第14話 皇后エスメラルダの選定(3)
私が部屋に入るとそこには丸いテーブルと一人掛けの椅子が3脚置いてあり、そのうちの一つに皇后エスメラルダが腰かけていた。皇后の私室といってもいくつかあるようで、どうやら訪問客と談話するための部屋のようだった。
部屋にはアンティーク調のサイドボードが置いてあり、その上には彫刻が置かれていた。また、その隣には大きな花瓶があり季節の花が華やかに部屋を彩っていた。
しかしその中で最もヴィクトリアの目を惹きつけたのは、何といっても壁に飾られている絵画である。そこには皇帝陛下と皇后、そして幼い頃の皇太子が描かれていた。
「その絵が気になるかしら?」
皇后が不意に話しかけてきたので少し驚いたが、すぐに平静を取り戻し返答した。
「ええ…、とても幸せそうで。」
私は思ったことを正直に答えた。
「それは多分…10年くらい前のものかしら。息子のカティーサークも可愛らしいでしょう。」
「そうですね…。」
その絵の中の皇太子を見ていると何かひっかかるものがあったが、今はそれどころではないと我に返り皇后の方に視線を向け近づいた。
「先に挨拶もせず申し訳ありません。ヴィクトリアと申します。」
ふわりとドレスのスカートを持ち上げ皇后に一礼した。
皇后は隣の椅子に座るように示し、私は優雅に腰かけた。
「いいえ、先に話しかけたのは私の方です。気になさらないで。」
「ありがとうございます。」
「一番最初に誰が来るのか考えていましたが、予想通りでしたわ。」
エスメラルダは不適な笑みを浮かべた。
なぜ私が最初にここに来ることが予想できたのか不思議だった。
すると皇后がその疑問に答えるかのように続けた。
「なぜっ顔をしてるわね。ふふ、簡単よ。だって、あなた…全然王妃になることに執着してないじゃない。」
皇后は依然変わらず微笑みを浮かべていた。
私はすべてこの人はわかっていて言っていると感じた。
きっとレイヴン侯とのことも既に聞き及んでいるのだろう。
もしかしたら今回の妃候補から落とすという突飛な発言は私を落とす口実かもしれないと思った。
それならば全て合点がいく。
この遠回しにじわじわと追い詰めてくるあたりは、あの皇太子とそっくりだと思った。
私はこのチャンスを逆に逃してはならない。
意を決して私は皇后に向き合った。
「皇后様に嘘を申し上げても仕方がないように思いますので、正直に申し上げます。今おっしゃったことを否定致しません。私は正直、王妃になることに何の魅力も感じていないのです。」
ついに言ったと思った。
正直、怖くなかったと言ったら嘘になるだろう。
このことを私を呼び寄せた皇后自身に伝えるのは、ある種の賭けだ。
皇帝に次ぐ権力を持つ皇后に反抗しているのと一緒なのだから。
気を悪くして私の家族に何か害が及んだら…そう思うと先ほどの自分の発言が重みを増してきた。
しかしエスメラルダは気を悪くすることもなく、何事もなかったかのように「そう…変わったご令嬢だこと。」と言い、先ほどと変わらない笑みを浮かべていた。
私は自分が気負っていたものがあっさりと受け流され、呆気に取られてしまった。
その後は「王妃としての心構え」や「王妃の役割について」などのありきたりな質問を受け、私はマニュアル通りの平凡な回答をした。
そして一通り質問を受けた後、最後に何か聞きたいことはあるかと尋ねられた。
私は一瞬迷ったがどうしても皇后に会ったら聞きたいことがあったので、無礼を承知である質問をした。
エスメラルダはその質問は想定外だったものらしく、微笑みを讃えていた表情が一瞬崩れたのが見て取れた。あまりに不躾な質問だったため答えてくれないかと思ったが、皇后は気前よく答えてくれた。
私はきっと妃候補から落とされるだろう。
ただ、皇后が答えてくれた事に関しては一生忘れないだろうと思った。
「今お聞きした話は自分の心の中だけに留めておきます。ありがとうございました。」
私はただ感謝の気持ちを伝えた。
そうして私と皇后との対話は終わった。
最後まで皇后の真意は分厚い微笑みに阻まれ読むことはできなかった。
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部屋を出て広間に戻る途中、カティーサークが座っている横を通る。
彼は何か含みのある笑みで私を見つめ「後で一緒に踊ろう。」とだけ言った。
私は「踊る機会があれば。」とだけ答えた。
なぜならこの「皇后による審査」で落とされれば即刻この場から去るつもりだったからである。
あれほど関わりたくなかった皇太子とこうして話している自分に驚きつつ、もう私に関わることはなくなるのだと思うと少しさみしい気もした。
私が階段を下り広間へ行くと、そこには緊張と不安にかられた10人の令嬢たちがいた。
皆しきりに何を聞かれたのかと聞いてきた。
私は少しでも彼女たちに残ってもらおうと、聞かれたことをすべて話した。
あとはどう答えるかは彼女たち次第だ…。
これから残り10人の令嬢たちが一人ずつ皇后の審査を受ける。
一体何を基準にするのかはわからないが、この待っている間の彼女たちの緊張は相当なものだろう。
すでに皇后との対話を済ませた私は気が軽かった。
待っている時間をどう過ごそうか考えた時、少しお腹が小さく鳴ったのに気が付いた。
今更ながら皇后にあんなことを聞いた自分は恐れ知らずだなと思った。
本来であれば今頃、カティーサークの目を盗んでこのパーティのどこかにいるであろうフェリペ伯爵に声をかけるつもりであったが、こんなことになって気がそがれてしまった。
まだ誰もダンスを踊っていないこの異常な空気の中で、令嬢たちはひたすらに好奇の目にさらされていた。私はそんな眼差しをよそに、美味しそうな料理とワインのある方へと向かって行った。




