第13話 皇后エスメラルダの選定(2)
夕方頃になると、皇后様主催のパーティが開かれるルビー宮には続々と高位貴族たちが集まり始めていた。
ルビー宮は王宮敷地内の西側に位置し、その名の通り赤を基調とした宮殿である。
普段から皇后様はこのルビー宮におり、この宮殿で舞踏会が開かれるのは特別な時だけとあって招待された貴族たちは鼻が高かった。
今回の舞踏会は当然ながら皇太子妃候補のご令嬢たちのお披露目も兼ねており、噂の11名はある意味このパーティの主役でもあった。
舞踏会が行われる広間は国一番と言われるほど豪華で天井にまで装飾が施されており、ずっと見ていたくなるような絵画が描かれていた。その天井からは美しいシャンデリアがいくつも垂れ下がり、まるで宝石箱の中にいるような空間であった。
両側にはこれまた美味しそうな料理やお菓子、そしてワインなど様々なアルコールも用意されており、舞踏会ではあまり食事を口にしない令嬢たちも思わず手をつけてしまいたくなるほどであった。
さて注目の妃候補の令嬢たちはというと、それぞれ皇太子直属の騎士が各令嬢ごとについてエスコートをしてくれることになっており、皇子宮の広間に集まっていた。
私をエスコートしてくれた騎士はサグレスというらしい。
「今日はルビー宮までよろしくお願いします。」
私は軽く挨拶をした。
「こちらこそ、光栄です。」
サグレスはとても紳士的な騎士だった。
どことなく懐かしい感じがした。
入宮した順に並び順番に連なって広間に入るので私たちは一番後ろについて歩いた。
ルビー宮の前には貴族たちが乗って来たであろう馬車がずらりと並んでおり、どれだけ規模が大きいのかその数を見れば分かるようだった。
扉を通って広間に入ると招待された貴族たちが両側に立ち並んで待っており、まっすぐ奥まで花道のようなものが出来ていた。私たちは話し声と拍手が入り混じったその花道を通って真っすぐ進んだ。中央奥には大きな曲線の美しい階段があり、その一番上の真ん中には待ち構えたように皇后と皇太子が座っていた。
私たちはその階段下のところまで行くとエスコートしてくれた騎士に軽く会釈し、皇太子と皇后を前にして横一列に並んだ。
歴代の皇太子の中でも11名の妃候補は異例中の異例とあって、見目麗しい令嬢たちが並んで挨拶するのは圧巻であった。
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大きな扇子を持っていた皇后はパチンと扇子を閉じると、ゆっくりと立ち上がり私たちを見下ろした。
「これはこれは、美しい令嬢たちだこと。」
光沢のある黒を基調としたドレスにはキラキラと光る宝石が散りばめられ、まるで夜の星を身に纏ったような姿だった。アップにまとめた金色の髪にルビーをあしらった髪飾りやティアラが人々の目を引いた。
エスメラルダは並んだ令嬢たちを端から端まで一見すると、隣にいたカティーサークにしか聞こえない小さな声で「さぁ、始めましょうか。」と言った。
そして真っすぐに前を向き全体を見渡した。
広間にいた全ての貴族たちは一斉に皇后を見て静まり返った。
エスメラルダは落ち着きのある声で全体に向けて声を発した。
「お集りの皆様、本日はこのルビー宮までお越しいただきありがとうございます。今宵のために時間をかけて準備致しましたので、ごゆるりと楽しんでいただければと思っております。それではまず…」
大抵はこの後、皇太子と令嬢がダンスを一曲披露したのち次々とホールで他の貴族たちも踊るのが普通である。そのためどの令嬢と一番最初にダンスをするのかが、出席した貴族たちにとっても令嬢たちにとっても最大の関心の焦点であった。
しかし、皇后から発せられた言葉は誰も予想だにしない思わぬものだった。
エスメラルダはちらりと令嬢たちを見ると、また全体を見渡して続けた。
「それではまず、今、目の前にいる11名のご令嬢方のうち王妃としての資質がないと見なしたものはこの場を持って即刻、妃候補から降りてもらうこととします!」
思いもしない皇后の発言に一瞬静まり返り、そして大きなどよめきへと変わった。
一体これから何が起こるのか誰にも予想が出来なかった。
前代未聞の皇后自ら妃候補を選定するというこの事態に、その場にいた貴族たちは誰が落とされるのか興味津々だった。当然それは当事者である11名の令嬢たちにとっても同じことで、動揺を隠せなかった。
しかし、その中でただ一人、種類の違う動揺をしていた令嬢がいた。
ヴィクトリアである!
皇后に気に入られなければ妃候補から外れられる!
うまくいけば明日には皇子宮から出ていける!
あの皇太子から逃れられる!
私はこの時、皇后の言葉は天からの助けのような気がしていた。
エスメラルダはヴィクトリアのそんな様子を後目に言葉を続けた。
「さて、それでは一人ずつ二階にある私室まで来てもらいましょうか。そこで私がいくつか質問します。その返答により何人かはここから去ることになるでしょう。全員と話したら私はこの場に戻ってきます。その時に誰に残ってもらうか皆さんの前でお伝えしましょう。それまで皇太子であるカティーサークは誰ともダンスをしてはいけません。よろしいですね。」
「はい、母上。」
カティーサークは好きにして下さいと言わんばかりに何の反論もしなかった。
「それでは皆さん、それまでごゆるりとお寛ぎください。」
エスメラルダは満足げに微笑んで私室へと向かっていった。
残された11名の令嬢たちはお互いに顔を見合わせ、誰が最初に行くか様子を伺っていた。
突然の出来事に心の準備も追いつかない様子であった。
また皇后からどのような質問が来るのかわからないため、一番最初に行くのは不安も大きく皆ためらっているようだった。
けれども私はどんな質問が来ようがうまく答える必要などなかったので、すぐさま一番を申し出た。
レイヴン侯との一件以来さらにひどい陰口を言っていた令嬢方も、この時ばかりは私に感謝した。
私は案内してくれる騎士についていき、皇后の待つ私室へと入っていった。
私は心の中で願っていた。
どうか…皇后様が私を落としてくれますように、と。




