第10話 ヴィクトリアの誘惑(レイヴン侯編)(2)
ヴィクトリアとレイヴン侯は床に膝をつき、カティーサークの前に伏していた。
そしてカティーサークは椅子の肘掛にもたれかかるようにして二人を見下ろしていた。
断罪される裁判のごとく部屋の中には張り詰めた空気が漂っていた。
カティーサークは先にレイヴン侯から聴取をしていた。
「つまりこういうことか。レイヴン侯は以前よりヴィクトリアに興味があり、今日偶然会って気持ちが抑えられなかったと。」
「その通りです。殿下。すべての非は私にあります。」
レイヴン侯はただじっと床を見つめていた。
彼はヴィクトリアからいずれ妻にしてほしいと言われたことも、ましてや証がほしいとキスをせがまれたことも何も言わなかった。
皇太子妃候補の令嬢に手を出したら何らかの罪に問われることがわかっていても、ヴィクトリアを守ろうとしていた。もしかしたらヴィクトリアに自分は選ばれたという多少の幸福感のためであったのかもしれない。
しかしカティーサークにはそれが真実でないことを知っていた。
ヴィクトリアをかばおうとする健気な目の前の男に小さな苛立ちを感じていた。どうせならもっと利己的な態度を取ってもらった方がまだマシだった。
これではヴィクトリアにとってレイヴン侯が「善」で自分が「悪」になってしまうからだ。
カティーサークは平静を取り戻そうと、沸き起こる怒りと悲しみを必死に抑えようとしていた。自分は皇太子だ。いずれこの国の王になるのだ。国を統べる者が感情的になってはいけない、と。
カティーサークはゆっくりと息を吐いた。
「ヴィクトリア、レイヴン侯はこのように言っているが本当か?」
この部屋にいる誰もが「その通りです」と答えると思っていた。
たとえ真実が違ったとしても彼女が否定をするメリットは何もないように思われた。
もし否定しようものなら妃候補としての立場が危うくなるだけでなく、候補者から外される恐れがあるからだ。皇太子妃になるために来ている令嬢がその権利を自ら欲していないなど誰が予想できただろう。
しかし私は小さな微笑みを讃えながら答えた。
「いいえ、違います。レイヴン侯は私をかばってくれています。」
一瞬どよめいた。
しかし、カティーサークは動じてはいなかった。
半信半疑ではあったが否定するかもしれないと思っていたからだ。
私は心の中で一連の出来事を思い返していた。
レイヴン侯と一緒にいるところを、正確には不貞を働こうとしているところを誰かに知られようが知られまいがどちらでも良かった。
バレなければそのまま彼をつなぎとめておくだけだし、知られれば罪に問われるだけ。つまりどちらに転んでも私には利があった。
皇太子自身に直接見られたことには少し驚いたが、当初の計画に支障はない。
このような状況でも冷静な皇太子の様子から察するに、やはり噂通り聡明な皇子のようだ。
きっと私のしたこの罪に対して聡明な判断をするに違いない。
そう、妃候補から外すという聡明な罰を!
「違うとはどういうことか?」
「言葉の通りです、殿下。レイヴン侯に非があるのではなく、私に非があるのです。」
「と、言うと?」
「私自身が彼を誘い、キスを迫りました。」
さらに部屋がどよめいた。
「…それで?」
「殿下に相手にしてもらえず、通りかかったレイヴン侯に心の安寧を求めました。しかし、私のしたことは許されることではありません。どうか聡明なご判断を!」
私は勝負に出た。
この勝負は100%勝てる勝負のはずだった。
しかし返って来た言葉は思わぬものだった。
「…つまるところ、相手をしなかった俺に非があるということか。」
カティーサークは冷たい笑みを浮かべていた。
「えっ…いえ、そうではなく。」
「皆、聞いたな!!どうやらこれは俺と彼女の問題らしい。」
誰も反論する者はいなかった。
いや、反論させなかった。
「レイヴン侯、すまなかったな。これは俺と彼女の問題だ。下がっていい。」
レイヴン侯はちらっヴィクトリアを見ながら後ろ髪をひかれるように出ていった。
カティーサークはレイヴン侯が部屋から出ていくのを見送った後、ヴィクトリアにちらりと視線を向けた。
「さて、今回のこの件についてはヴィクトリアとゆっくり話をすることとしよう。他の者も皆、下がっていい。」
カティーサークは皇子の仮面の下に煮えたぎる怒りが渦巻いていた。
ブックマークに登録して読んでいただいている人がいることを嬉しく思います。これから皇子の狂気を少しずつ表現していきたいと思っています。今後もよろしくお願いします。




