お前は何者だ?
目を覚ますと、自室のベッドの上だった。
窓からの光で部屋中がオレンジ色に染められ、時間の感覚がマヒしていて、今が朝方か夕方か分からなかった。頭の奥のほうがしびれている。
階段を上がってくる足音が聞こえた。
その足音で母だと分かる。
やがて足音はドアの前で止まった。
「純。起きてる?」
ドアの向こうから母は語り掛けるが、オレはベッドの上で天井を見ていた。
「タケルさんから聞いたわ。ほらミコちゃんのお父さん。あなた誘拐されそうになったって」
オレは少しづつ思い出した。鳥の巣頭の男に誘拐されそうになり、ミコの父親、不精ヒゲに毒を吐き、そしてワインを飲んだ。その後どうやら不精ヒゲに家まで送ってもらったようだ。
「あなたが嫌がっていたけど、ケータイ買ってきたの。これ持ってて!もしもの時に役立つから」
<おやおや、母親ヅラですか?実の子供よりも男の方が大切なくせに!>
オレは携帯電話もパソコンも持っていない。それは親に必要以上に依存している証になる。
母の世話になりたくなかった。さすがに衣食住までは拒否することはできないが、オレが大人になったら全て返すつもりだ。
「夕食と一緒に置いておくから。じゃあね」
オレが部屋に籠り、一緒に食事をとらなくなったのは、きっと、ミコたちと同居を始めてからだろう。
「ミコ」
オレは、昨日のミコを思い出した。
悔しいけど、昨日のあいつは生きていた。目に光が宿っていた。
それに比べてオレはどうだ。時間の経つのを待ちながら、時間の止まった街をぐるぐると回っているだけだ。これでは死んでいるも同じだろう。
母の足音が遠ざかるのを待ってから、オレはベッドを下りて、そっと部屋のドアを開けた。
ドアの脇にはトレーがあり、カレーライスと水の入ったグラス、そして、白い小箱が載っていた。
オレはトレーを部屋に運び入れると、小箱を手に取り、慎重に開けた。中には白いスマホが入っていた。
いつものオレなら、母からのスマホなど壁に叩きつけているところだが、これはオレが生きるための道具になる。
オレは仕事を見つけて働く!いっぱい働いてお金を貯めて、独立する!
オレは夢中になって、スマホをあれこれといじった。そしていつの間にか、寝てしまった。
翌朝、目を覚ますと枕もとの時計は9時を指していた。
平日のこの時間なら、家には誰もいない。
オレは手早く身支度を整え、一階に下りると、冷蔵庫の物を口に入れた。
そして、新品の白いスマホを尻ポケットに入れ、家を出た。
今日は晴れだが風が強く、雲の動きが早かった。
どこへ行こうか。
オレは風に押されるように、国道沿いを東へ歩き始めた。
とにかく働けそうなところを探そう。ダメ元で当たって砕けろだ!
やがて道路脇に一軒のコンビニが現れた。
近づくと、入り口には「アルバイト募集」の張り紙が張られていたが、「18歳以上」と書かれていた。
やっぱり年齢が一つの壁になっている。
オレはまた歩き始めた。
あれこれと、迷いばかりが頭の中を走り回り、どんどん自信がなくなってきた。
ふと遠くに目をやると、道路の反対側に釣具屋があった。
大きな看板にデカデカと「つり具」の文字が書かれている。
釣りの知識もなければ興味もないが、ダメ元だ。
オレは横断歩道を渡り、店の中へと入ってみた。
店内は思ったより明るくて広かった。いくつも並ぶ陳列棚には、たくさんの商品が所狭しと置かれていた。
手前の棚には、3~4センチ程度の魚型の金属がずらりと並ぶが、どれもカラフルでとてもきれいだ。
反対側の陳列棚には、「リール」という糸巻き機みたいなものが並んでいた。レバーをクルクル回そうと手を伸ばした時、他人の手とぶつかった。
慌てて手を引っ込めてその人を見ると、そこには鳥の巣頭の男がいた。
二人の目が合い、同時に思わず「あっ」と声が出る。
男はオレの襟をつかみ、「やっと見つけたぞ!お前に聞きたいことがあるんだ」と言った。
他の客や店員がこちらを見た。
だが、男は店の奥へとオレを連れて行った。
店の奥隅に置かれてる帽子や防寒着などの陰に鉄のドアがあった。
ドアには小さく「港探偵社」のプレートがあった。
男はドアを開けるとオレを放り込んだ。
この部屋は以前、倉庫だったのだろう。壁も天井もコンクリートむき出しだ。
奥に長いこの部屋は、正面には窓が1つ、窓を背に事務机が1つ、その手前に応接セットがあった。
オレは覚悟した。
だが、ドアを閉めながら男が言ったのは、
「お前にはもう用はない」だった。
男は「詳しくは言えないが」と前置きしてから、
「お前には、あるお金持ちの孫として1日過ごしてくれれば良かったんだ。そういうアルバイトだったのさ」
と言った。オレを誘拐するつもりではなかったようだ。
「だけど、お前がレストランに逃げ込んた後、4時間後には俺は警察に囲まれたよ。誘拐の容疑だ。しかも、同時刻に、仕事を回してくれた仕事屋のおやじも連行され、依頼元の金持ちのところにも警察が来たらしい」
男はドアを離れ、応接セットの椅子に座った。そしてオレにも座るように向かいの椅子を指差した。
オレが椅子に座るよりも早く男は話した。
「どうも納得がいかない。早すぎるんだ」
オレは一応、「はあ~」と言った。
「普通なら、通報を受けた警察がオレを誘拐の容疑で逮捕する。そこで仕事屋のおやじの話が出て、仕事屋のおやじが連行されて、依頼元が判明した時点で、依頼元に警察が現れるのが常識だ!だが、今回は違う!ほぼ同時だ!」
男は興奮していた。オレは「はあ~」と答えるしかなかった。
「幸い今朝には、俺もおやじも釈放されたが、納得がいかない。しかも、警察も地元じゃない!あれは上の方の警察だ!」
男はオレを睨みながら吐き捨てるように言った。
「お前、何者だ?」
<第3話 完>
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