プロローグ「何時もの屋敷にて」
西洋と大和の中間、というたとえが妙にしっくりくる或る屋敷のバルコニーにて、若いメイドと少女が星を眺めていた。メイドは両手でティーポットを、少女は指先で陶磁器のカップを抱いている。どうやらこんな夜遅くに茶会を始めるようだ。
「ダージリンとアールグレイ、どちらにいたしましょう?」
メイドがにこやかに質問する。
「アールグレイをお願いしようか」
少女は面倒くさそうに応答する。
メイドが、クスッ、と嬉しそうに笑った。それを見て少女も嬉しそうに笑う。それはまるで、自分たちを軸にして繰り広げられる漫才を見ているような、少しこそばゆい笑いだった。
いくらか時間が経って、少女が話を戻す。
「じゃあ、早速作ってくれ。そのアールグレイとやらを」
差し出されたのはティーカップ、ではなかった。
差し出されたそれは、この少女の髪のように輝く銀のそれは、一振りのナイフだった。そして少女は変わらず笑顔でいる。メイドはそれを手に取り、笑顔を高揚に変える。服をはだけさせ、肩と腕の間にナイフを置いて、そして―—―—―抜くように掻き切った。
紅は噴き上がらずにちょろちょろと流れ出る。吸い寄せられるかのようにティーポットに溜まっていくその光景は、禍々しい恐ろしさと形容できながらも息を忘れるほどに美しかった。
ポットが満たされると、それをカップに移してゆく。曇り一つない純白の陶磁器に、縁起よく紅が加わった。
「いかがでしょうか?」
「いつもと変わらん。まあ強いて言えばコクが強い、今後は食をもう少し細くしろ」
「承知いたしました。しかし、主、体重の話は女性にとって地雷です」
少女が、紅茶を一口含む。
「気にすることではあるまい。ここには我とそなたしか居らん」
「それもそうですね。ずっと、二人きりです」
夜の冷たい風が、二人を包み込むように吹いた。暖かな気持ちでそれに包まれて、初めて出会った日のことを懐古する。
「大きくなったな、『蛾宴』」
「主は、変わらずお美しい限りですね」
蛾宴と呼ばれたメイドは懐古する。
人生を歪めた、愛しいあの夜と少女を。
プロローグ、お察しの通りです。