彼女が無事だったことで水に流してやった。
昨日の昼の件に関しては俺が行き過ぎていたと謝ると侍女長はほっとした様子だった。
2時間くらい経ったら俺の部屋にいる彼女の世話をしてほしいと頼むと、侍女長はすぐに察して「かしこまりました。」と頭を下げ出ていった。
隣で立っていたサグレスがこちらを睨んでいた。
「お前の言いたいことはわかってる。」
「わかってるなら、なぜ?手荒な真似はしないのでは?」
彼は尚も俺を冷たく見ていた。
「手荒な真似はしていない。ただ手を出さないとも言ってない。」
「そんなのは屁理屈です。」
彼はきっぱりと言った。
「なら聞くが、あの状況でヴィーに迫られたらお前なら我慢できるのか?俺はこれでもよく耐えた方だ。」
なんなら俺がどれだけ耐えたか見せてやりたいと思った。
横目でサグレスを見ると彼は昨日のことを思い出し想像でもしたのか、耳の辺りが少し赤くなっていた。彼女の何を想像したのかがわかって俺はまた黒い感情が蠢くのを感じた。
「よく覚えておくよ。お前のような堅物でも所詮はただの男だということをな。」
俺はこの後すべきことがあった。
メアリーの処分をどう下すか。
兄ライリーをどうするか。
そしてヴィーを正式な正妃として迎えるための準備を。
彼女は今も俺のベットで眠っているだろうか…。
どうせならずっと眠っていればいいのに。
そうして俺の前だけ目を覚ましてくれれば…。
どうやら俺は全然、優しくなんてなれないようだ。
ご愛読ありがとうございます。メアリー編はこれでひとまず区切りがつきました。次からはもう一人の妃候補、モナルカ嬢が顔を出す予定です。
本日23時更新予定。




