第15話 ロレンツォとヴィクトリア
皇后による妃候補を落とすという選考はまだ続いており、今ちょうど7人目の令嬢が階段を上がって行った。あと半分くらいかと思いながら壁掛けのアンティーク時計を見ると、私が皇后と話してから一時間くらい経っていた。
あんなに華やかに着飾って自信満々に広間に入って来た令嬢たちは、今や不安で何も考えられないといった様子で椅子に座っており、もはや壁の花だ。
世の中は皇太子だけじゃないのに、まるで死んだかのような目をして…。
中にはそういった表情を表に出さず毅然とした様子で待っている令嬢もいたが、他の貴族たちと会話をする余裕はなさそうだった。
そんな中でお皿に料理を盛りワインを片手に食事をするヴィクトリアは妃候補の令嬢の中ではひと際目立っていた。皇后様との対話がうまくいったのではと思う人もいれば、逆にうまくいかずに開き直っているのだと思う人もいた。
本当は私に話を聞きたくて仕方がないくせに…と、思いながら食事を楽しんでいるとオレンジ色の髪をした一人の男が近づいてきた。
「よぉ、久しぶりだな。」
私は振り向いて確かめると、そこには故郷の懐かしい顔があった。
「ロレンツォ!」
私は思ったよりも大きな声を出したらしい。
周りにいた貴族連中が一瞬こちらを振り向いた。
「妃候補になったって聞いたから会えるとは思ってたけど、何だか大変なことになってるな…。」
私は久しぶりに見るロレンツォに少しほっとした。
気の許せる人のいないこの場で気楽に話せる人がいて単純に嬉しかった。
ロレンツォはお父様の兄の子どもで、私の従弟にあたる。
昔から長い休みの時には家族で家に来て、自然の中でゆったりと過ごしていた。
一緒にいろんなところに行ったっけ…。
しばらく会っていなかったが、結構大人びたなと思った。
「来てるならもっと早く声をかけてくれれば良かったのに。」
私は少しふくれて見せた。
「ごめん、ごめん。俺の愛しいウサギちゃんたちが離してくれなくてね。」
笑った時にできるエクボは昔のままだった。
大人びてもどこか少年っぽさが残るロレンツォは、やっぱり見ていて懐かしかった。
「へぇー、ロレンツォの噂はちょっとは耳にしたけど、やっぱり本当だったのね。社交界でご令嬢方をたくさん泣かせてるって。あそこに座ってる皇太子といい勝負なんじゃない?」
私は少し振り返って遠くに座る皇太子をちらりと見ながら、揶揄い交じりに笑った。
ロレンツォは23か24歳くらいだったと思うが、まだ誰とも婚約していない。
長身でたくましく、話しやすくて顔だってイイ。
正直この女癖さえなければ、有力な結婚相手の候補だったのになと思った。
「色んな意味でなかせてるけどね。」
ロレンツォはにやにやしながら答えた。
「あなたって、サイテーね。」
私はピシャリと答えた。
「それを言うなら君だって泣かせてるじゃないか。」
「何言って…。」
「俺の周りの男どもをみんな夢中にさせて、後宮に入ったって聞いてみんな泣いてるさ。」
「そんなこと…。」
「あるね。無自覚かもしれないけど、周りの男を誘惑してたじゃないか。気づかなかったの?」
私がお皿に盛った料理をロレンツォは一口つまんだ。
「確かに2、3人は心当たりがあるけど、全員じゃないわ。」
将来有望そうな相手には確かに積極的にアプローチした。
けれど周りの男全員っていうのは心外だわ。
私もロレンツォが食べたものと同じものをフォークでさし、口に入れた。
「それが無自覚っていうんだけどな。」
ロレンツォはクックッと笑いを嚙み殺しながら話続けた。
「で、今は皇太子様ってわけだ。」
「何言ってるの。そんなわけないでしょ!」
私は瞬間的に否定した。
そんなにはっきり否定するとは思わず、ロレンツォも少し驚いている様子だった。
「そ…そうなんだ。…でも、向こうは違うっぽいけどね。さっきから視線がビンビン刺さって、俺今にも殺されそうな勢い。俺が君に声をかけたの何か勘違いしてるんじゃないかな…。」
「そんなわけないでしょ。聡明で穏やかな皇太子なんだから。」
私はわざとそう言った。
少しくらいの皮肉を言って私の気持ちを吐き出してしまいたかった。
カティーサークという男は自分のモノが他の男といることをものすごく嫌う。
ロレンツォには悪いけど、少しくらい抵抗させてもらおうじゃないの。
どうせ、あと少ししかここにいないんだから。
私はわざとロレンツォに近づき耳打ちした。
「私、今回の皇后様の審判できっと妃候補から外れるわ。そしたら、ロレンツォ…あなたに一度くらいは相手してもらいたいかも。」
当然、冗談のつもりで言った。
ロレンツォもそれはわかっているはずだった。
ただ、ロレンツォの体温は一気に上がり、顔が真っ赤になった。
「お前のそういうところ、昔から嫌いだ。」
ロレンツォは顔を横に背け恥ずかしそうに私の方を見た。
「前から聞きたかったんだけど、ヴィクトリアって人を好きになったことある?」
突然の問いに一瞬驚きはしたものの、私は普通に答えた。
「当然よ。つい最近だって素敵な方に出会ってアプローチしたわ。ダメになっちゃったけど。」
私はレイヴン侯のことを思い出していた。
きっと私を幸せにしてくれるはずだった人。
「ダメになって泣くほど辛かった?もしそうじゃないなら、君はその人のこと好きじゃないよ。君を見てると俺も含め男はみんな馬鹿になってしまいそうになる。でも肝心の君は昔から誰にも関心がないんだ。」
「そんなことないわ!」
私は核心を突かれたような気がして心がざわついた。
「俺はちょっと皇太子が可哀想だよ。昔の俺みたいでさ。今はもう吹っ切ったけど、色んな令嬢を泣かせちゃうのも、ある意味君に原因があるかもね。全然意味わかんないだろうけど。」
全然わからないわと言おうとして、喉のところで止めた。
私はロレンツォの言っていることを理解しようとしたが、やっぱりわからなかった。
でも彼の言葉は私の中にずしりと深く落とすものがあった。
私はそのまま何も言えずに黙ってしまった。
「ごめん、ごめん。楽しい再会が何だか暗くなっちゃったね。そろそろ向こうに戻った方がいいんじゃない?最後のご令嬢が部屋に入っていったし、これももうすぐ終わるよ。さぁ、行って。」
ロレンツォの声は元に戻って明るかった。
会えた時は懐かしくて嬉しかったのに、今は心の中がモヤモヤとしていた。
私は「会えて本当に嬉しかった」と告げると、皇太子のいる方へと向かって行った。
皇太子は…カティーサークはまたあの時のように氷のような微笑みを浮かべていた。




