第17話 交錯する舞踏会(1)
多くの貴族たちが注目する中、ヴィクトリアは皇太子に手を引かれつつ広間の真ん中まで歩いていた。
壁から天井まで美しい曲線を描き、シャンデリアが輝いている。
皇后による妃候補の審査も終わり、ようやく本来の舞踏会の形へと姿を変えつつあった。
最初の一曲だけは皇太子と選ばれた令嬢のたった一組だけがダンスをする。
周りを貴族たちが取り囲み、私は皆の注目を一心に浴びていた。
中央の階段下の方で残ったメアリー嬢とモナルカ嬢は悔しそうにこちらを見ていた。
代われるものなら今すぐにでも代わってあげるのに…。
本当なら今頃はこの広間から出て、王宮を去る準備を意気揚々としているはずだったのに。
一体何が間違ってこうなってしまったのか。
私の頭の中は混乱をきたしていた。
ふと目の端にロレンツォの姿が映った。
彼はにやにやしながら何かもの言いたげな表情をしていた。
ロレンツォまで私を混乱させて、今日は本当に最低だわ…。
と思ったその時、手をグイっと引っ張られ体を引き寄せられた。
「これからダンスをするって時に、他の男を見るなんて。ヴィーはどれだけ俺を怒らせれば気が済むんだろうか。」
耳元で話すその声はあの時のように冷たかった。
「そんなつもりは…。ただ、見知った顔があったから…。」
私は瞬間的に顔を反らした。
後ろめたかったわけではない。
ただ、あのレイヴン侯の時に見せたカティーサークの冷たい怒りを本能的に感じ取っていた。
「ヴィー、こっちを見て。俺はただ君の瞳に少しでいいから俺を映してほしいだけだ…。」
その声は先ほどとは違って切実だった。
私はちらっと顔を向けてカティーサークの顔を見た。
ブルーの瞳がシャンデリアの光を受けてアクアマリンのように輝き、そして揺れていた。
「綺麗な瞳…。」
思わず私は手を伸ばしていた。
私の予想外の行動に彼は驚いたのか、彼の瞳はさらに大きく揺れた。
「少しと言わず、ずっと俺だけを映してと言えばよかったな。」
カティーサークはそう呟くと、ダンスをするポーズをした。
そうして私たちは広間の真ん中で向かい合った。
すると見計らったように音楽が流れ始め、私と彼は手を取り合った。
彼は私の腰に手をあて私の体をしっかりと支えた。
私は彼の背中に手をまわし、ぴったりと寄り添うようにして踊り始めた。
曲は「カルメン幻想曲」だった。
情熱的な出だしから一変し、バイオリンの美しい音色が響きわたった。
その音色に合わせて私とカティーサークは踊っていた。
そんな二人をうっとりするように取り囲んだ貴族たちは見ていた。
「実はこの曲は俺がリクエストしたんだ。君と踊るためにね。」
彼は私の耳元で優しく囁いた。
「私と?」
「そう、だって俺と君は『カルメン』に出てくるドン・ホセとカルメンみたいだろ。美しいカルメンに誘惑されたホセが振り回されるんだ。」
ブルーの瞳がゆらゆらと揺れていた。
「だとしたら違うわ。振り回されてるのは私の方だもの。」
そう、振り回されてるのは私…。
何一つ思い通りにいかないのは、全部この男のせい。
冷たく怒ったかと思えば急に優しくなって。
一体なぜ私にそこまで執着するの。
あなたのプライドを傷つけたから?
ロレンツォは皇太子が可哀想だとか何とか言ってたけど、可哀想なのはやっぱり私よ。
そう思いながらカティーサークを見ると、彼は切なげな表情をしていた。
「俺が振り回す?俺が君を思い通りにしたことなんて一度もないけどね。」
そう言うとカティーサークは思いっきり私をくるりと回転させた。
貴族たちからは歓声と拍手が上がった。
私はやっぱり振り回してるじゃない、と思った。
そうして私たちは皮肉にもピッタリと息の合ったダンスを披露した。
貴族たちからはまた先ほどよりも大きな歓声と拍手が起こった。
ダンスが終わるとカティーサークは私を見つめながら言った。
「君とこうしてダンスをするのは夢だった。本当は次も踊りたいけど、皇太子として残った令嬢とダンスをしなければいけない。だから、終わったら話をしよう。」
話をするつもりなどなかったが、そこは素直に「わかりました」と彼に従った。
そして皇太子は近づいて来たメアリー嬢と手を取り、二曲目が流れると同時にダンスを始めた。
私はロレンツォとでも踊ろうかと周りを見渡した、その時だった。
窓の近くで見守るようにして佇むレイヴン侯の姿を目にしたのは。
「あ…。」
私は思わず小さな声を漏らした。
そして彼に目を向けた。
するとレイヴン侯も私の視線に気づいたようだった。
カティーサークは…まだ他の令嬢と踊っていた。
私は気まずい形であの時別れてしまったレイヴン侯に一言謝りたかった。
それはきっと彼も同じだったのだろう。
二人は目が合うと何を言うでもなく人気のない外へと出ていった。
そして私は先を行くレイヴン侯の後を静かに追って行った。




