第11話 仮面の下の狂気
静まり返った部屋にはカティーサークとヴィクトリアのただ二人だけが残された。
私は床を見ながら頭を巡らせた。
彼は話をすると言っていた。
もしかしたらまだチャンスがあるかもしれない。
私は機会を伺った。
カティーサークはゆっくりと腰を上げ、ヴィクトリアに近づいた。
柔和な笑みを浮かべ左手を彼女の前に差し出した。
「膝をついたままじゃ痛いよね。あっちのソファでゆっくり話そう。」
あまりに優しい彼の口調は、逆に背筋をヒヤリとさせた。
目の前の皇子が何を考えているのかさっぱりわからなかった。
私は彼の左手に軽く手をのせ「はい。」とだけ答えた。
彼は私の手をしっかりと掴み私の体を起こした。
そして耳元で囁くように言った。
「今日のヴィーは特に綺麗だ。ドレスも口紅も…。」
一瞬どきりとしたが顔には出さなかった。
私が「ありがとうございます」と言い終わる前に彼の言葉がさえぎった。
「当然、俺のためだよな。」
「…もちろんです。」
私は嘘をついた。
カティーサークは探るようにヴィクトリアの顔を覗き込むと、ソファに座らせた。
私は彼が本当に先ほどの皇子なのかと思った。
そこには冷静で聡明な皇子はいなかった。
獲物をじわじわと追い詰める執念深い男の姿だった。
やっぱり私は彼が何をしたいのかわからなかった。
彼は私の左側に座り微笑みながら言った。
「さて、始めようか。」
「始めるって何をですか?」
私は恐る恐る聞いた。
「俺は本当のことが知りたいんだ。」
「本当のことって…。」
「とりあえずレイヴン侯にしたのと同じことを俺にしてもらおうか。さっきもこうやって座ってたじゃないか。ヴィーの左側にレイヴン侯が。」
私は血の気が引くのを感じた。
レイヴン侯にしたのと同じことをさせるなんて。
地獄だ。
彼は罪を許していない!
これが彼の下した罰なのだ。
「…できません。」
「どうして?レイヴン侯にできたことがなぜ俺にできない。」
カティーサークの顔にもう微笑みはなかった。
「それは…。」
「やるまで一歩もこの部屋から出さないよ。安心して、ヴィー。時間はたっぷりある。」
私はぐっと唇を噛んだ。
誰が言っただろう、穏やかで優しい皇太子などと。
そんなのウソ!
目の前にいるこの男はネチネチと嫌味たらしく私を責めている。
本当にやるまでこの部屋から出してはもらえないのだろう。
いや、やったところで彼の気のすむまで出してもらえないかもしれない。
それでも、それをする以外なすすべはなかった。
「わかりました。…でも、怒らないでくれますか。」
「もちろんだ。」
私はレイヴン侯にしたのと同じように左指を絡ませ、右手を彼の首筋にのばし耳に触れた。
そして体を少し近づけ顔を上げた。
「…これだけです。」
私は目を反らした。
「これだけ?違うだろ。こんなに、だろ。」
すると彼は私の顎をグイっと指で持ち上げキスをした。
私は反射的に腕に力を込め、彼を突き放した。
「相手にしてほしかったんじゃなかったのか?」
彼は悲痛な笑みを浮かべた。
「びっくりして…。」
私は自分の唇を指で触った。
彼は私の髪にゆっくりと指を通しながら言った。
「ここにいる間は君は俺のものだ。頭の先から足の爪先の、髪の毛一本に至るまで。よく覚えておいて、ヴィー。俺は君をいつでも抱けるんだよ。」
彼は怒るんじゃない。
ずっと怒っていたのだ。
そして私など、いつでもどうとでも出来ると…。
私は皇子の顔の下の本性が恐ろしかった。
「部屋から下がれ。」
私は彼から解放された。




